千の天使がバスケットボールする

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「二十世紀の10大バレエダンサー」村山久美子著

2013-07-07 16:09:51 | Book
著者の村山久美子さんは、舞踏史や舞踏の芸術を長年研究されていてロシア語も含めて大学で講義しているばかりか、毎晩バレエの公演を鑑賞し、批評や評論を書き続け、尚且つ、ご自分でもバレエ、ストリート・ダンスまで実技で踊っているそうだ。美学の延長として”バレエ学”の学者による理論ばかりではなく、幼少の頃から踊ってきた者として技術面の難易度を読者に実感させる批評もできるから説得力がある。

そんな彼女が、20世紀を代表するバレエダンサーを10人選んだのが本書である。よくある「10大●●~」つながりの本を書くのは、難しいと思う。著者自身が、当該分野の全体を俯瞰できる実力、多少の好みのふれはあるにせよ、読者に選択結果を説得できるように専門知識をわかりやすく伝授し、おまけに”感嘆”までさせられる文章力。たとえば、「世界でもっとも美しい10の科学実験」は、非常に優れた本だった。(文庫本化が待ち遠しい!)村山さんが、1冊の本を執筆する、という魅惑的だが10人に選ぶところでおおいに悩んだとうのもしかり。バレエについてはうとい私ですら、近年のバレエ芸術の、伝統と革新をふまえた芸術性の高いレベル、人種の壁をこえて素晴らしいバレエダンサーが、完成されたメソッドのもとで生まれていくシステムが確立されていることを感じている。

才能ある芽を最大限に伸ばすのは、本人の才能は勿論だが、よき指導者とよきメソッド。(そしてできれば支援できる社会的体制も。)村山さんが10人を選ぶのにおおいに悩んだのも、ロシアの名教師アグリッピーナ・ワガーノワが、”ワガノーワ・メソッド”をつくり世界の様々なバレエ機関で活用される結果、スケールの大きな素晴らしいダンサーが次々と育っていったという幸福な時代ということもある。

さて、毎晩バレエを長年鑑賞し続けてきた批評家でもある村山さんが選んだ究極の20世紀のバレエダンサーたちは次の方たちになる。

ウリヤーナ・ロパートキナ(表紙のカバー写真)
ウラジーミル・マラーホフ
シルヴィ・ギエム
ファルフ・ルジマートフ
ミハイル・バリシニコフ
ジョルジュ・ドン(
ルドルフ・ヌレエフ
マイヤ・プリセツカヤ
ガリーナ・ウラーノワ
ワツラフ・ニジンスキー
・・・そして、第二部に登場するのが、日本のバレエ界を代表する森下洋子さん、吉田都さんと熊谷哲也さんであるのは誰も異論がないだろう。

登場するのは、現代から過去に少しずつさかのぼっていき、最後はあのニジンスキーでおわる。読みすすめるうちに、バレエの魅力にふれ、振り付けの影響力、後年のバレエ界に与える功績、そして時代に踊らされる人間模様もみえてくる。

たとえば、私の一番好きなミハイル・バリシニコフ。技の巧みと美しさの両方を彼ほど備えているダンサーはいない、と村山さんも個人的にとてもお気に入りのようだ。彼は、古典バレエ作品の理想であり、誰もが人目で理解する完璧なまで技の美しさをもっている。そして、”調和”がいかに美しく心地よいのか彼の踊りは教えてくれるそうだ。確かに、素人にもとてもわかりやすいのが、ミーシャだ。亡命先の米国人が、素晴らしい金が飛び込んできて熱狂したのもわかる。そんな彼が、なぜ亡命したのか。キーロフ・バレエ在籍中にほんのわずかに知った西側の自由と優れた創造性、雪どけがはじまった感に思えたにも関わらずフルシチョフ失脚による閉塞感、凡庸な振り付けに、小柄でお茶目な雰囲気をもつミーシャには古典作品のノーブルな大役がなかなか回ってこない。そんなこんなで、61年のヌレエフ、70年のマカーロワに続いて74年に亡命。はっきり言って、私がバレエに魅せられ、♂のタイツ姿にも問題なく?すぐに慣れて鑑賞できるようになったのも、ミーシャが亡命してくれたおかげかもしれない。

立っているだけで王子のマラーホフ、観る者に高揚感を与えてくれるヌレエフ、踊りが解き放つオーラをもつジョルジュ・ドン、もはや神格化したニジンスキー、、、天才という名にふさわしいダンサーがいる中でミーシャほど美しい品をもちチャーミングなダンサーはいない。

・・・と、つい熱くなってしまうのだが、著者の村山さんは静かな情熱とともに、10人のダンサーを冷静に分析していく。言語表現の全くない音楽と舞踏を、言葉を借りて表現するのはなかなか難しいと思うのだが、わかりやすい単語でその人となりも想像させながら、バレエ入門となっているのが本書である。特に本書の表紙となっているウリヤーナ・ロパートキナのよる「瀕死の白鳥」を踊る描写で、死生観まで肉体で表現をする記述には、彼女の才能とバレエという芸術の崇高さまで伝わってくる。
それにしてもバレエダンサーという職業は、なるものではなく、なれるものでもなく、バレエダンサーになるべくして生まれてきた者のものだということがつくづくわかる。21世紀はどんなダンサーが彗星のごとく現れるのか。

■アンコール
映画『バレエに生きる』
世界への挑戦 17歳のバレリーナ
「テレプシコーラ/舞姫」
「テレプシコーラ/舞姫 第二部3」
「テレプシコーラ/舞姫 第二部5」
「黒鳥」
「魔笛」カナダ・ロイヤル・ウィニペグ・バレエ団
「毛沢東のバレエ・ダンサー」リー・ツンシン著
『ブラック・スワン』・・・少し雰囲気が違うアメリカ映画
映画『ファースト・ポジション』