越後長尾・上杉氏雑考

主に戦国期の越後長尾・上杉氏についての考えを記述していきます。

追加【1】

2018-10-29 16:35:30 | 雑考

 黒田基樹氏の論考である「上野女淵郷と北爪氏」を読む機会に恵まれたところ、当ブログの「上杉謙信の戦歴【上】」に載せなければならなかった合戦がありました。

〔北爪右馬助覚書写〕(『群馬県史 資料編6 中世3 編年史料2』3692号)の一項における「一、ゑんこく(遠国=越後国)よりそうちや(惣社)・いしくら(石倉)おせめ被成候時、此五つめ(後詰)として竹田しんけん様(武田信玄)松井田迄御出候所、御はたらきさきへ物見罷越くひ一取申候、此請人秋本越中(秋元長朝ヵ)かゝい(抱)候福田かけい(勘解由)左衛門尉存候事、此外はちかた(鉢形)へ罷うつり九年之内之事、」により、越後国上杉謙信が元亀3年正月に上野国群馬郡の石倉城を攻撃する前に惣社城を攻撃していることが分かりましたので、これを追加します。


『上越市史 別編1 上杉氏文書集一』1072・1078号 菅谷全久書状(写)、1081・1082号 上杉謙信書状 ◆ 黒田基樹「上野女淵郷と北爪氏」(『戦国期領域権力と地域社会』岩田書院)
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