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「工学部ヒラノ教授の事件ファイル」今野浩著

2013-07-28 14:50:43 | Book
7月25日の日経新聞の報道によると、東京大などに架空の研究費などを請求し2000万円余りをだまし取ったとして、東京地検特捜部は同大某研究センター教授A氏を詐欺の疑いで逮捕した。容疑は2010年2月~11年9月、懇意にしているシステム販売会社の社長らと共謀、同社など複数社に研究調査などを発注したように装って、東大や岡山大に架空の委託契約料を請求して、複数社の預金口座に約2180万円を振り込ませた・・・そうだ。 詐欺、共謀、架空請求!その逮捕者が東大教授となれば、マスコミは飛びついていく。

こういう事件こそ、分野が違うけれども工学部の語り部、はしたない奴と言われつつも研究者の環境を本気で心配してくれている長老のヒラノ教授の意見を聞きたいものだ。それというのも、今回の事件と類似性がありそうなのが、本書のなかの「研究費の不正」の事件ファイル9である。


手口は大学院生に実験補助などのアルバイトを依頼し、研究費の中から支払ったバイト謝礼金の一部を”合意”のうえで上納し、ピンハネしたお金を有効活用するという方法だ。中には極貧学生の生活費補助などに還元していたケースもあるが、昔はともかく90年代に入るとピンハネ厳禁の通達が出るまでになった。ところが、2006年にとある大学の有力M教授が、学生名義の架空アルバイト料1472万円のキャッシュを自分の口座に入れて投資信託で運用していた。昔はともかく、いや昔だって研究費ではなく私的な蓄財はまずいはず。調べるとでてくるでてくる不適切使用の疑いがある研究費がなんと1億円!東大教授を父にもち、見た目も悪くなかった女性教授は学会の大物の寵愛を受け、実力以上のポストと研究資金をえて、いざとなったら大学と文科省がもみ消してくれるだろうという甘い考えがあったのではないか、というのががヒラノ教授の辛口分析である。笑えることに、M教授は各種審議会や文科省の「研究資金不正防止委員会」の委員まで務めていたそうだ。

さて、問題はM教授の事件発覚後のことだ。
怒ったオカミは国が拠出している研究費の使用目的の検査を強化した。たとえボールペン1本でも科研費で購入するからには、検収官なる職員が実物と書類を確認することになった。そして、検収官に支払うべき給与は、科研費の30%上乗せした事務経費から”搾取”することとなった。ヒラノ教授の概算によると、全国の研究機関で数名の検収官を採用して支払う給与は50億円になる。善良なる教官も、かくしてコピー用紙1枚でも、検査のための追加コストの負担をしなければならない。たとえ、50億円の投資にみあわなくても。

従来は、研究費でパソコンを購入する場合、メーカーからの見積書・請求書・納品書の3点セットで年度内の予算からおりたが、現物と伝票が一致していることを検収官が確認しなければならなくなった。そのため、経理の締切日に確実に実物が届く見込みがたたないものはあきらめるようになる。ある副学長は、年度内に残った研究費を来年のためにとりあえずの機器を購入したことにして、お金は業者に一旦預けて、翌年支給された研究費とあわせて別の機器を購入するという不正経理に関与した。研究は数年単位で実施されるのに、会計処理は単年度の輪切りで、そもそも必要な金と支給される金を毎年度ぴったりあわせるのが難しいことからはじまった工夫による。涙ぐましくもいじましい研究者たち。

さらに、本書の「ヒラノ教授の事件ファイル」には、次々とあんなこと、こんなことの事件があかされている。衝撃的な事件も、笑劇的なエピソードも、そして悲しい事件も・・・だ。一般人としてはヒラノ教授の勇気を讃えたいところだが、、仲野徹センセイの立場となると、体調不良を理由に、本書の書評を断ろうかと思ったくらいおかみのおしおきが恐ろしいという。そんなおかみをものともせず、めでたく定年退職をして科研費がゼロになったヒラノ教授はこわいものなしとなり次々と事件ファイルを綴っていく。

セクハラ・アカハラ、大学という超格差社会、トップクラスの国立大学の修士号を資産家の父親の金で買ったお隣の国からきたできの悪い留学生(ちなみに国民の税金である留学生枠の奨学金は彼の新車に消えたそうだ)にまつわる幻の奨学寄附金、そして設立当時の筑波大学でソフトウエア科学の世界的拠点を築くという構想を打ち砕いた物理帝国の許しがたき兵士達の蛮行を綴った涙の領土略奪事件。

最後のページをめくり、おかみを交えたアカデミックなセンセイがたのバトル、個人的な事情に驚き、あきれつつ、裏表紙の黄昏に飛ぶカラスの泣き声を聞きながら、下手な小説よりはるかにスリリングな本書を閉じた。はじけてるぜ、ヒラノ先生!
尚、文科省によると、今年4月、公的研究費の不正使用が全国の大学など46の研究機関で計3億6100万円のあり、139人が関与したそうだ。

そうそう、ヒラノ教授は定年退職をしたが、これから先もずっと「工学部の語り部」は続けたいそうだ。時間はたっぷりあるしとね。

■堂々?のシリーズ
「工学部ヒラノ教授」
「工学部ヒラノ教授のアメリカ武者修行」