京都の闇に魅せられて(新館)

“ウナギ神社”三嶋神社 @ 京都妖怪探訪(576)





(記事中の写真はクリックで拡大します。プライバシー保護等の為、人の顔部分に修正を加えていることがあります)


 どうも、こんにちは。
 シリーズ前回から一ヶ月ほど経ってしまいましたが、ぼちぼちと再開したいと思います。
 京都の妖怪伝道師・葛城氏が主催された、京都東山魔界巡りツアーのネタや写真等も残っておりますので。
 今回は、公式サイトも無く、京都観光のガイドブック等にもなかなか掲載されない名所を案内していただきました。
 京都・東山の住宅地の中にひっそりと建つ「三嶋神社」です。


 シリーズ前回、あちらの世界に片足を突っ込みそうになりながらも(笑)、東山トンネルから国道沿い、府道116号線を西へ向かって歩いて行きます。
 京都女子大学K校舎学生会館があり、反対側にはマンションと信号のある交差点。
 その小さな横道から、マンションの裏側に回ります。








 なおここへは、東大路通りの「馬町」停留所から、馬町交差点で府道116号線を東へ。
 或いは、京阪バスの「馬町」停留所から少し東へ歩いてもこの交差点へと行けます。





 マンションの横の道から裏側へ。






 マンションの裏側にこっそりと、ひっそりと、張り付くように建つ小さな神社が、その「三嶋神社」です。








 三嶋神社。
 鳥居の扁額をよく見ると、「三」の字が波打っているように書かれていますが、これは三嶋神社の神使であるウナギを表しているそうです(ウナギについては後述)。
 祭神は、大山祇大神(おをやまづみのおおかみ)天津日高彦火瓊々杵尊(あまつひだかひこほのににぎのみこと)、木之花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)です。
 天孫降臨神話の主役の夫婦とそのお父さんですね。
 平安時代末期、後白河天皇は、中宮(皇后)・平滋子建春門院(たいらのしげこけんしゅんもんいん)に子供が出来ないことに悩んでいました。
 そんな時、摂津国嶋下郡三島江村(現在の大阪府高槻市)に、三嶋大明神という子宝にご利益のあり神様が祀られているという話を聞いて、参拝します。
 数日後、夢の中に白髪の老翁が現れて「あなたに男児を授けます。その代わり、私を京の巽(南東)の方角に祀ってください」と告げました。
 翁のお告げ通り後白河天皇夫妻は、後に高倉天皇となる子を授かりました。
 喜んだ後白河天皇は、永暦元年(1160年)に三嶋大明神を祀った社殿を造営。京の巽の方角の守護神としたと伝えられています。
 それ以来、現在に至るまで子宝や安産の神様として祀られています。
 なお、この辺りの地域は当時、平氏の勢力下にあったようで、付近には「小松」という地名も遺されています。葛城氏かた聞いた話ですが、「小松」という地名があるのは大抵、平氏ゆかりの地だそうです。


 話を戻して、境内へ。
 大きな石を目にします。





 これは「揺向石(ようこうせき)」という石です。
 これには、“牛若丸”こと源義経にまつわるエピソードが遺されています。
 承安4年(1174年)、牛若丸がここに参拝した折、夢の中に白髪の老翁が現れ、「早々に奥州へ行け」と告げました。夢から覚めた牛若丸が再拝し、老翁が立っていた場所を見ると、この石がありました。
 以来、この石は「揺向石」と言われ、「妊婦が参拝し、男子を授かることを祈願して、この石に手を触れ、お腹を撫でると、牛若丸のような立派な男子を授かる」とも伝えられています。
 また、江戸時代の境内図には、相生(あいおい)の松(日本の松が中程の枝同士で一本に結ばれている神木)の間にこの石が祀られている図が書かれていたそうです。
それで結び(良縁、夫婦和合、家内安全)のご利益もあるとも伝えられています。
 ところでここでひとつ疑問が。
 この神様、確か平氏の土地に、平氏とその関係者によって祀られた、いわば平氏の守護神みたいな存在のはずですが。
 何故、後にその平氏を滅ぼすことになる宿敵・天敵ともいうべき人物の背中を押すようなことをしたのでしょうか?
 もしかして平氏は権勢をいいことに威張りすぎて、自分の守護神にまで嫌われていたのか。「もう、こいつらダメだ」と見放されていたのか……?


 三嶋神社に奉納されている絵馬です。





 ウナギが二匹。
 これは「子宝祈願」の絵馬で、2匹のウナギは夫婦を表しているそうです。
 (※なお、絵馬には祈願者夫婦の名前が書かれていますが、個人情報保護の為、その部分は画像修正で消しました)

 子供が出来た夫婦には、次の「家庭円満」の絵馬です。





 3匹のウナギは、夫婦と子供を表しているそうです。
 (※なお、絵馬には祈願者夫婦の名前が書かれていますが、個人情報保護の為、その部分は画像修正で消しました)

 この神社の神使はウナギなのです。
 三嶋神社の神使は巳蛇(みずち)、すなわち水蛇。ウナギも水蛇の仲間と考えられて、神使とされたそうです。
 あるいは(未確認情報ですが)、この三嶋社や、元あった摂津国(現在の大阪府高槻市)の三嶋社には、多くの水蛇やウナギが居たという説も聞きますが……その真偽のほどはわかりません。
 ただ、現在に至るまでウナギが神使として信仰され、「妊娠中はウナギを食べてはいけない」というウナギ断ち信仰が現在も遺されているそうです。
 また、全国のウナギ屋・ウナギ業者さんからも信仰され、毎年10月26日にはウナギの放生大祭が行われるそうです。ただ、さすがにこういう小さな境内ではさすがに大規模な神事が行えないので、ここではなく三嶋神社社殿が移転していた瀧尾神社で行われるそうです。


 奥に建つ本殿に礼拝。





 本殿横の掲示板にこんな写真が。





 この顔はどこかで見たことが……っと思ったら、秋篠宮さん!
 平成6年と平成15年の2回、参拝されたことがあるそうですが……驚くほどのことではありません。
 後白河天皇の時代から、皇族も子宝祈願をしてきた神様ですから。

 しかしながら、こういう歴史と由緒もあるこの神社にも受難の時代があったそうです。
 平成12年(2000年)頃に多額の負債を抱えて土地を手放さざるをえなくなり、元の神社があった場所にはマンションが建ち、社殿は瀧尾神社の境内祈願所に遷座を余儀なくされたとか。
 平成14年(2002年)に地主さんによって再建され、現在の小さな社殿になったそうです。
 以下は、また聞きの未確認情報ではありますが……。
 ある近隣住民の方のお話に寄りますと、移転してマンション建てた際、やはりその祟りと思われる何らかの現象や出来事があったそうです。
 一体、何があったのか?
 その住民の方は、具体的に何があったのかということだけは、どうしても口を固く閉ざして教えてくださらなかったそうです。
 よほど恐ろしいものだったのか。あるいは、何かどうしても話したくない理由でもあったのか……。残念ながら、それ以上は知りようがありませんでした。


 それでも。
 ごく普通に見える住宅地やマンションの裏側にも、歴史もあり、そして曰くもあるそんな場所がいきなりあったりする。
 京都の街には、こういう面白い場所もあるものだ。
 またひとつこういう霊場魔所を知ったという、楽しい気持ちで、この古社と後にし、葛城氏ツアーの次のスポットに向かいました。






 今回はここまで。
 また次回。




*京都東山・三嶋神社へのアクセス・周辺地図についてはこちらを参照。




*『京都妖怪探訪』シリーズまとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




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