北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

無くした名刺入れの不思議な縁

2019-10-06 22:55:10 | Weblog

 

 道内を挨拶回りで回っていた先日のこと。

 同行者の一人のAさんが、次の訪問先に着いたところで何かを探しています。

「あれ?どこへやったのかな…、あれえ?」
「どうしました?」

「名刺入れが見つからないんです。一つ前の訪問先で靴を履くときに玄関に忘れたのかな…」

 とうとう服にも車の中にも、名刺入れは見つからなくて予備の名刺入れで用件は済ませました。

 すると次の訪問先へ移動中に、名刺入れをなくした彼のもとに一本の電話が入りました。

「Aさん?▲▲町のBです。お久しぶりです」
「あ、ああ、ご無沙汰してます…」

 電話の主は、名刺入れをなくしたと思われる町の旧友のようです。

「〇〇さん、名刺入れを落としませんでしたか?」
「あ、はい、落としました」

「うちの町の交差点で名刺入れを拾ったら、なんとAさんの名刺が出てきたので、警察に届けて回りくどいことをするよりも直接お知らせしようと思ってお電話しました」
「あ、ああ!ありがとうございます。どこかの事務所に置き忘れたかと思いましたが…」

「いえ、国道の交差点に落ちていましたよ」
「ええ?なんでだろう」

 その電話での会話を車の後ろの席で聞いていて、私にははたと思い当たることがありました。

 それは、名刺入れをなくした町を車で走行中になにかが「ゴン」と天井に当たって後部座席の左後ろへと落ちたのを思い出したのです。

 私はてっきり、プラタナスか何か大きな葉っぱの街路樹からの落ち葉かと思ったのですが、実はそれが名刺入れだったよう。

 どうやらAさんは、車に乗るときに名刺入れを車の天井に置いて、そこで何か別なことに気を取られて車に乗ってしまったようなのです。


    ◆


 結局拾い主のBさんとは、その後にお昼過ぎに待ち合わせをして名刺入れは無事本人の元へ届きました。

 実は名刺入れには免許証も入っていたのだそうで、なくした本人は(出てこなかったら厄介だな)と落ち込んでいたのですが、警察に届けたりする前に無事に事なきを得て本当にほっとしていました。

 このような日本の地域社会の高いモラルの有り様を見せられると気持ちが明るくなります。

 それにしてもそれが旧友に拾われて、持ち主本人に直接連絡が来るとはなんとも奇妙な縁ではありませんか。

 日本人の良い気質もありますが、なくした本人の普段の行いが良いからだ、ということにしておきましょう。

 拾ってくれた方とその御縁に心から感謝申し上げます。
 

 

 

 

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