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東武佐野線沿線CITY-GUIDE 〔カテゴリーからお入り下さい〕

こならの森107号

2008-04-27 | 101号~200号
       ■こならの森107号■1997.3発行

表紙 「さくら=アップ」
C・o・n・t・e・n・t・s

■こならの森4月号■

おぞねとしこのポエム…ふきのとう……3p
その他の情報…/猫バス31……4p
結婚…栗島さん夫妻…5p
現代国語………6p
知らんの5つの市/…………7p
JC・JOURNAL………8-9p
春桜の名所………10-17p
インフォメーション97………18-23p
両毛神楽物語…9回……24-25p
海棠市子の映画評……………26p
書評・絵本紹介………………27p
協賛店マップ………28-29p
新・こならの森から…………………30p
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【本文抜粋記事】

新・こならの森から

 最近長男がゴミ問題の本を借りて来た。小学生向の分かりやすい
表現だったので、たかをくくってなにげなしに読み進んでいったが、これはあなどれないぞと、半分まで来て本気になってしまった。
 この本でも住民エゴがとりさだされていた。そして昔はごみがゴミではなかったと調べ上げていた。読み進むうちに良く書いてある、全くだと感心する。
 話は進んで、海側と山側の二つの候補地の対立、なすりあいとそれに苦慮する町側の対応・説明会。コンクリート壁や絶対に破れないというシートに対する安全神話の完璧なる崩壊。ゴミを出しながら、ゴミを捨てる場所を造らせないという矛盾。それはそうだろう、で最後の結論は………なんと海側と山側の対立を越え、どちらとも造っていいよというものだった。それでジ・エンド。紙面の都合なのだろうか、それともある種の圧力に屈したのかそれ以上はヨメなかった。
 住民の意志なしに行政はない。どこに歯止めがあるのか、これでは造っては捨て、造っては捨てでキリがない。
 ある三大新聞の社説に、製造者はその最後までを見届ける勇気があってほしい、といった旨の文章を載せていた。賢い消費者であれば、循環しないもの、最低でも(一回限りのリサイクルではあっても)そうされない商品は買わないつもりで日々心得ている。しかし、そのほとんどが選択の余地なしにゴミとなってしまう。そして自家焼却すればダイオキシンが発生する。
 こんな例がある。ゴミの収集を3分別から7分別に変えたらゴミの量はどう変化したのか。実際には減ったというのだ。意識が変わるという事は大きい。



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