コニタス

書き留めておくほど重くはないけれど、忘れてしまうと悔いが残るような日々の想い。
気分の流れが見えるかな。

大学教育が今、問われて

2008-03-14 23:54:14 | 
門前塾発表会。

大雨警報の中、閑散、と言う事にはならなかったし、そこそこ笑いもとれてたし、よかったね。

個別のプレゼンについて、その中身について、色々コメントしたい事があるけれど、それは、時間があったら書く事にして、全体の事。
褒めたい事も、沢山あるのよ。ほんとほんと。


今日で、もやもやが晴れた気がする。
解っていたはずの、ずっと感じていた違和感の正体。


たとえば、今日、あの場に大学の教師は私以外にいたんだろうか?
居たか居ないかは結果の問題として、一人一人の学生達は、自分の指導教員を呼んだのかどうか。

社会学科のフィールドワーク報告会の時、私は逆のことを訊いた。
「お世話になった地域の人を呼びましたか?」と。
大学でやる発表会は学生と教員が来ればいい、門前塾は地域社会でがんばる企画だから大学の先生は「かんけーねー」。


門前塾の原点の一つになったコニ研社会見学の、ほぼ第1弾だったアルバイトタイムズ社訪問は、04年だったか。
あのとき、満井さんは、「親御さんと仕事の話をしていますか?」と訊いた。

家族の仕事を深く理解しないで、何が就職活動だ。

親子では却って話しづらい事もあるんだろう。
それも解る。


今日、集まった学生達に問いたい。
「あなたは、ゼミの先生と、本気で話をした事がありますか?」

教師は何なんだろう。
大学はなんなんだろう。



あっぱれ会を始めたのは、その前に彦星先生を大学に呼んだのは、こんな事をしたかったからじゃない。
学生が、大学と向き合うための装置を作ろうと思っていたんだ。

だから、色々雑音は聞こえてきても、私自身、「卒論ミュージアム☆」は、手放しで嬉しかった。


今日話した学生達は、社会からたくさんの事を学ぶ楽しみを知った。
いいことだ。
門前塾の価値を認めるのは、吝かではない。

しかし、この先に私の思い描いたあるべき未来はない。
そのことが、今日、よくわかった。

社会で学ぶ事に喜びを見いだした彼らは、自分の「いま」「ここ」であるはずの大学がもっと良くなるべきだ、と言う事には思いが至らない。
と言うより、大学はただの通過点でしかないらしい。
やれやれ。
これから先、社会の現実に向き合った時に、勝手に「現場」を「通過点」に読み替えるなよ。



「コニタ先生とお話がしたかったんです」と言ってくれた学生も居た。
ありがとう。
別の学生は何度かメールをくれて、私は要領を得ないメールに不満を返したつもりだったけれど、「返事がなかった」という。

話したかった来ればいいじゃないか。
返事がなかったら諦めるくらいなら挨拶になんか来るなよ。


待ってるだけのヤツに与えるえさはないよ。
オトナが親切すぎて、コドモはどんどんバカになる。


彼らは、現実の社会を受け入れて、どう生きるか、と言う事について学んでいる。
しかし、現実の社会を変えると言う発想はない。

そういうコドモを作ってしまったのは、申し訳ないけれど、やっぱり「団塊」だと思う。
あなた方は、勝手に盛り上がって勝手に挫折したんだ。
社会は変わらないよ、って、にやりわらって。

そのツケがこれだ。



作戦変えないとね。
今日は勉強になりました。

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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
あぁ。 (コニタ)
2008-03-15 07:42:00
今、ふっと思い返して古い記事を見た。
第1期打ち上げの事。
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/428d28614a4ad863b9e722729308ea71

希望はあったんだな。
勢いはあったし、最初はこんなモンだろう、と思ってたからね。

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