千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「ヒルズ黙示録」大鹿靖明著

2006-08-12 00:15:19 | Book
六本木ヒルズ38階の会議室は、新春のめでたさも吹き飛ぶような暗く、重い雰囲気に包まれていた。何しろ、どうやって会社を存続させようかと幹部達が話し合っていたのだから。キーパーソンである宮内は、「罪はすべて俺がかぶる」と彼らしい男気を見せていた。その時、会社の社長である堀江貴文はぼそっとつぶやいた。
「ひなのちゃんに迷惑がかかっちゃうなあ」
その後逮捕された事件の主役が検察にとりあげられた携帯電話の待ち受け画面は、タレントのY・H。そして発売予定のCDの録音中だった。

ライブドアが、村上世彰のささやきにそそのかされて、機関投資家が主に市場を混乱させないために行う時間外取引という手口を利用して、ニッポン放送の株を奇襲作戦で買い占めていた時に、村上の腹心の滝沢建也は「こんな面白いオペラはない。チケットは手放さないよ」とライブドア関係者にうそぶいた。この言葉を拝借すると、「ヒルズ黙示録」は、最高におもしろいオペレッタ!奥様族が最もはまっているらしいテレビドラマ「不信のとき」以上に、謀略、ホワイトナイト、罠・・・と不信のヒルズ族の人間模様は、ドラマ制作するテレビ会社よりももっともっとおもしろいドラマだった。著者の週刊誌「AERA」の記者・大鹿靖明氏が当事者であるヒルズ族に密着取材して、詳細な事実の積み上げからあぶりだした彼らの人間模様とくりだされるドラマは、迫真をもって読者に迫ってくる。

ドラマの内容は上記を予告編として、以下主役の紹介。

■堀江貴文・・・フジテレビのトップ日枝との初めての会合に遅刻して現れた彼は、でっぷりとした体にタキシードをまとい酔っ払っていた。単なる結婚式の帰りだったらしいが、これもホリエモン流奇襲作戦かと日枝は警戒した。堀江の原動力は、他に類を見ないほどの深い自己愛だという。元広報担当者によると「堀江さんは本当に女性を愛したことがない。誰かと熱烈な恋愛をしたり、失恋して傷ついたりすることができない人。あの人は、自分が一番好きだから。」その強烈な自己愛は、他者とのしがらみにしばられることもなく、普通ありえない東大中退へという思い切りのよさにつながる。HP製作をひとりで請け負っている時は、非常に真面目で納期も守り、格安値段で引き受けていたという高い評価だった。そんな優秀な技術やさんだった彼が、上場など考えも及ばなかった頃、運命的に宮内と出会う。

■宮内亮治・・・幼い頃から姉とともに祖母に育てられる。小さなお好み焼きとタコ焼きの屋台をはじめて、孫を育てる祖母のもとに小学生の頃から自宅で刻んだタコやキャベツを自転車に乗せて運んでいた。横浜商業高校を卒業してから昼間働き夜間の専門学校に通い、9年かけて税理士の資格を取得。ずっと市営住宅に住んで今はひとり暮らしをしている92歳になった祖母に、毎月30万円の仕送りを欠かさない。常に想定されるリスクをすべて提示し、揺るぎない言動と圧倒的な行動力に、絶大な支持をえて、堀江が夢見る経営者としたら、彼は会社をきりもりする事実上の社長だった。

■熊谷史人・・・岩手県出身。学生結婚していて、横浜市立大学卒業する時は、すでに2児のパパだった。学生の時から生活費稼ぎのために深夜までバイトの日々。大企業に入るよりもベンチャーを夢想するが、生活のために断念。中堅商社マン時代にライブドアグループの勧誘され、金融や証券の仕事よりもプレーヤーとして事業会社に行きたいと本体に転じる。朴訥な口調と茫洋とした風貌だが、人心をつかむのはうまかった。騒動のさなかにもちあがった女子アナとの鍋パーティ事件で、敵方の親子ほど年齢に離れた上席執行役員にコンタクトし、なかなかの好青年で奥のある人物と言わしめている。

■塩野誠・・・熊谷の相談相手になった彼は、金融機関の海外駐在員だった父をもち、慶応大学卒業後はシティバンク、ゴールドマン・サックス証券等経歴を経て、ネットサーフィンでM&Aの実務経験者を求めていたライブドアと出会う。カオス状態の時に入って、リスクをとって暴れたいと入社。大学時代、500名のメンバーを抱えるESSの代表を務め英語劇の舞台美術に携わった経験のある彼にとってライブドアは、「舞台のよう。まるで毎日、壮大な実験場で演技をしているみたい」と映る。

■村上世彰・・・大阪・道頓堀川の近くで育つ。小学生時代に株の運用資金として渡された100万円は、大学時代の広尾ガーデンヒルズの住居にまで成長。留守がちな父との共通言語は、”株”だった。「滅びゆく日本」という問題作?を官僚時代に発表。官僚時代に築いた人的財産をフル活用して、温厚で愛想の良い灘中からの友人丸木、こんなに頭のよい奴に出会ったことがないと感嘆させた秀才の滝沢らメンバーと固い絆で結ばれた村上ファンドを設立。「あざとく立ち回り、巧みに利益を追求する、したたかなファンドマネージャーの顔がある反面、株主への還元やコーポレート・ガバナンスなどを訴えるオピニオン・リーダーとしての『正義』の顔ももっている。その二面性は、前と後ろに二つの顔を有し、光と闇、善と悪などあらゆる対立物を象徴する古代ローマの神・ヤヌスを思わせる」というのが、著者の鋭い村上評である。

■三木谷浩史・・・神戸市の著名な神戸大学名誉教授の父のもと裕福に育つ。一橋大学、日本興業銀行、ハーバード大学という経歴に、財界のお稚児さんという噂の華麗なる人脈がつく。またしても村上の甘いささやきと「武器商人」持田昌典の煽りにのり、ライブドアの謀略じみたマスコミへの怪電話に、育ちのよいお坊ちゃまは翻弄されたのかもしれない。TBSへの敵対的買収と大博打に打って出たはいいが、ぎりぎりの勝負に情緒不安定と評判がたつ。

その他、貧乏貴族のようにロンドンで蟄居生活をおくる鹿内宏明、北尾吉孝なるホワイトナイトなど、オールドエコノミー軍のおじさまたちが友情出演。
時代は事件を語るというが、本当にホリエモンはやり過ぎたのだろうか。市場経済型の競争社会がもたらした錬金術の行き過ぎ、時代と社会の徒花となった事件だったのだろうか。ライブドアという会社を著者は、自由でアナーキーなパンク野郎の築いた「ガキ帝国」と見ている。
逮捕前日、熊谷は著者との最後の電話で
「こういう形でボクたちがつぶされていくのは本当に残念。でも面白かったでしょう?こんな奴ら、めったにいなかったでしょ」と語っている。

意外や意外、読了後、今まで馬鹿にしていたライブドアに魅了されている観客を発見する。それは、私だ。安定した大企業を飛び出して、ベンチャー企業で働く人の気持ちを理解した。それに、こんなにおもしろいオペレッタはめったにない。だから是非、あなたもチケットを入手されるように。

*番外編→「メディアの支配者」