千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『オーケストラ!』

2010-04-20 22:30:23 | Movie
この映画の原題は、”Le Concert”。
でも映画をご覧になった方にはわかっていただけると思うが、邦題の「オーケストラ!」の方がはるかにこの映画の感動にふさわしい。そして最後に「!」がつくのも。

名門ロシア・ボリショイ交響楽団で劇場清掃員として働くアンドレ(アレクセイ・グシュコブ)。バケツと箒や雑巾の似合うさえない中年男のアンドレ。そんな彼がかっては天才指揮者だったとは、いったい誰が想像できよう。しかし、優れた芸術家たちが次々と粛清されていた時代もあるあの旧ソ連という恐ろしい国だったら、才能が無駄死されることはありえない話ではない。あのリヒテルでさえ、中村紘子さんによると40歳過ぎて初めて西側に知られたのだった。今から30年ほど前のあのブレジネフ政権の頃、ユダヤ系演奏者たちの排斥を拒絶したという理由で”ユダヤ人主義と人民の敵”と糾弾されたアンドレは、名声の絶頂で解雇されたのだった。

そして30年後、いつか再び指揮棒をふる日がくる夢を捨てきれず、マネージャーの机をせっせと指揮棒のかわりに雑巾片手に掃除する彼が偶然見つけた届いたばかりのFAX。キャンセルされた米国の有名オケのかわりの出演依頼がシャトレ劇場から舞い込んできたのだった。彼以外にはまだ誰もこのFAXの存在を知らない。神の天啓か、はたまた指名か、アンドレはとんでもないことを思いつく。彼と同じように排斥されて落ちぶれて何とか暮らしているかっての演奏家仲間を寄せ集めて、”なりすましオケ”で花の都パリに乗り込むことをだった。曲目は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ではなければいけない。そして独奏者は、パリ在住の若きスター、ヴァイオリニストのアンヌ・マリー・ジャケ(メラニー・ロラン)でなければいけないっ!アンドレのこだわりの理由は何故なのか。。。

あの「のだめカンタビーレ」効果で、どうやらクラシック音楽がちょっとしたブームになっているらしい。一般のコンサートに足を運ぶ度に、いったいどこにブームがやってきているのかと失望するのだが、映画ではどうやら本当らしい。日曜日とあってほぼ満席の盛況ぶり。早めに行って正解だった。クラシック音楽フォンとしては、こういったにぎわいは歓迎したい。
さて、ルーマニア出身で実際に国家によって活動の場を奪われた芸術家を見てきた監督だが、今回は政治的なトーンは抑え目で、途中散漫な印象になる場面もあるが、全般的にユーモラスにコメディタッチで進行させながら、最後に謎解きと音楽とともに感動の場をつくったことでエンターティメント性をうちだし、幅広い観客の心をつかんだと思う。主役は、3人。まずなんといってもアンドレ。前半のアンドレ役を演じるアレクセイ・グシュコブの背中には、さえない中年の清掃員の貧しさがほこりのように積もっている。自ら提案した計画にも関わらず何度も挫折しそうになる繊細な部分が、反転して、後半の指揮をする表情がまさに本物の指揮者の鋭い視線になりかわっている。オケを前にして観客に背を向ける背中が、威風堂々たる風格を漂わせている。曲と独奏者にこだわった理由の告白も、ある意味指揮者という職種のつきもののエゴイストぶりだと思う。この点で、彼はカラヤン型の指揮者だとも言える。だからこそ、悪賢い共産党員のイワンに「オーケストラこそコミュニズムだ」と激しくつめよるセリフが生きてくる。

そして演技はしなくてもよい、ただヴァイオリンを片手に立っているだけでよい、というか完璧に美しい、、、アンヌ役のメラニー・ロランがとにかく美しいのだ。清楚なスタイルと真珠のような輝きをもつ美貌。氷を散りばめた感じの色のロング・ドレスもとてもよく似合う。ちなみにこのドレスは、実際にヴァイオリンを演奏するのに向いている。演奏をしているときの哀しみをたたえた表情と微笑む姿に私はただただ見ほれてしまった。物語の内容から考えるとこれほどの美貌と容姿は必要ないだろう。しかし、彼女を見てしまったからには、アンヌ役はもはやメラニー・ロラン以外には考えられない。最後は、勿論、音楽、中でもチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。私はダヴィッド・オイストラフ独奏の豊かで輝かしい音のCDが大好きだが、この名曲はアレグロ・モデラートの序奏部ではじまり、やがて悠々たるロシアの大地を連想させるような主題に入る。まさにロシアの魂を感じさせられる一曲である。ロシアという国に芸術家生命を絶たれ、でも耳に離れないの、ロシアを代表するチャイコフスキー。このヴァイオリン協奏曲も主役である。一緒に鑑賞した友人は、”あれで”この曲のすべてだと思ったそうだが、映画では第一楽章からの抜粋だけを演奏されている。実際にコンサート会場で、一度聴いていただきたい。僭越な言い方を許していただければ、映画の深みにもっと到達されると思う。そして「オーケストラ!」という言葉の素晴らしさも。

監督・脚本:ラデュ・ミヘイレアニュ