国語屋稼業の戯言

国語の記事、多数あり。国語屋を営むこと三〇余年。趣味記事(手品)多し。

読解問題 福沢諭吉『学問之独立』(一橋大学過去問より)問題

2022-04-23 13:17:00 | 国語

 

次の文章を読んで後の問に答えなさい。

 

 学問も政治も、其目的を尋ぬれば、共に一国の幸福を増進せんとするものより外ならずと雖ども、学問は政治に非ずして、学者は政治家に異なり。蓋し其異なる所以は何ぞや。学者の事は社会今日の実際に遠くして、政治家の働は日常人事の衝にあたるものなればなり。之を譬(たと)えば、一国は猶一人の身体の如くにして、学者と政治家と相(あい)共に之を守り、政治家は病にあたりて治療に力を用い、学者は平生の摂生法を授くる者の如し。開闢(かいびゃく)以来今に至るまで、智徳ともに不完全なる人間社会は、一人の身体何れの部分か必ず痛所(いたみどころ)あるものに異ならず。治療に任ずる政治家の繁忙なる、固より知るべし。然るに学者が平生より養生の法を説きて社会を警(いまし)むることあれば、或は其の病を未発に防ぎ、あるいは仮令ひ発病に及ぶも、大病に至らずして癒(いゆ)るを得べし。即ち間接の働きにして、学問の力も亦大なりと云ふ可し。

 過日、(注)時事新報の社説にも云へる如く、我が開国の初め攘夷論の盛なる時に当たりても、洋学者流が平生より西洋諸国の事情を説きて、あたかも日本人に開国の養生法を授けたるに非ずんば、我が日本は鎖国攘夷病に斃(たお)れたるやも計るべからず。(一)学問の効力、其の洪(こう)大(だい)なること斯の如しと雖も、其学者をしてただちに今日の事に当たらしめんとするも、あるいは実際の用を為さざること、世界古今の例に少なからず。摂生学専門の医師にして当病の治療に活溌ならざるものと一様の道理ならん。左れば、学問と政治とはまったくこれを分離して相互に混同するを得せしめざること、社会全面の便利にして、其双方の本人のためにも亦幸福ならん。西洋諸国にても、執政の人が文学の差図して世の害をなし、有名なる碩学(せきがく)が政壇に上りて人に笑われたるの例もあり。また、我が封建の諸藩に於て、老儒先生を重役に登用して何等の用も為さず、却て藩土のために不都合を起して、その先生も遂に身を喪(ほろぼ)したるもの少なからず。畢竟、摂生法と治療法と相混じたるの罪と云ふ可きものなり。

 学問と政治と分離すること、国の為に果たして大切なるものなりとせば、我が輩は、今の日本の政治より今の日本の学問を分離せしめんことを祈る者なり。即ち(注)文部省及び工部省直轄の学校を、本省より離別することなり。そもそも抑も維新の初には百事皆創業に係り、是は官に支配す可き事、それは私(し)に属す可きものと、明らかに分界を論ずる者さえなくして、新規の事業は一切政府に帰し、工商の細事にいたるまでも政府より手を出だすの有様なれば、学校の政府に属す可きはむろんにして、すなわち文部・工部にも学校を設立した由縁なれども、今や十六年間の政事、次第に整頓するの日にあたりて、内外の事情を照し合せ、欧米文明国の事実を参考すれば、我日本国において、政府が直ちに学校を開設して生徒を集め、行政の官省にて直ちに之を支配して、その官省の吏人たる学者が之を教授するとは、外国の例にもはなはだ稀(まれ)にして、(二)今日の時勢に少しく不都合なるが如し

 固より学問の事なれば、行政官の学校に学ぶも、またれの学問所に学ぶも同様なる可きに似たれども、政治社会の実際において然らざるものあり。蓋し国の政事は、前にも云へる如く、今日の人事に当たりて臨機応変の処分ある可きものにして、たとえば饑饉には救恤(きゅうじゅつ)の備えを為し、外患には兵馬を用意し、紙幣下落すれば金銀貨を求め、貿易の盛衰を視(み)ては関税を上下する等、俗言之を評すれば掛引(かけひき)の忙わしきものなるが故に、若しも国の学校を行政の部内に入るるときは、其学風も亦、自から此掛引の為に左右せらるるなきを期す可らず。掛引は日夜の臨機応変にして、政略上に最も大切なる部分なれば、政治家の常に怠る可らざる事なれども、学問は一日一夜の学問に非ず、容易に変易す可らざるなり。

 固より今の文部省の学制とても、決して政治に関係するに非ず。その学校の教則の如き、我輩の見る所に於て大なる異論あるなし。徳育を重んじ智育を貴び、其術学、大概皆、西洋文明の元素に資(とり)て、体育養生の法に至るまでも遺す所なきは、美なりと云ふ可しと雖ども、如何せん、此美なる学制を施行する者が、行政官の吏人たるのみならず、直ちに生徒に接して教授する者も亦吏人にして、かつ学校教場の細事務と一般の気風とは学則中に記す可きにも非ざれば、其気風精神の由りて生ずる源は、之を目下の行政上に資(と)らざるをえず。而して其行政なるものは、全体の性質に於て遠年に持続す可きものに非ず。また、持続して宜しからざるものなれば、政治の針路の変化するに従ひて、学校の気風精神も亦変化せざるを得ず。(三)学問の本色に背くものと云ふ可し

――福沢諭吉『学問之独立』

(注) 時事新報の社説・・・一八八三年1月十一日社説「牛場卓蔵君朝鮮に行く」を指している。 (注) 文部省及び工部省直轄の学校・・・この文章が書かれた一八八三年当時、文部省直轄の大学として東京大学が、工部省直轄の大学として工部大学校があった。

 

問い一 学問と政治との関係を、別のことばに置きかえて簡潔に(「□□と□□」の形式で)表現しなさい。

問い二 傍線部(一)「学問の効力、其の洪大なること斯の如し」について、具体的にはどういうことなのか、説明しなさい。(五〇字以内)

問い三 傍線部(二)「今日の時勢に少しく不都合なるが如し」とあるが、なぜ「不都合」なのか、説明しなさい(五〇字以内)

問い四 傍線部(三)「学問の本色に背くものと云ふ可し」とあるが、なぜそういえるのか、説明しなさい。

 

 

※以下のようにお付き合いすると良いやも。

学習の方法

●近代文語文が出題される大学受験者 

 読解問題 福沢諭吉『学問之独立』(一橋大学過去問より)問題をいきなり解く。

 読解問題 福沢諭吉『学問之自立』(一橋大学過去問より)雑訳を読む。

 読解問題 福沢諭吉『学問之独立』(一橋大学過去問より)解答編を読み、確認する。

 

●現代文受験者 本文記憶の練習及び同類、対比箇所を見抜く鍛錬として

  読解問題 福沢諭吉『学問之自立』(一橋大学過去問より)雑訳を読んだ後に全文のイメージを持つ。

  読解問題 福沢諭吉『学問之独立』(一橋大学過去問より)問題をイメージを活用して解く。

  読解問題 福沢諭吉『学問之独立』(一橋大学過去問より)解答編で確認する。

●小論文受験者

 読解問題 福沢諭吉『学問之自立』(一橋大学過去問より)雑訳を読んで、福沢諭吉の『学問之自立』を具体例として活用できるようにしておく

 

 

 

 

 


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