こぺる【自動/ラ五】

①ゆるゆるする。②なんとなくなんにもしない。
そしてオッサンへ…

夫婦別姓・同性・創姓・名字廃止

2020-02-05 | よもやま
「だったら結婚しなきゃいい」

とは思わないけど、夫婦別姓制度が分からない(明治初期のような「家督」という概念が重視されていた時代における夫婦別姓はシステムとして理解できるけど)。選択制だろうが何だろうが、ファミリーネームが意味を持たないものになる。だったらいっそ姓を廃止した方が合理的。結婚/離婚の際の面倒くささもないし、何かの名義を変える必要もない。さらに別姓反対派から指摘される「お父さんとお母さんの名字が違う」とか「子供の名字をどっちにするか」とかの心配も無用。

だから、名字廃止と比較して、確実にメリットが少なくなる(選択制)夫婦別姓を主張するのかが理解できない。
言い換えると、別姓を指示する人にとっての「名字の意味」が理解できない。なので支持も反対も出来ない。

個人的には、賛成派は「夫の姓を強いる」というジェンダー的な問題と、反対派は「家族観」という問題でメリットデメリットを考えてて、単純にシステム的な問題として議論されていないようにも思える。

ちなみに私は夫婦創姓(+戸籍廃止)派。ただ、何でもありにすると「夜露死苦 ひろし」とか出てくるので、既存の名字からの選択か、夫婦それぞれの名字から一文字ずつ取るとかmergeするのはありにするとか(中国の林鄭さんとかコレ)、NGワードを設定するとかの工夫は必要。もちろんどっちかの名字をそのまま使っても可。

公平だと思うんだけどなぁ。
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●はき出す

2018-07-01 | よもやま
エムバペすげぇな。。。年齢的にあと3回はW杯出られるんだよねぇ。。。


これをSNSで垂れ流そうかと思ったんだけど、キーボードをたたき出すとどうしても書きたくなることが出てきてしまうので、こっちに移動。
ネガティブな内容だし、まだW杯終わってないので、結構我慢をして書かずにいたんだけど・・・ダメだ。


日本―ポーランド戦で、残り10分のパス回しがどうとかこうとか云われてるんだけど、
個人的には別にアリ。というか論点が違う気がしている。
あんだけぐだぐだだったポーランド相手に80分で1点も取れないんだったら、選択肢はアレしかないんじゃないかと思っていて、だから監督さんの決断力がスゴイとか言われても、なんだかピンとこない。
アレを論点にして、選手や監督を責めたり、逆に褒めたりしても何にもプラスにならないんじゃ無いだろうか。
やってる本人達が一番本意では無いだろうし。
凄くイヤな言い方をすると、監督から「残り10分でキミ達が1点を取る可能性はかなり低い」と言われてるのと同じだから。

少なくとも「ルールに則っているからアリ」とか「FIFAの行動規範に反するのではないか」とかいう意見は、あんまり私には響いてこない。
ただただ、80分までの酷さの方がショックだし、二度と見返すことのない試合だろうな、という事だけ。


で、これだけだったらまだきっとSNSの短い文章ではき出して良かったんだろうけど、今回の日本代表には凄くイヤな要素を感じてしまう。
もちろん、選手達には最大限のリスペクトを感じているし、ミスして失点して感情を揺さぶられる事もあるけど、それで叩こうなんて気持ちはさらさらない。


けど、その上で正直、ハリルさんを切って、さらに若手を選出しなかった時点で、今回の代表には素直に応援できない気持ちがある。
ハリルさんがやろうとしたことの結果を一生知ることができなくなったこと。
『選手との信頼関係』とやらを解任の理由にしたこと。
次の4年、次の8年に繋げていこうとする気持ちが見えないこと。

だから、今回のW杯でどんなに良い結果が出たとしても、それは単なる結果であり、
4年間積み上げてきたもの(『結局、積み上がることが無かった』という結果になったとしてもそれを含めて)ではなく、『勝ち取った』という表現に違和感を抱いてしまうシロモノになってしまう。
乾選手はとっても良かったし、好きな選手だけど30歳。次のW杯はどうなんだろう。代表へのフィードバックはできるのだろうか。一つ上のステージにいるチームが獲ってくれるだろうか。


そして何よりも、試合外でのこういったトラブルについて、協会が選手を守っていない点が最も腹立たしい。
協会が矢面に立っていれば、無意味な選手へのバッシングは無かっただろうし、選手はその分練習に専念できるのに。
先発メンバーの情報漏洩についてもだけど、なんで選手がマスコミ相手にそんな対応までしなきゃならんのだろう。
ハリルさん解任後~スイス戦くらいまでのバッシングって、本来叩くべき相手が出てこないから選手に行ってるとしか思えなかった。



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●『見積無料』やめました

2018-01-22 | よもやま
WEB屋さんも人手不足なようで、年末年始でボコボコ見積依頼が来ているのだけれど、「Wordpress使って、レスポンシブで・・・」というのばかり。そしてサイトの構成は現行サイトのままという・・・。

wordpressもレスポンシブWEBデザインも良いものではあるけれど、全てにおいて最適解とは云えない。


タマシイのない企画書を元に、例え数時間でも、色々考えて見積書を書くのはシンドイ。
アウトソーシングする側からすると「いいから黙ってコードだけ書いとけ」だろうから、見積を雑に高く書いてうっすら断るのがお互いにとって最善なのかなぁ。
営業的にはフェイズ戻るのはイヤなのは分かる。
それか、割り切って仕事を「こなす」か。


でも、それはそれでやりたくないなぁ。。。
WEBの仕事なのに、『地方レベルの仕事』みたいな格差があるのってカッコ悪いんだよぅ。
見積書だって一緒で、企画書の一部、仕事の一部なんだから、相手のためになる&相手に伝わるスマートなものを書きたいんだよぅ。


ディレクションできる人が少ないのもあるかもねぇ。
小さいWEB屋さんだと、何か別の仕事をやっててWEBもやり出した、みたいなところも多くて、そういうところってどうしても仕事が属人的になっちゃう。
その人は何でもできるんだけど、その人が辞めたりすると全てが止まる。
そして問題は特にディレクションに関して顕著に表れる。だってそれは今まで『その人の中』でしか行なわれていなかった事で、他の誰も見た事がない作業なのだから。
そうするとアウトソーシングすることですら、難しくなる。
設計図がないまま・・・というか『何が設計図として必要なのか』すら分からない状態で、外部に投げることになる。
そんな仕事は不幸しか生まない。
見えないサービスに価値を見出す事は、例えそれがサービスを実施する側であったとしても出来ないのだ。


というワケで、昔から考えてはいたけれど、アウトソーシングについては、見積有料にしましょう。
・・・というか別に『見積無料!』と謳っていたワケでもないんだけど、フリーになりたての頃に『こんな仕事があるんだけど、いくらかかるかなぁ?』とかって言われると、「見積有料ですよ」とは言いづらかったりするのもあって、なぁなぁでここまで来てたけど、
ムダな見積依頼を減らすのと、見積書であってもリスクを負って、きちんとした仕事として引受けるアカシとして。

アサインされたらその分お値引きしまっせ。
アイミツは無料でヨシ。


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●差別

2018-01-13 | よもやま
笑いには多分に「差別」の要素が含まれている。

差別の定義は、『特定の集団や属性に属する個人に対して特別な扱いをする行為』。
・・・に対して、笑いには『集団の中で異なるもの』を面白いと感じる感情を利用したものがある。もちろんそれが全てでは無いけれど。


海外のブラックフェイスの歴史なんて知らないし、黒人の真似ではなくエディマーフィの真似だし、そのどちらをも馬鹿にする意図は作り手にはなさそうだし、とも思っていたけど、例えばあれがエディマーフィじゃなくて、ビリー役の方(白人)だったら・・・、あるいは、(アメリカンポリスじゃないけど)ポリス・ストーリーのジャッキーチェンだったら、あれだけ面白かったかなぁ?と考えると、やっぱり「黒人である」エディーマーフィの方が面白いだろうな、と思ってしまう。
多分私が作る方だったとしても、「アメリカの警官と知名度があって、インパクトのある人に扮してもらおう」って考える。

そこに1mmも差別の気持ちがないか、と聞かれると正直100%無いとは言えない。


・・・であるとすれば、「その表現で傷付いた」と言われる事に対しての責は取らなきゃならんかなぁ、と思う。
そこに馬鹿にする意図の有無は関係ないのだ。

『差別』って何となく『馬鹿にする』というニュアンスを含んでしまっていて、「差別だ!」と言われると、「いや、そんな意図は全くないですよ」と言いたくなるけど、
意味的にはあくまでも『他と違う扱いをする』事で、そうされる事で傷付く人がいる事は、何となく自分の体験からも理解出来る。


だから結局、アレは差別かどうかという問題については、私は差別だと考えることにした。


でも、そうすると差別に(全世界的、歴史的な見地に於いても)配慮して笑いを作る事なんて、不可能なことだ。
特に公共の電波に於いては。


個人的には文明はグローバルに、文化はローカルなものだと考えるべきだと思うし、表現される側に他者を傷付けないよう配慮する事を求めるのはもちろんだけど、それを受けとる側にも傷付くべきかどうか少し考える余裕を、前者の4分の1位は持っても良いのでは、と思う。




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●何が膿か

2018-01-13 | よもやま
天覧相撲取りやめ…「昨今の情勢」踏まえ辞退


というか、初場所やるんだ。「膿を出し切って」もいないのに?恥ずかしくて陛下に行幸頂く事は出来ないけれど、庶民にはお見せ頂けるようです。ありがたや。



大麻ん時(2008)も天覧試合無くなったけど、そのあとだけでも野球賭博に横綱の暴行、八百長メール。何よりも2007だけど『かわいがり』という名の暴行死。
あれから10年、大相撲の良くなった所ってなんだろう?

多分、白鵬さんも貴乃花さんも、協会の人も、みんなそれぞれ課題と解決方法について思うところはあるんだろうと思う。
そしてそのボトルネックになっているものを『膿』と表現しているハズ。
でも、きっとそれはそれぞれの立場によって違うものを差していて、根本的なところで大相撲は武道なのか興業なのか神事なのかプロスポーツなのか、という所に根ざしている。
本質がどこにあってどれを要素として加味しどれを捨てるのか、それをハッキリさせないと、大相撲にとっての膿が何なのか分かんないや。


具体的な問題としては、『年90回のガチ試合』という矛盾と『神事の要素って外国人に理解してもらうのは難しいよね』ということかなぁ。


「大相撲はそれら全ての要素を含んだ唯一無二のものです!」
というのはかっこいいんだけど、曖昧なものを曖昧なものとしてそのまま受け入れる事は、余裕の無い時代には難しい事だと思う。

「八百長!」と言われて、「いやいやウチはプロスポーツですから」と言いつつ、ドーピング検査もしない。というか階級制もない。
プロスポーツの割りに最上位になるために横審なる現状から見るに「何も審議できてないんじゃあ・・・」と思わざるを得ないような審議をパスしなければならない。
「品格だ何だ」と神事の最上位を決める横審がありつつ、外国人力士ばっかり。

結局、私たちが何を見たくて、何を見たくないのか、相撲に何を求め、何を求めていないのか、あるいはどうでもよいのか。
その曖昧さが原因なんだろうなぁ、とは思う。

ただ、このままでは現場の力士さんがかわいそう。

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