国境をなくすために

戦争をしない地球の平和を求めるには、国境をなくすことが必要と考えました。コミュニティガーデン方式を提案します。

長幼の序と骨折

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A 公務員組織の不合理 → 解体、小さな政府
    A-1 高齢者が元気に活躍する社会システム
(冊子『国境をなくすために』の送り状は2007年10月22日にあります)
   (ブログ『国境をなくすために』の趣旨は2008年10月15日にあります)

チョウヨウノジョってどこかで聞いたことがあるなーと思い辞書をひきました。
年長者と年少者の間にある一定の秩序。
秩序 ①物事の正しい順序 ②社会の諸要素が相互に一定の関係、規則によって結びつ
き、調和を保っている状態 → 五輪
五輪 “孟子” 儒教における五つの基本的な人間関係を規律する五つの徳目、
    すなわち 父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信をいう
五常 仁 義、礼、智、信
   “書経” 父は義、母は慈、兄は友、弟は恭、子供は孝を守るべきものとする
人はこのようなことをどこかから聞いて、生きてきたのだなーと思いました。

8月10日、70代も半ばを過ぎ二度目の骨折をしました。 271mの多峯主山を,
いつものようにハイキングのつもりで歩き始め、夫のペースでのぼったため頂上でチョット立ちくらみがして、てすりにつかまって持ちこたえ、ベンチが空いているので、そこにあおむけに寝たとたん、膝をあげなければと思ったところで、安心と意識不明が同時にやってきて、地面に肩から落ちたのです。 気がつくと地面に寝ていることがわかり、起きようとしても胸も肩も痛くて一人では起き上がれません。 助け起こされ、ベンチに腰掛けて机に体をあずけて、しばらく(30分くらい?)休んで、骨折とは思わないまま、ころばないように体を静かに運びながら休みながら山を下って、車で家に戻りました。 すぐに湿布薬を貼って寝てしまいました。 

土日やお盆休みが続くので、やはり火曜日にお医者さんへいってみようと思って、レントゲンを撮って、「骨折、大変だ」と診断されました。 鎖骨と肋骨なので、タスキをかけて両肩を棒しばりのように固定をして胴も広いベルトで締めて、がんじがらめの7週間をすごしました。 「卒業です。 おめでとう」と言われて、身体が自由になり本当にうれしかった。 8月9月は何もできなくて、テレビドラマを長時間見たり、力は入らないのですが手先は割に早く痛くなく動いたり、家の中で歩いたりなどで、アッという間に終わってしまったのです。

このように体が脆くなってくるとと、高齢期に知っておくべきことを私は知らない。 何気なく知るべき機会をもたないのです。 核家族社会、私は核家族2世だし、親の世代より長生きする時代だし、郊外への引っ越しもしたし、などとあれこれかんがえてしまいました。 前回の骨折では、若い頃と同じようにスポーツは出来ない、階段は目で確認してから足を下ろすなど、別のことを考えながら動いてはいけないと肝に銘じました。 ところが、今度は「ベンチから落ちる」ということがあったのです。 恥ずかしいと思わずに地面に寝てしまえばよかったと思うのですが、そうはできませんでした。

戦後すぐの教育は、「しっかり勉強しなさい」でした。 社会へ出ると机の上で学んだことの他に生活の上で数倍も知らなければならないことがあるではないかとびっくりしました。 お料理、育児、全て手探りでした。 60歳になって、意外にまだ若い!、外の世界を見てみようとチャンスがあれば何でもやってみる、でも70代は自転車に乗っていて地面が凸凹していると危ないと気付きました。 まあ気を付けながらと思っているうちに気を失うこと2回、救急車のお世話になり今回の骨折で、、、もうおとなしくしよう。 原因は長袖を着ていて空気が抜けないまま熱中症から始まっていたように思うのですが、最近では本人が気づかないまま亡くなったりすることが、よく理解できました。 80代、90代でも元気な人はいますが、毎日の生活のなかで、具体的な注意事項を次々と学んでゆく人達なのだなどと分かった気がします。
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