千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『瞳の奥の秘密』

2010-08-15 22:25:50 | Movie
昨日のテレビ番組「嵐にしやがれ」でアニキゲストととして登場されたのが、”乙女なツインズ”のおすぎさんとピーコさんさんだった。その番組の中で、映画評論家のおすぎさんが櫻井翔君に是非観ていただきたいとお薦めしていた映画が、この『瞳の奥の秘密』である。65歳になるおすぎさんがこれまで観てきた映画は、13000本程度。その中でも本作は「ベスト50」に入る!と、オスギさんはそのつぶらな瞳から胸のふるえが伝わってくるような渾身(迫力の?)の批評を披露されていた。・・・というおすぎさんの説得からではないが、本作についてはずっと公開を待っていて日曜日というのに朝9時過ぎには映画館にかけつけていた。鑑賞の感想は期待どおり、いや期待以上の素晴らしさに私も今年度ナンバー1と太鼓判を押したいくらいの映画作品だった。

舞台はアルゼンチン。アルゼンチンと言えば、私にとっては最高のピアニストのひとりマルタ・アルゲリッチをうんだ情熱の国。幕開けは彼女のタッチとはまた違う雰囲気の深い余韻がひろがるピアノの低音の響きではじまる。男が乗った列車をひとりの女が必死に追いかけて駅のホームを走る。ガラスの窓越しに合わせたふたりの手がほんの一瞬重なったかと思うと、どんどんふたりの距離は離れてみるみる遠ざかっていく。あまりにもベタな場面ではないか。さすがアルゼンチン!とちょっと経済的には発展途上のこの国への軽んじた思いはここでわいてきたのだが、やがて物語がすすむにつれてこの作品がおすぎさんでなくても私も生涯ベスト50に入れたいくらいのレベルであることがわかってくる。

冒頭の別れの場面は、刑事裁判所を引退したベンハミン(リカルド・ダリン)が25年前の忘れがたいある事件を題材に執筆している小説のはじまりの部分で、ある理由から遠隔地に異動になった彼を、当時上司だったイレーネ(ソレダ・ビジャミル)が駅で見送るところからはじまる。ほんの1ページ書いただけでもの想いにとらわれて、書きかけの原稿を思いきって破るベンハミン。そして彼の瞳には、米国の大学を卒業して赴任してきた日の若かりし頃の輝いているイレーネの笑顔がうかんでくる。・・・あれから25年の歳月が過ぎた。ずっと忘れられなかったのは、あの残虐な事件のことだけではなかった。事件の裏に潜む不可解な謎の解決だけでなく、今でも心の引き出しにしまいこんでいるイレーネへの想いと向き合う決意をするベンハミン。

1974年、その事件への関わりは、結婚したばかりの若い銀行員の妻の殺害死体からはじまったのだが・・・。

南米コロンビアのノーベル賞作家のガルシア=マルケスの小説は、常に完璧な構図を提示していると評価されている。章の長さの正確な比率、時間の経過の均一性、そして語りの円環構造、それらのどれもが完璧な構図におさまりつつ、しかもスケールが大きいのがガボの作品の特徴である。本作も現在の進行と25年前の経過が交互にあらわれてパラレルに進行しながらも、正確に、均一に、俳優陣の演技力にも支えられて決して過去と現在が交じり合うことがなく見事に構成されている。また中盤から笑いをそそるユーモア、緊張感溢れるサスペンス、謎解きのミステリー、ワン・カットでとられたサッカー場でのアクション、男たちの友情あり、と映画の魅力の要素をすべて盛り込みながらも、最後は文字通り誇張なしの衝撃のラストを含めて、すべてはまぎれもなく愛になる。それは狂おしいほどの愛であったり、静かな包容力に満ちた愛だったり、ひそやかな秘めた愛だったり、登場人物それぞれの瞳に宿る愛である。

映画館を後にし、名作を観た高揚感のさまないまま街を歩いているうちに、だいぶ前、雑誌に掲載されていたNHKの朝の連続ドラマの撮影現場を撮った一枚の集合写真を思い出した。映画会社が力を入れて売り出し中の新人女優と、こちらも無名の若い男性俳優が夫婦役になり家業を盛り立てて行くという内容だったが、10年に一人の美貌の女優を中央に何人かの俳優たちが彼女を囲んで全員カメラを観て笑っているのだが、たったひとりその夫役の男性俳優だけが、美しく女優と呼ぶにはまだまだ未熟な彼女を見つめていた。それはイレーネの婚約パーティでのスナップ写真での、ベンハミンの表情と同じだった。今でも忘れられないその写真に、私は彼の瞳の奥の秘密を知ってしまったと思っている。

監督:ファン・ホセ・カンパネラ
2009年アルゼンチン製作