日本語史資料の連関(裏)

日本語の資料、日本語学史の資料の連関をめざす(裏)。「表」は別のところにあります。

〔古言衣延弁〕

1829-02-07 00:00:00 | 字音資料
楫取魚彦が撰べる古言梯といふ書は、いにしへの仮字の、今の世の人の詞にまぎらはしき限を集め挙て歌よみ文かくに便よきものなり然るに五十連音の阿行のκ(κは阿行のえの片仮字也、片仮字に阿行のえなき故、仮にこの形を設けぬ、委しくは下にいへり)と、夜行の延を同音として、一つらに載たるは、なほいまだしきわざなりけり、およそおにしへの仮字の用ざまは、近き世に難波の契沖法師、はじめて見出して、和字正濫鈔といふを作れりしより、つぎ/\に物しれる人多く出て、其すぢの事ども、いや委しく考へ定めたれば、今は大かた残れるくまもあらず成にたるを、此阿行の衣と、夜行の延の異なるを見出せる人のなきこそあやしけれ、おのれかねてより其差別あらん事をおもひて、富士谷御杖ぬしにかたりけるに、考なしとぞいへりける、ただし御杖ぬしの随筆【〇北辺随筆】に、天地のうたにえもじ二つあることをいひて、阿行夜行のえ也といへれど、猶其差別をえわかざるにななりける、さればおのれ猶年月心をとおDめて、これかれ見るに、古事記書紀は更にもいはす、およそ延喜天暦の頃よりさきつかたの書どもには、皆阿行夜行のわかち有て、聊も誤る事なかりしを、【〇中略】其後漸に乱れ来て、今は絶てしる人もなくぞ成にたる、近き世にさばかり名高かりし加茂真淵ぬし、本居宣長ぬし、富士谷成章ぬしなどすら、此差別を辨へず、古書を解る中などにも、まま誤れる事こそ見えたれ、されば今其紛れ来し詞どもをば、古事記書紀正しき書どもにより、古言梯のついでに隨てこれを辨へ、【〇中略】物かく人を驚かしむるになむ、【〇中略】
  文政の十まりふたとせといふ年のきさらぎのなぬかの日 たひらのてる實

古事類苑 文学部二音韻 五十音)