カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

上から目線で腹が立つ人

2014-06-10 | ことば

 「上から目線」というのは比較的に新しい言葉のようにも思う。少なくとも僕の子供の頃には無かったようだ。そうして大人になってからも、比較的近年になって改めて頻繁に聞かれるようになったのではなかろうか。つまり気にする人が増えて使う人も増えている感じがする。
 意味は分かるし、そういう「上から目線」の人が嫌だというのは僕も一緒である。しかし、気になるというのは、上から目線の人に対するまなざしと言うか、発言している人の無頓着ということかもしれない。
 あの人は上から目線で人を馬鹿にしている、という話を聞く「あの人」は、実はあんがい偉そうだったりする場合だけとは限らなかったりするわけだ。むしろ、なんというか、発話者にとっては相手を見下しているようなことが発露しているようなことが結構ある気がする。これは逆に下のものからそういう態度を取られて憤慨してしまうヤンキーっぽい人ということも多い。おいおい、お前はどんだけ偉いんだ、ということか。
 人に上下は無いとは建前上思う。しかしながら実際には偉い人もいるわけで、そういう偉い人が偉そうで何が悪いのか、ということも時々思う。それというのも、偉い社長さんとか会長さんとか先生などが壇上から偉そうにものを言う、などと怒っている人がたまにいる。僕なんかのように比較的身分の低い人間からすると、それだけで結構驚くというのがある。彼らは偉そうじゃなくて偉いのだから、まさに上から目線でちょうどいいんじゃないか。偉い人が腰が低く頼りなさそうでどうするんだろう。ま、それがキャラクターなら仕方ないけど。
 確かに消費者として、自分とは直接関係の無い有名どころの社長とか先生などが偉そうなのが気に食わないというのはあるだろう。自分が偉いというより、単にそれは嫌な人というだけのことで、特に上から目線を気にするようなことでもなさそうである。
 さらに僕はみのもんた系の人が偉そうで嫌だけど、正直に言って彼らを見下しているというのがあるのかもしれない。何であんなに馬鹿そうな人間の話を、テレビとはいえ見せられなければならないのか、という怒りがあるのだろう。どんだけ僕が上から目線で彼らを見ているのかということになるが、それでいったい何の問題があるのか、とも思う。
 結局は相対的な儒教的な社会にあって、しかし妙な平等主義教育を受けた弊害が生み出した言葉ということが言えるのかもしれない。僕のような下の人間から指摘してしまうと、怒られる可能性が高い言葉なのであろう。
コメント
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