
とうとう12月に入った。寒くなるにつれて、北日本&日本海側では曇り空が多くなって太陽から切り離されて長い冬の生活が始まるのです。そういえば、12月5日( 1791年 )に墺太利のウィーンにて亡くなったとある。翌6日の午後3時に聖ステファン教会で楽聖にふさわしくない三等級な惨めな葬儀が行われたと記録にあります。参集した数人の友人たちも、おりから荒れ狂っていた雪まじりの雷雨におそれをなして、棺を墓地まで見送るものはひとりもいなかったと。とこれまた記録として残っています。が?~。
~ このところが、この葬儀当日に嵐は無く、弱い東風が終日吹いていた。という!当時のウィーンの天文台の記録を調査している研究者の文献によるとだ。 ~ モーツアルトの他殺説がいろいろと取沙汰される理由も、こういった方面からの推測もあるのではないでしょうかね~!






