千の天使がバスケットボールする

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『英国王 給仕人に乾杯!』

2008-12-24 22:01:50 | Movie
よく作家は処女作に還るというが、28歳の長編処女作『厳重に監視された列車』と同じ原作者ボフミール・フラバル による小説を映画化した70歳のイジー・メンツェルの最新作。『厳重に監視された列車』の見習鉄道員、ミロシュがまだ幼い顔立ちで小柄だったように、『英国王 給仕人に乾杯!』の主人公ヤンも小さな国の童顔の小さな男。給仕人として働く彼、ヤン・ジーチェはビールを片手につぶやく。
「私の幸運は、いつも不運とドンデン返しだった」

1963年、チェコスロヴァキアのプラハ。
初老の男が、監獄から出所する。彼の名は、ヤン・ジーチェ(オルドジフ・カイゼル)。15年前、給仕人としてプラハ最高の「ホテル・パリ」の主任給仕まで勤め、高級ホテルのオーナーにまでなった彼が、何故、監獄へ。物語は、現代(1963年のチェコ)のヤンが、過去(1930年)への回想禄と同時進行していく。
「何も見るな、何も聞くな、そしてすべてを見ろ、すべてを聞け」
これは田舎町のホテル「黄金のプラハ」のパブで見習い給仕人をスタートしたヤン(イヴァン・バルネフ)に与えた、給仕長の教訓。給仕人ヤンは、その小さな体を存在しないかのようにふるまいながら、ラッキーとアンラッキーの表裏一体を体現しながら、同じく背の低いユダヤ人の成功した行商人ヴァルデン氏のひきたてで活躍の場を昇格させていく。そしてヤンは、その後富豪たちの別荘「チホタ荘」を経て「ホテル・パリ」にたどり着く。ここで出会った「私は英国王の給仕もした」スクシーヴァネク給仕長は、初めてヤンが本気で尊敬できる人物だったのだが。。。

回想の中のヤンの行動には、軽妙で諧謔に満ちた笑いが寓話のように散りばめられている。大国と戦局に翻弄されるチェコの歴史の間の中で、この小さな男だけが自分を中心にくるくると回っている。祖国がどのような運命をたどろうと、「カネがあれば世界は自分のもの」。ホテル王をめざして、自分より小さなドイツ人の妻を娶り、ドイツに占領された「ホテル・パリ」に不遜な客としてやってくる。そんな軽佻浮薄なヤンを苦々しく見つめるスクシーヴァネク給仕長は、誇り高く断固としてナチスを拒否して秘密警察に連行されてしまう尊敬すべき男。映画では、抵抗運動を続ける青年や少年たちの処刑を想像させられる場面がさらりと出てくるだけだが、おそらく給仕長も連行された後、処刑されたのであろう。
ここで思い出すのが、タイトルの『英国王 給仕人に乾杯!』(I Served the King of England)である。この風変わりな題名の原作は、本国では出版禁止本とになったため地下出版でひそかに読み継がれ、およそ執筆から20年の歳月がたったビロード革命後の1989年にようやく日の目を見た小説である。
ナチス、旧ソ連に翻弄されつづけたチェコの民族のプライドが、給仕長の姿に重なる。まさに滑稽さの中に悲劇をさらりと浮き上がらせるイジー・メンツェルらしい真骨頂であるが、ヤンの喜劇を通して、実は一番描きたかったのは”悲劇を生きた本物の知性をもった給仕長”にあるのではないだろうか。スクシーヴァネク給仕長を演じたマルチン・フバの名前が、主演ではないのにタイトル・ロールにもなっている。

ところで、蓮實センセイだったら、処女作『厳重に監視された列車』と本作品に繰り返しに意味を見出すだろう。『厳重に監視された列車』では、列車が駅を通り過ぎる場面や、駅の承認印を書類と女性のある部分に押すエロい場面、ミロシェが恋人のおじの家の建てつけの悪いドアを何度も閉め直す場面などで、同じシチュエーションの繰り返しで笑いと情緒を表現したように、『英国王 給仕人に乾杯!』でも様々な動きが繰り返される。こんな手法が監督お得意芸のようだ。また、『厳重に監視された列車』では、エロスだけでなく兎やガチョウを食料用に始末する場面などの「死」(タナトス)を観客に印象づけさせ、ラストの場面につなげるという芸当もあったが、この映画では戦時下とあってエロスも強烈だが、死も日常と隣り合わせ。エロスとタナトスの背理一体の描き方も濃厚で、その分、監督も老成して円熟したのか。
一方で、前作がシリアスなリアルさの中にもリリシズムがあったが、晩年の本作は一部CGも使い、詩情といよりも御伽噺めいたファンタジーの要素が強まった。それも亡命せずにチェコに留まったからこそ描けるファンタジーである。

最後に今のヤンが、たった一人で何枚もの鏡に向かって自己の過去を向き合う場面は、美しくも悲しい。その鏡に映るかってのヤンは、大国に翻弄されつづけた小さな国、チェコのあり方ではないだろうか。

監督:イジー・メンツェル
原作:ボフミル・フラバル
撮影:ヤロミール・ショフル

■才能溢れる28歳の時の映画
『厳重に監視された列車』
さて、プラハを訪問した時に呑んだ黒ビールは、わが生涯の中でも最も美味しいビールだった。ヤンと英国王給仕人に乾杯!

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