こんにちは。
今週は武田泰淳の初期短編である「女賊の哲学」の発表でした。
本発表では、第二夫人の描写から二面性を読み取り、次に第二夫人の周辺人物の我執とそれに対する第二夫人の言動、末尾の第一夫人の科白を分析して、最終的に人間の我執(エゴ)による根本的な不幸を描き出している作品だと結論付けていました。
質疑応答では、第二夫人の二面性は本当にあるのか、そう見えてしまうだけではないのかという指摘や、第二夫人にも我執はあるのではないかという指摘、さらに第一夫人と第二夫人の関係の指摘などがありました。また今年のテーマである戦後派文学としてどう位置づけるかという問題もあがりました。
私の中で印象に残ったのは、留学生の先輩が「賊」という字は中国では歴史があり、広い意味を持っているとおっしゃたことです。中国文学をもとにした今回の作品はもちろん、日本の作品でも、言葉の持つ意味を調べることが作品分析の中で重要になるのだと実感しました。
次週も引き続き「女賊の哲学」の発表です。
発表者の方は来週もよろしくお願いします。
今週は武田泰淳の初期短編である「女賊の哲学」の発表でした。
本発表では、第二夫人の描写から二面性を読み取り、次に第二夫人の周辺人物の我執とそれに対する第二夫人の言動、末尾の第一夫人の科白を分析して、最終的に人間の我執(エゴ)による根本的な不幸を描き出している作品だと結論付けていました。
質疑応答では、第二夫人の二面性は本当にあるのか、そう見えてしまうだけではないのかという指摘や、第二夫人にも我執はあるのではないかという指摘、さらに第一夫人と第二夫人の関係の指摘などがありました。また今年のテーマである戦後派文学としてどう位置づけるかという問題もあがりました。
私の中で印象に残ったのは、留学生の先輩が「賊」という字は中国では歴史があり、広い意味を持っているとおっしゃたことです。中国文学をもとにした今回の作品はもちろん、日本の作品でも、言葉の持つ意味を調べることが作品分析の中で重要になるのだと実感しました。
次週も引き続き「女賊の哲学」の発表です。
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