どうも、こんにちは。
シリーズ前回の続きで、今回も京都・仁和寺に咲いた御室桜の様子をお届けします。
リアルでは桜の時期を過ぎているようですから、これが今期最後の桜の記事になります。
シリーズ前回の続きで、「中門」から中へと入ります。
この門にも「二王門」と同じく、両脇に守護者が居ます。
門の西側。
四天王のうち、西方を守る「広目天」。その両脇に並ぶのは眷属の「龍神」と、食人鬼「毘舎闍(ピシャーチャ)」でしょうか。
門の東側。
四天王のうち、東方を守る「持国天」。両脇に並ぶのは眷属の、「乾闥婆(けんだつば、ガンダルヴァ)」と、食人鬼「毘舎闍(ピシャーチャ)」でしょうか。
ここは「御室派」とは言っても、真言密教の寺院。
仏教の、特に真言密教の仏や守護神には、元は古代インドの神々や鬼神・魔物だった存在も居るから面白い。
あっと、個人的趣味からついつい目移りしてしまいましたが、今回の主題は桜でした。
桜を観に戻ります。
「中門」を過ぎたら、そこには満開の桜が。
染井吉野よりも遅咲きの「御室桜」です。
ところで仁和寺と言えば。
有名な吉田兼好『徒然草』にの第52段「仁和寺にある法師」を思い出す人も多いのではないでしょうか。
私も中学の国語で習いましたが。
仁和寺のある法師が、有名な石清水八幡宮に参拝しようとしましたが、その本殿が山頂にあることを知らずに行ったため、極楽寺や高良神社など山の下の寺社に参って「ああ、こういうものか」と思って帰ってしまいます。その後、「聞きしに勝る尊い場所でした。しかし参拝の人たちが皆、何故山へと登っていくのかはわかりませんでした」と、わかる人にはわかる無知を晒してしまった、という話です。
同じ『徒然草』の第53段、第54段にも、仁和寺の法師たちの話が出てくるのですが、本当にろくな話が書かれていません。
第53段には、仁和寺の法師たちが宴会で酔った勢いで、三足の鼎(かなえ)を頭にかぶったら抜けなくなってしまって、何とか抜いたところ、鼻と耳が削げてしまったという話が。
第54段では、法師たちが美少年を紅葉見物に誘っていいところを見せようとしたしたけど失敗し、内輪もめになってしまった話が。
シリーズ前回で少し紹介しましたが、仁和寺は皇族や摂家が住職を務めるという、当時としては格の高い寺院だったのですが、そんな寺院を吉田兼好は悪し様に描いていたということになりますが。
何故、そんなことをしたのでしょうか?
仁和寺に個人的な怨みでもあったのか?
あるいは、世捨て人のような生活をしていながらも、当時としては高い権威を誇っていた仁和寺に何らかのコンプレックスでも抱いていたのか?
それとも、「超エリートで最高権威である仁和寺の法師といえども人間だから、こんなアホなこともしているんですよ」などと、権威を笑い飛ばしたり、批判的に描くということをしたかったのか?
はたまた、それ以外の別の理由もあったのか?
私にはわかりませんが……。
再び本題。御室桜を観て回ります。
桜の向こうに五重塔が見えます。
こうして今年の花見も終わりました。
この記事がアップされている頃には、もうほとんどの桜が散った後でしょうから、リアルの桜が観られるのはまた来年のお楽しみということになるでしょう。
なおシリーズ次回はあと1回、仁和寺の話題を取り上げます。
本シリーズでこの古刹を取り上げた理由……仁和寺に遺されている第五世門跡・覚性法親王(かくしょうにゅうどうしんのう)と水餓鬼の伝承を、おそらくその舞台となったであろう仁和寺御殿の光景と共にお届けします。
それでは今回はここまで。
また次回。
*御室仁和寺へのアクセス・周辺地図はこちら。
*御室仁和寺のHP
http://www.ninnaji.or.jp/
*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm
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