馬とモンゴル

乗馬によるモンゴル大自然の四季と牧民生活の折々を日記風に

秋の夜長

2019-09-12 04:00:52 | 首都散策・秋季

まさに

夜中に重要な用件もなく起きていると
一般人とは真逆な生活を送ることになる

MSNで情報検索していると老人ホームの
現状などが記事に出ていた

子供に見放されて生きがいを失った老人たち
寝たきりになれば手には手袋、両手両足は結束バンドで固定

昔は老人ホーム行きの老人はセレブ老人と持て囃された時代も有った

私の知り合いで母を介護病院に入れて後悔していたのを見た事がある
悔やんではいたが今、我々世代が老人となり直面する現在、我が身を考えると

上記の結束バンド・子に見放された孤独社会を現実視しなければならない

  元気が一番

好きで我が身を家族に介護強要する訳ではないがいつ何時、介護老人となるやら
これこそ神のみぞ知る世界である

今まで健康で病気一つせず生き延びている我輩では有るが
夜になると盲人と化する、薄暗くなると男女の違いは確認できるが顔が判別できなくなる

餓鬼の頃、メガネ学生に因縁つけて喧嘩していた馬鹿我鬼がいた
メガネ学生にすれ違い挨拶しないと喧嘩を吹っかけ暴力をしていた

視力2の私達などメガネ学生のハンディーなど考慮する知恵もなく
挨拶しないお前が悪いと咎めていた

今思えば眼が悪くなるとすれ違いに相手の顔など分からないんだから
暗くなって出掛けるから近所の人に挨拶されても相手が誰だか分からない

返事だけはするが誰だっけで悩んでしまう

また
体全体に張り巡らされている全神経網も老化現象で機能しなくなってきだした
5ミリの石に蹴躓き土の中に埋まった棒や杭に靴を引っ掛け蹴躓きだした

今はオットィトットでヨロヨロよろけながら如何にか態勢を持ち直すが
この先、転んで骨折したり空っぽの脳タリンを強打し脳震盪でお陀仏も有り得る

こうして考えてみれば若い頃に国や地方行政等に老後社会環境組織を
構築していなければ老後社会の明るい未来がないことに気がつく

これは日本だけの問題だけじゃなく世界規模の社会問題でもある

饅頭が

  甘い饅頭が食いてぇ

老人ホームに入居する時に子の顔を見て
死んだ時に子供が迎えに来てくれ死に顔を見てもらえる

というホームの職員の話です

ホームに来る家族は稀とのこと
中には小まめに来てくれる家族もないわけではないが

家族が来れば来たで来ない老人たちに気を使うという
難しい村社会でもあるらしい

結束バンドも預かり側の理由があるという
両手両足が自由であれば徘徊・点滴等の針を外したりすると言われる

意識が薄くなれば長爪で我が顔や体を切るとも言われている
こうなると赤ちゃん時代に戻るわけです

介護付き病院に入院した友人の母親も元気(時々痴呆になる)だったのだが
入院時、見送った時は歩けていたし私も認識されていたが何ヵ月後には

自力で歩行も出来ない寝たきりになってしまった事を聞かされた時は
悲しみを通り越して情けなくなり友との付き合いをやめてしまった

その母が元気で明るい人で息子は事情があり実家に転がり込み母子二人で
暮らしていたんだが裕福な母親を何故、あんな病院に入れたのか

いまだ納得できないでいる(よく遊びに行きご馳走してもらった)
良かれと思いした事だろうが老人になるという事は大変なのだ

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