カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

ミステリ作品と男女の機微   愛についてのデッサン 佐古啓介の旅

2020-08-08 | 読書

愛についてのデッサン 佐古啓介の旅/野呂邦暢著(みすず書房)

 野呂邦暢が亡くなる一年前に出版された小説だという。一応一貫した流れはあるが、短編集といっていい。父から引き継いで古書店を営む若い男が、古書やその本にまつわる人々の関係で、父親の郷里長崎や、友人と共通の恩師にまつわることで京都に旅したりする。章立ててある話の一つ一つに、いわゆるミステリが隠されていて、その謎解きを追って物語が運ばれる。下手なミステリ作品よりしっかりしたトリックが仕掛けられている。しかし文学作品でもあって、その物語につづられる人々の感情が、詩情を交えて浮き彫りにされていく。男女の情愛や愛憎など、なかなかに複雑な心情が見事に描かれていくのである。
 もともとアンソロジーとしてこの中の一編である「本盗人」を過去に読んだことがあって、それで後からこれを買ったのだと思う。買って少し読んだかもしれないが、なぜかそのまま積読していたようだ。最近なんとなく気になってバラバラにまた一編読んで、そうして最初に戻って、今度は全部を通読した。なんで今まで読まなかったのか不思議なくらい、その文章に捕われて読まされた感じだった。文中にそれなりに重要な詩があるのだが、それについてはまったく理解できなかったが、つづられている文章自体に独特の魅力がある。主人公の啓介の考えは、いささか若すぎて好きにはなれないが、しかしその若さゆえに巻き込まれる事件の機微に、主人公そのものが成長させられているような感覚がある。そういう意味では帯の紹介にあるように青春小説でもあり、恋愛小説でもあるのだ。
 結局何か成就するような恋愛は無いのだが、だからと言って全部が失恋ということではない。時代を超えて行き交わったであろう感情については、こちらで想像するよりないものの方が多い。主人公ははっきりと失恋を経験するが、それで恋愛の機微をしっかりと認識できたようになってもいない。しかし、そういう若さが人を傷つけながら、妹や友人などからたしなめられ、主に女性が持っているのだろう不思議な行動を知るのである。これを読んだ僕としても、そういうものかな、程度にしか分からないから、啓介と幾らも変わりは無いのだが……。
 まあ、そういうことではあるが、僕には読みやすかったのは、やはりミステリがあったからであろう。ふつうのミステリ作品のような明確な謎解きではないけれど、確かにそれしか答えは無かろうな、というような答えは見つかる。意外だけれど納得がいく。そういう分からせ方の上手い作品なのであった。
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新型コロナの時代に合う作品   新感染 ファイナル・エキスプレス

2020-08-08 | 映画

新感染 ファイナル・エキスプレス/ヨン・サンホ監督

 いろいろ事情のある人が乗っている高速鉄道列車だったが、ある感染症におかされている一人の患者が乗っていて、次々にその感染症が広がっていきパニックに陥っていくのだった。
 一応感染症ということになっているが、基本的にはゾンビホラーである。感染した病気は、狂犬病のように感染者からかみつかれるなどして感染が連鎖する。人格も変えてしまうということもあって、いわばゾンビとして人々を襲うようになるわけだ。どういうわけか視覚のみでしか判断ができなくなるらしく、トンネルに入ると人間を感知できなくなり、動きが止まる。ガラス窓に紙を張るなどして視界を遮っても効果があるようだ。そういうところは都合主義ではあるが、まあ、仕掛けとして面白い展開の演出にもなっている。もともとの知り合いなどがゾンビ化するので、そのゾンビと仕方なく戦うことに躊躇が入る場合がある。ゾンビの方は捕まえてかみつくしか方法が無いが、人間は武器を使ってゾンビの頭をたたき割ったりなどする。考えてみると人間の方が数段残酷だが、しかしかみつかれるとおしまいという刹那感もあって、いわば仕方なく人間だって狂暴化する。それを推し進め正当化しているのは恐怖感で、いわば今の時代新型コロナにおびえる大衆と重なるところがある。というか、まるで一緒である。感染者がゾンビであると考えている人というのは、結局は恐怖に負けた人なのであろう。
 しかしながら強がっているわけではないが(というかこういう映画の立場になればだれでもそうならざるを得ないだろうが)、基本的に僕は幽霊は怖くてもゾンビはあまり怖くは感じられない。ゾンビに感染したとしても、曲がりなりにも生きている様子であるし、結局はいつまでも増え続けていることを思うと、どのみち逃れられず駆逐も難しそうだ。ゾンビがただ増殖するのみを目的にしているらしいことも理解できないし、いわゆるかみついて食べたいのかもしれないが、基本的には仲間を増やすのみが目的化している様子である。頭を砕かれると、やっと死んでいるのかもしれないが、それが人間の人格として苦しいのかはよく分からない。かみつかれてゾンビ化するのは嫌なことだけど、それは人間でいられる間だけの感情であって、ゾンビの感情になるととんと分からない。そういうところが、僕には恐怖にならない理由らしい。
 変な人がきっかけになって、様々な危機が形を変え品を変え襲ってくる。そういう意味で、楽しい娯楽作品になっている。ゲラゲラおかしいというのではなかろうが、それなりに笑える。まあ、笑う作品でも無いのかもしれないが、今のコロナ禍にあって、なかなか感心して楽しめる作品ではないだろうか。
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