千の天使がバスケットボールする

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『コレラの時代の愛』

2008-08-17 11:49:55 | Movie
そもそもコロンビアがどこにあるのか。そんなことすら知らなかった私にその存在を強烈に知らしめたのが、1982年ノーベル文学賞を受賞したガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel José García Márquezの著書「予告された殺人の記録」である。ひ弱な都会っ子の私は、南米の熱気にすっかりはやられてしまって、ぐったりした記憶があるのだが、この映画は”世界傑作文学100選”に選ばれたガルシア=マルケスの代表作「コレラの時代の愛」の映画化である。

若い愛人に、もう一度とベッドの上でせがまれる老人フロレンティーノ(ハビエル・バルデム)は、街中に鳴り響く鐘の音に思わず神経を集中する。その音は、彼が50年以上にも渡り待ち望んでいたある名士の男の訃報を知らせる音だった。深く沈む鎮魂の響きは、彼にとってはこころがはやる歓喜の音でもあった。
「この日を待っていた。ずっと、愛していた」
未亡人となった72歳のフェルミナ(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)のもとを訪れたフロレンティーノだったのだが。。。(以下、内容にふみこんでおりまする。)

51年9ヶ月と4日、男は待ちつづけた。
他の男に嫁ぎ、こどもを産んで堅実に家庭を築いていた初恋の女性を半世紀もの長い間、報われないまま青年の頃と同じ純愛を持ちつづけた独身男。この純愛は、言葉をかえれば、”異常”としか思えない執念でもある。娘のフェルミナの美貌を、貴婦人にしたてあげる父としてのかってな思い入れを実現するために、フランス留学経験もあり蔓延するコレラの治療に詳しい名門の医師フベニル(ベンジャミン・ブラット)に嫁がせた、金はあるが下品で教養のない驢馬商人の父親。私生児フロレンティーノを産むことによって、多くの女性を渡り歩いたその父親である男への報われない愛のかわりに息子を溺愛する母親。ひとり娘とひとり息子を溺愛するそれぞれの父と母の圧倒的な自己愛が、稀代の語り手である原作者の語りの幕開けである。フェルミナとフロレンティーノは、実は語り手によって精巧な対のカップルとして登場する。

敬虔な信仰をもつフェルミナの新婚初夜の初々しいシーン、中年となって男盛りになった夫のほんの浮気を責めるプライドの高い妻。一方、フェルミナへの報われない愛の代謝作用のように、次々と多くの女性たちと性の営みを超人のように繰り返し、実に600人を超える寝た女の記録を几帳面にノートにつけることによって、初恋の純粋な愛を守る男。一見、正反対の人生を歩みを示し、ふたりの関係の違いを際立たせることで、むしろふたりの恋する素朴な魂が近しいことを暗示しているように私には思えるのだった。母親から失恋を慰められ、失った彼女のかわりに性欲の対象として未亡人をあてがわれ、ただひたすら、甘いだけの恋の詩を綴り続ける男のマザコンぶりは、現代人の日本の女性としては気持ちの悪いユーモラスささえ漂わせる。しかも、彼の行動と言動は、完全に自己中心的な愛の世界。しかし、こんな究極の”ジコチュー”でマザコン男だからこそ、執念深くひとりの女性のストーカー行為を続けられたのである。

フロレンティーノは、彼女を手にいれるために、事業で成功している叔父に会って就職活動を行い、会社の後継者としてついに地位も金もえることができたが、長かった歳月は、それぞれの肉体を老いで醜く変貌させてもいた。ぶあつい札束と同じように堆積した肩の皺や垂れ下がった胸やカエルのような腹。ここを”歳月の残酷さ”でなく、官能的な究極の愛に昇華させてしまうのが、ラテン系。ついていけるかどうかは兎も角として。私には、むしろいみじくも、若きフェルミナが医師との結婚を決意し、フロレンティーに宣告した時のように、愛情は執念がカタチをかえた幻想に過ぎないと思えてくる。その幻想に魔術的なリアリズムで幻惑するのがガルシア=マルケスであり、老体ふたりのSEX場面である。
ラテンの音楽、風習、人々の熱気が、まるでディズニー・ランドのように楽しく満載。さすがに、あの『ハリー・ポッター』の映画監督である。本当は地味なテーマーを、盛り立てる飾りと道具立てのエンターティメント性から、物語の本質を救っているのが、哲学に満ちた全編をちりばめる脚本である。原作の力と脚本家の力量の証明だろうか、思わずうなるくらい素晴らしい。
そしてコレラの時代に、半世紀もの長い間、思いつづけ、思いつづけられるまで長生きできたのは僥倖であろう。彼らは出逢った時から、”予告された恋愛の記録”の精巧な対になった主人公たちなのである。

監督:マイク・ニューウェル
原作:ガブリエル・ガルシア=マルケス
脚本:ロナルド・ハーウッド

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・ガルシア=マルケスで連想されるのが中上健次