千の天使がバスケットボールする

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「三十光年の星たち」宮本輝著

2011-09-04 11:23:46 | Book
今から5年前、2006年のノーベル平和賞を受賞したのは、無担保で少額融資を行う「グラミン(農村)銀行」と同銀行を創立したバングラデシュのムハメド・ユヌス氏だった。1974年にバングラデシュが飢饉に落ちた時に、困っている村人たちにわずか27ドルを貸したことからはじまり、現在のバングラディッシュ・グラミン銀行の会員(顧客)は、ダングラディッシュで約540万人、累積融資額が52億ドル、支店数1700店まで成長した。何よりもユヌス氏の開発したマイクロ・クレジット制度は、全世界でほぼ1億世帯に達するという。旧東京銀行出身の枋迫篤昌(とちさこあつまさ)氏が退職金と貯金をつぎこんで創設した2003年6月にマイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーション(MFIC)も、年収2万円程度の出稼ぎ労働者、銀行口座やクレジット・カードをもてない”unbanked”な移民たちのために小口の融資を行っている。

京都の小さな袋小路に住む坪木仁志は、職を失い、親からも勘当され、住んでいる貸家のように行き詰まっていた。隣の家に住む佐伯平蔵という老人から借りた80万円の借金の返済もまず無理。とりあえず車を売って30万円程度返せる見込みを佐伯老人に相談すると、借金返済のかわりに運転手と仁志を雇い、その車で返済が滞っている人たちの”取立て”業務を提案される。のるか、そるか。謎の老人の取引提案にちょっとびびる仁志だったが、「君の人生は終わったも同然」との一喝に、正体不明の爺さんを車に乗せて借金取り行脚の不思議な旅にでる仁志だったが。。。

作家の宮本輝氏は、幅広い読者を獲得している圧倒的なストーリーテラー作家。本書は毎日新聞の連載小説としてスタートしたのだが、すでに9回も連載小説を残し、他にも連載小説を抱えていて疲れきっていた宮本さんは、体の悲鳴にお断りする予定だったそうだ。そんな氏を奮い立たせたのは、30年前の若造が作家としての決意を語った時の、ある人の「お前の決意をどう信じろというのか、30年後の姿を見せろ」という言葉だった。片時も消えなかったその言葉が、たいした学歴も、それほどの仕事での成果もない、これまで自分なりにしか頑張れなかった頼りない30歳の無職の青年が、佐伯老人をはじめ様々な人とめぐりあい、30年後をめざして、懸命に自分の人生という樹木を育てていこうという作品を生み出したのだと思う。仁志は、どこにでもいそうな今時の草食系の青年。そんな仁志に美質を見つけ出し育てようとする佐伯老人の姿に、昔だったら、そんな役割は企業の上司や先輩、怖いお局様、地域社会の住民だったのではないだろうか。何とせちがらい世の中になったことか。仁志を中心に、多少ご都合主義な観もなきにしもあらずだが、人それぞれに30年先をめざして希望を感じる良書である。11本目の新聞連載小説のオファーも早々にくるだろう。

就任したばかりの野田佳彦首相も、早稲田大学卒業時に政治家を志して新設されたばかりの松下政経塾に入塾、政治家になっても財務大臣になるまで24年間も駅前で街頭演説をしてきた方だ。落選した時も朝まで反省会をした後に6時にはもう駅前で演説、長い時は13時間も立ちっぱなしで市民に訴えてきた。そして、30年たち、政治家として更に真価を問われる立場にスタートした。

ところで、宮本文学では作家のお父上の影響だろうか、最近では、会社員よりも自営業という商(あきない)ものが目に付くような気がする。関西人やな・・・。商いをはじめるにはある程度の資金が必要なのだが、佐伯老人の貸金業も、ムハメド・ユヌス氏や枋迫篤昌氏がはじめたような無認可の少額の金融サービス(マイクロファイナンス)である。わずかな資金があれば商売を始められる商才のある真面目な女性はたくさんいるのに、安い賃金でこき使われて苦しい生活の中でこどもを育てている。そんな女性の背中を後押しするための融資だった。私はこんなマイクロファイナンスの経済小説として読んでみても久々の宮本節に満足したのだが、そろそろ恋愛小説も読みたいのだけれど。