尾瀬と東京電力の関係は、東電がまだ利根発電と云っていた頃から始まる。
1916年(大正5年)の事である。
1922年(大正11年)には(名前を変えた)関東水電が、水利権を得た。
そして、1951年(昭和26年)の東京電力設立時に、そのまま受け継がれて
現在、尾瀬国立公園全体の約4割、特別保護地区の約7割の土地を所有しています。
さらに、今日のテーマの木道(もくどう)は、尾瀬に敷設されている総延長距離が65km。
その内東電が管理しているのは、約3割にあたる20kmである。
◆樹林帯にも木道が敷いてあるが、今年の様に
雨が多い年にはかなり手こずる。(少しの傾斜でも怖い)
毎日が雨だと、板が大変滑り易くなっており、
ちょうど車が雪道でスリップして進行方向よりも
90度違う方向で停まったのと同じ目に遭い、怖かった。
結構長い秒数滑っており完全に転倒すると覚悟したほど。

◆3年前に登った時に、登山道わきに置いてあったものだ。
あの後、直ぐに入れ替えた様でまだ新しい感じがする。
東電のマークと年号が焼き印で押してある。

◆樹林帯を1時間強で抜けると、後は快適な
湿原歩きが待っている。
「横田代」の入り口付近。

◆アヤメ平から燧ケ岳に向かって伸びる
木道も美しい・・・。
ここは、山の頂上がこのような湿原になっており
季節ごとにいろいろな花々が咲き誇る。

◆尾瀬ヶ原に降りると、環境省の木道に変わっていた。

◆こちらも燧ケ岳に向かって延びています

◆こちらは、高山植物の宝庫・至仏山に向かって
延びています。カーブもお手の物です。

◆今年初めて気が付きました。
少ない情報でもあった方がイイですネ。
竜宮のいわれや、水芭蕉のきれいな所などと
案内板が控えめに付きました。

◆至仏山と尾瀬ヶ原、そしてハイカー・・・
二本の木道が何とも言えぬアクセントを付けて
くれていますね。とても絵になります。
◆鳩待峠に向う登り道、木道は
右側通行になっています。
左側の様に「桟」が付けてあれば安心感があります。

◆東電の福島原発の影響で、尾瀬にもっている土地を手放さざるを得ないかもしれないと
ある程度の覚悟はしていたが、その心配は杞憂に終わった。
他の企業が取得しても、何のメリットも無いと判っていたから手を出さなかったのかも知れませんね。
それにしても、毎年x2膨大な資金をつぎ込んで尾瀬の自然を守っている事には、大変頭が下がります。
あの大震災後の資金不足の中でも、木道の交換をしてくれていました。
木道が古くなって来ますと、固い年輪だけが残って其之中間が減り続けて大変滑りやすく
転倒が起きやすくなり、危険です。
(このブログの性格上、他の汚染水や、原発問題、補償問題等とは、また別の機会に・・・)
1916年(大正5年)の事である。
1922年(大正11年)には(名前を変えた)関東水電が、水利権を得た。
そして、1951年(昭和26年)の東京電力設立時に、そのまま受け継がれて
現在、尾瀬国立公園全体の約4割、特別保護地区の約7割の土地を所有しています。
さらに、今日のテーマの木道(もくどう)は、尾瀬に敷設されている総延長距離が65km。
その内東電が管理しているのは、約3割にあたる20kmである。
◆樹林帯にも木道が敷いてあるが、今年の様に
雨が多い年にはかなり手こずる。(少しの傾斜でも怖い)
毎日が雨だと、板が大変滑り易くなっており、
ちょうど車が雪道でスリップして進行方向よりも
90度違う方向で停まったのと同じ目に遭い、怖かった。
結構長い秒数滑っており完全に転倒すると覚悟したほど。

◆3年前に登った時に、登山道わきに置いてあったものだ。
あの後、直ぐに入れ替えた様でまだ新しい感じがする。
東電のマークと年号が焼き印で押してある。

◆樹林帯を1時間強で抜けると、後は快適な
湿原歩きが待っている。

「横田代」の入り口付近。

◆アヤメ平から燧ケ岳に向かって伸びる
木道も美しい・・・。
ここは、山の頂上がこのような湿原になっており
季節ごとにいろいろな花々が咲き誇る。

◆尾瀬ヶ原に降りると、環境省の木道に変わっていた。

◆こちらも燧ケ岳に向かって延びています

◆こちらは、高山植物の宝庫・至仏山に向かって
延びています。カーブもお手の物です。

◆今年初めて気が付きました。
少ない情報でもあった方がイイですネ。
竜宮のいわれや、水芭蕉のきれいな所などと
案内板が控えめに付きました。

◆至仏山と尾瀬ヶ原、そしてハイカー・・・
二本の木道が何とも言えぬアクセントを付けて
くれていますね。とても絵になります。
◆鳩待峠に向う登り道、木道は
右側通行になっています。
左側の様に「桟」が付けてあれば安心感があります。

◆東電の福島原発の影響で、尾瀬にもっている土地を手放さざるを得ないかもしれないと
ある程度の覚悟はしていたが、その心配は杞憂に終わった。
他の企業が取得しても、何のメリットも無いと判っていたから手を出さなかったのかも知れませんね。
それにしても、毎年x2膨大な資金をつぎ込んで尾瀬の自然を守っている事には、大変頭が下がります。
あの大震災後の資金不足の中でも、木道の交換をしてくれていました。
木道が古くなって来ますと、固い年輪だけが残って其之中間が減り続けて大変滑りやすく
転倒が起きやすくなり、危険です。
(このブログの性格上、他の汚染水や、原発問題、補償問題等とは、また別の機会に・・・)















































































。












