カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

贅沢は敵

2008-09-21 | 雑記

 トイレとの付き合いはそれなりに長いのだが、いろいろなところで利用するので、トイレで覚えている場所なり地区なりが存在する。以前の中国の公衆トイレようなものすごいインパクトのあるもの以外でも、特に困った時など思い出深い場所になったりする。
 出張で泊まるホテルは圧倒的にビジネスホテルだが、ビジネスホテルのトイレというのは大抵窮屈で、当然のようにバスルーム(いや、ビジネス以外のホテルはそうなのだが)なので、本当にシャワーを使用した後などは暑苦しい。近年はめったに無いことだが、複数の人と同室になった場合、トイレの使用の制限が生まれ、不便である。ロビーなど部屋以外のトイレを使用する機会が格段に増える。昔ながらの旅館では、いまだにウォシュレット機能がついていないトイレであったりして、事を済ませた後や寝る前に、改めて部屋のバスルームで洗ったりしなくてならず面倒である。僕は十代の頃からこのウォシュレット機能を愛好しており、紙だけではなかなか満足できない体になってしまっている。会議などの場所でこの機能の無いトイレを使用した後、街中の比較的立派なホテルへ移動してトイレだけを借りて、特に用はたさずにウォシュレットを使わせてもらうこともある。開かれたトイレのあるホテルというのは、素晴らしい文化であると感謝している。
 こうして水で洗ったあとに紙、いわゆるトイレットペーパーを使用するのだが、近頃の経費節減やエコロジーという名の強制善意の波が押し寄せて、この紙の質が著しく低下傾向にあるような気がして嘆かわしい。水分をふき取るだけなのだから贅沢だといわれればそうなのかもしれない。地球のために辛抱しなければならないことはたくさんあるし、その中でも特にトイレの紙の問題が重要であるならば、そういう不満は非国民の声であることはよく理解している。しかし、ホテルの印象として僕個人のものとしては、この紙の使用感というのはそれなりにポイントが高いのである。ある程度高級そうに見えるホテルのトイレの紙が、シングルで尚且つパリパリなものだったりすると、経営状態の心配までしてしまうのである。いや大げさな話なのではなく、特にシングルであればそれなりの長さが確保できて、トイレの見回りの時間の確保ができるというホテル側の利点があるということはなんとなく理解できる。さては人員の整理をしやがったな、という気がしないではない。そういう経営方針を非難するつもりはないにしろ、その後身売りをするホテルを何件か知っている。日用品、特にトイレットペーパーの質からホテルの凋落は始まっているのではなかろうか。
  やっぱり大げさな話になりつつあるが、単に僕はこのシングルのものが嫌いらしい。いや、ダブルであっても妙にたるみのあるのは感心しないけれど、この薄くて何重にも巻き取らなければ使用しにくい形態は何とかならないものだろうか。シングルのペーパーはぎっしりと紙が密着して巻きついており、再度必要な時の紙の切れ目が見つからずに往生したりする。何度も回転させて見つけた後も、なかなかそこから剥がれなかったりして、不便極まりない。トイレ掃除がなされた後には、きれいに三角の折り目がつけられたりするわけだが、使用後にこれがないと大便をしたという証明にもなってしまい(男性の場合は入った時点でほぼ確定はしているにせよ)、もちろん事実は厳粛に受け止めなければならないにしろ、掃除をしたわけでもないのに後の人のための三角を作っておくという親切心でさえ、なんとなく偽装しているような気分が残ってしまうので、あえてそのままにして後にするのも心苦しいのである。
 ついでだが、ダブルの切り取り線も気に食わない。そういう長さを強制されるのも嫌だし、ある適当な長さに切ろうとしている時に途中で勝手に切れたりするとイライラする。こうして切り取り線で区切る必要は先に書いたたるみの問題がある所為だろうけれど、ダブルにはダブルなりの紙の質の程度があって、切り取り線以上に重要であることは間違いが無い。やさしい紙は使用感もやさしいのだが、それが地球への罪悪であるというならば、受難を受け入れることではあろう。しかしもしそうでないのならば、トイレットパーパーにはもう少し考慮する世の中になってくれないものなのかと思うのであった。
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