とりみきの漫画に「イタイ話」(「愛のさかあがり」収録)というのがあって、これは大変に人気のあったものだから、知っている人同士でこの話で盛り上がったものだ。寝ぼけて歯を磨いたら剃刀だったので口の中が血だらけになったり、酔っぱらって電信柱に登って、電柱の穴に思わず指を突っ込んだところで滑り落ちてしまって指をちぎってしまった(実話らしい)などという話が続く。本人も大変に痛かっただろうけれど、聞いているだけで本当にイタクなる感じのお話ということだ。
痛い経験というのは誰でもあって、しかし例えば自動車事故など深刻なもので痛いというのは、あんまり笑えない。それは単にお気の毒なだけである。日常的にありそうなことで、しかし大変に痛い思いをするということである。
友人のヤンチ君は優等生(たぶん)だったので、卒業式のリハーサルで代表で卒業証書を受け取る役目をしていた。颯爽と壇上に上がって校長先生の前に進み出るときに、ちょうど足の小指を机の角にぶつけてしまって、そのままうずくまって動けなくなってしまった。皆緊張していたのでものすごく可笑しかったのだが、この痛みはよく分かる。我慢できないくらい痛いのに、自分でも可笑しくて仕方がないものなのだ。
爪の先にさかむけが出来ていてどうにも気になる。ちょっと引っ張ったらかえって広がってしまってさらに別に枝分かれしてさかむけのが残ってしまうということもある。これは痛くて、そして本当に悔しい。
唇の皮がむけるのも同じようにつらい。ちょっとつまめるくらいになるとつい引っ張ってしまうのだが、勢いよくやってしまうと、べりっと余計にめくれてしまって…。
そういう話を延々とやる。まさにマゾ体験なのだが、これが妙に面白い訳だ。他人というのは痛い体験が怖い。しかしその痛さをいうのは、非常に共感の持ちやすいものなのだろう。