京都の闇に魅せられて(新館)

*森永卓郎氏の小泉改革に関するコラムを読んだ

 エコノミストの森永卓郎氏のシリーズ・コラム『小泉構造改革をどう生きるか』第7回を読んだ。
 これは、いつもこのブログにコメントを残してくださるr氏の勧めによるものだ。
 非常に興味深くて、第7回以外のコラムも全部、一気に読み上げた。


 
 それにしても、自分でもわかっているつもりでいたが……こうして読んでいくと、怒りなどを通り越して、本当に恐ろしくなってくる。
 ここに来られている読者諸氏にもお勧めのコラムでもある。


 連載第1回で森永氏は、先の衆議院選挙で小泉自民党が大勝した理由を、「日本全体がユーフォリア(陶酔的熱狂)に陥ったから」とされている。
 第3回で、小泉改革の目玉とされた「郵政民営化」の危険性について述べられている。それを読んでいると、郵貯・簡保にお金を預けているのがイヤになってくる。
 更に連載を通して、その先にある「増税」「インフレ」「戦争」の危険についても述べられている。
 そして、r氏が勧めてくださった、第7回『小泉批判を封じる「空気」が支配する暗い世相~大方のメディアから締め出された政権・政策批判~』を読んで、更にイヤな気分になった。相変わらず「小泉ヨイショ」に走る日本の「売国ド腐れマスコミ」は本当にどうしょうもない。さらにあっさりと小泉礼賛に転向してしまう知識人たちも。
 もっとも森永氏は、小泉礼賛に走った知識人たちについて、「彼らにも生活がかかっている。食っていけなければどうしようもない。評論する場を確保するためには、転向せざるをえないのである」とも言っておられる。しかし、これは森永氏の優しさであろう。
 悪いけど、私は森永氏ほど優しくもないし、大人でもない。理由はどうあれ、マスコミや小泉礼賛知識人たちが、結果的に我々の生活や権利、安全を脅かしていることに代わりはないのだから。これからも情け容赦なく叩かせてもらう。
 それにしても多くのマスコミ人や評論家たちの醜態によって、「多数派や声のでかい奴に弱い」という日本エリートの持つ弱さと情けなさが、改めて明らかになったのではないか? 
 いや、これはもしかしたら、現在も微力ながら小泉批判を続けている我々にも「言論活動以外にも、生活の糧を見つけよ」という、一種の教訓を示しているのだろうか?
 もっとも、(幸か不幸か?)私は転向知識人のように言論活動で喰っているわけではないからこそ、好きなことが言えるのだが……。


 なお、このブログにて現在継続中の投稿シリーズ『「若年層小泉支持」の背後にある新自由主義への幻想』にて、引き続き「新自由主義(的なもの)への幻想」というテーマに絞って、小泉自民党圧勝の背景について考えていきたいと思う。
 森永氏のコラムなどに比べれば、全くの駄文であるが。
 ただそのシリーズは、ただの小泉批判をするだけなく、小泉政権を打ち破ることができなかった、そして、小泉自民党のばらまいた「幻想」に(自分たちに破滅をもたらすものであるのに)引っかかってしまった我々大衆自身の「無知」と「弱さ」についても、考えたいと思う。
 いわば、一種の自己批判・反省の意味も込めたいと思う。

 現在、第3回まで進んでいるが、第4回は次の日曜日夜くらいになるかな? 相変わらず公私ともに忙しいので、そこまで遅れることはご容赦願いたい。





このブログは、
『STOP THE KOIZUMI - 改革ファシズムを止めるブロガー同盟』
参加しています。

コメント一覧

r
分かりやすいコピペです。

323 :名無しさん@3周年[sage] 投稿日:2005-11-25 18:53:10 ID:8ioOUws3

小泉の緊縮均衡財政では、国の借金は、減るどころか益々増加している
小泉政権前は年平均44兆円、小泉政権になってからは年平均55兆円づつ増加している。
事実、これは当たり前の話で、名目GDPを大きくする政策を採らない限り、いくら均衡財政、将来は黒字転換を唱えてみたところで、絵空事だ。
税収も増えない(健保の国民負担増や、課税強化、特に所得の低い人にたいする課税などによる一時的な税増収となっても、それは消費の低迷につながる、だからGDPは縮小する)、
従って負債(国債の発行)も増加の一途をたどることになる。
小泉の緊縮による金詰まりで日本経済の原動力であった技術力のある中小企業も多く倒れ、日本の産業の空洞化が進んでしまった。
これらのことには触れず、「小泉政権の改革路線を継続してゆけば、なにもかもうまくいく」と国民を騙してるのがマスゴミじゃないか。
小泉にとって痛くもかゆくもない目くらましのガス抜き批判を子鼠批判とまじに受け取ってるやつはおめでたいよ。

r
どうも怒ってばかりだと気が滅入るので幼い頃の話を少しばかり…

幼い頃、夏に田舎の親戚の家に行く習慣がありました。
ローカル線を乗り継いで7時間程かかったでしょうか。
駅は木造でしたが高倉健のぽっぽ屋みたいな駅舎で妙に居心地がよかったです。
親戚の子どもは皆、私よりずっと年上で、東京の大学や、会社、その他に就職進学しており、家には叔父と叔母しかおりません。
海は近いのですが、何分、幼い私は一人で行けませんから駅前でひとり遊びをするわけです。
叔母からジュース代として貰った小銭はポケットにありました。
鉄道が好きだった私は駅で入場券を買おうとしました。
そしたら駅員さん(駅長さん)は不思議がって、「どうして入場券が欲しいの?しばらく汽車は来ないよ?」と優しく喋りました。
私は「電車が好きなんだ。駅も好き。だからホームに入りたいんです!」などと答えていたように思います。
ここの路線当時、非電化路線で、電車ではなく気動車が走っていました。要するに汽車ですね。
駅員さんが二人くらいしか居ませんでした。
駅長さんだったと思いますが、「お金はいいから、中に入っていいよ。線路で転ぶなよ!」と言って、無料でホームに入れてくれました。
そして数分後、駅長さんは冷たいアイスをご馳走してくれました。
そうこうしてるうちに汽車がきました。
点検の為だと思うのですが、10分ほど停車していたと思います。
駅長さんが「○○君、この子に運転席みせてやりな!」って言ってくれまして、運転手の人が優しく抱きかかえながら運転席からの景色をみせてくれました。

そして、帰りに「お土産だよ。」といって駅長さんは使用済みの切符をくれました。

今でもあの光景を忘れていません。
駅長さん、駅員さん、運転手さんみんなの優しさを全身に感じました。

振り返って現代。
私鉄の職員が我が子を運転席に入れたカドで懲戒解雇されました。
となると、幼き頃に出会った駅長さん、駅員さん、運転手さんも解雇されることになるんですよね?
あの優しかったオジサンたちが…

何時から日本は殺伐とした国になったのでしょうか。

ふと昔を懐かしみます。
とりあえず読んでください。
アンチ小泉の急先鋒で今や新聞テレビなどの大メディアから干され、その存在を亡き者とされている「政治評論家:森田実氏」のコラムです。

http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C02288.HTML

2005.11.24(その2)
2005年森田実政治日誌[463]

APEC報道における朝日新聞・東京新聞と毎日新聞の違いについて――朝日・東京=常識、毎日=非常識/毎日新聞APEC記事の救いがたい偏見とゴマスリ

「愛してもその悪を知り、憎みてもその善を知る」(『礼記』)

(以下、私rの意見です。)
小泉は海外でも国内向けパフォーマンスを行うのです。
余りにも素晴らしすぎて涙が出てヘソで茶を沸かしてチョットだけよ、あんたも好きねえ!などと加藤茶大先生の真似をしてしまいます。
そしてそれを好意的に報道する日本の新聞テレビ。森田さんのコラムでは毎日新聞の引用でしたが、流石は岸井成格が論説委員をやってる毎日新聞!小泉ヨイショがうますぎる!

微力だろうが何だろうが、私達は新聞テレビの売国報道を徹底的に糾弾し、そのお先棒を担ぐ売国電波芸者も糾弾し、そして戦後最大最狂の売国奴にして国賊の小泉純一郎と竹中平蔵を糾弾しなければなりません!!!!!!
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