北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

朝顔式便器と夏の思い出

2022-08-17 22:11:33 | Weblog

 

 夏休みの苦い思い出が一つあります。

 小学校の4~5年生の時だったと思うのですが、当時札幌に住んでいた私は夏休みの時期に母に連れられて洞爺湖の南の虻田町にあった母方の祖父母の元へ遊びに行きました。

 祖父母の家にはそれまでにも何度か行ったことがあって、間取りなどは良く知っていて慣れた場所。

 私には2歳違いの弟がいるのですが、私も弟もやんちゃで祖父母の家につくやいなやすぐに二人で家の中で遊び始めました。

 その遊びというのも、家の中にいるハエを粘着テープで捕まえるというなんとも昭和な遊び。

 そんな私は、ハエが一番いるのはトイレだと気づいてトイレに駆け込みました。

 当時の祖父母の家には男性が小用を足すいわゆる「朝顔式便器」がありました。

 おしっこをうけるところがあって、そこから床に向けて陶製の細いパイプが下がっていくやつです。

 トイレの窓のところには狙いをつけたハエが何匹もいます。

 窓は子供にはちょっと高かったので、朝顔式の便器に足をかけたところ悲劇が起きました。

 私の体重に耐えかねて朝顔便器のパイプがボキッと折れてしまったのです。

 内心(やってしまった…)と思ったところへ折悪しく弟がやってきてそれが見つかってしまいました。

「あ~あ、やった!やった!おんちゃん(お兄ちゃん)が壊した~」

 鬼の首を取ったように親に言いつけに走る弟。

 私の方はやってしまったことに反省と後悔です。


      ◆


 渡しの記憶はそこで途絶えていて、その後どんな形で場が収まったのかは覚えていません。

 祖父母からは「もう仕方ないよ、いいよ」という慰めの言葉をかけられたことは覚えています。

 しかし私とするとなんとも申し訳ないのと恥ずかしいのとで、翌年から何年か祖父母の家に行くことができなくなりました。

 いわゆる心が折れたトラウマ状態になったのだと思いますが、祖父母に顔向けできない気持ちが強くて祖父母の家に行けなかったのです。

 そこから先は自分が父の転勤に連れられて旭川の学校へ転校したこともあってやはり祖父母の家にはいかない年が続き、ようやく大学生になった時に久しぶりに祖父母の家を訪ねることができました。

 特に祖父は私が大学に合格したことをとても喜んでくれたので、この間訪ねることがなかったことを申し訳なく思ったことを思い出します。

 しかし子供心に生じたトラウマはその傷が癒えるまでに随分と時間がかかったのでした。

 その後祖父母はほどなくして天に召されました。

 家も人手に渡り、元の家の周辺の風景はすっかり変わってしまいました。

 家から国道に出たところに交番があってそれは今でもその場所にあるので、たまに国道を車で通りかかったりしたときは、(ああ、この後ろに祖父母の家があったなあ)と当時の記憶が蘇ります。

 子供時代の夏休みのほろ苦い思い出です。
 

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