近研ブログ

國學院大學近代日本文学研究会のブログです。
会の様子や文学的な話題をお届けします。

新世界より

2007-04-24 23:58:16 | Weblog
こんばんは、西山です。
先日は「ヴィヨンの妻」の発表でした。
浅井さんお疲れ様でした!

罪を重ね、重ね続けてどん底に落ちた時、今までの価値観を全て打ち破る新しい世界が開ける。
妻は既成の概念からはなれることで、幸せを手に入れた。真に新しい思想を手に入れたのは、戦後という新しい時代、民主主義の思想、詩人は偉い、そんなことを大声で叫んでいる人たちではなく、飲んだくれの内縁の夫と発育の悪い息子を持つ「椿屋のさっちゃん」だった。「私達は生きていればそれでいい」そう言い切ることができる人が、この作中に何人いたか。古いしきたりや慣習から解放され、「人でもいい」と、きっぱり言い切れたのはさっちゃんだけだ。
実在しない「ヴィヨンの妻」であることで、家や結婚の鎖を解き、彼女は新世界を生きて行く。この新世界は、古きを捨てるという犠牲を払うことではじめてあらわれるのである。

太宰治「ヴィヨンの妻」論

2007-04-24 03:45:09 | Weblog
こんばんは。本日のブログ担当、三年の菱川です。

本日は、太宰治の「ヴィヨンの妻」論の発表が行われました。
以下に本日の発表のまとめを書いていきます↓

副題―ふたつの生が紡ぎだすもの―

まず、作品のタイトルにもなっているフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンを太宰本人が気に入っており、当時の認識としては〈ヴィヨン〉は戦後を生き、窃盗・放浪・饗宴などの自身の罪を自覚し神を懼れる態度で、遥かに人間らしい人間であるというものでした。そして太宰自身も「乞食学生」で、〈巴里生まれの気の小さい、弱い男〉として〈ヴィヨン〉を描いていて、今回の作品の大谷の生き様や性格にも、〈神におびえるエピキュリアン〉という〈ヴィヨン〉と重なる人物像が与えられているということでした。また、実際のところ妻がいなかったにも関わらず〈ヴィヨンの妻〉というタイトルがついているなどの〈ヴィヨン〉との相違点も指摘されてから、大谷と妻、当時の時代背景などからこの作品を分析されていました。

分析では、【時代背景】として、〈華族もへったくれも無くな〉り、〈男女同権〉という平等が掲げられてはいるが、実際は〈うしろ暗い罪〉を抱えなければ生きることが不可能であり、それを見せかけの〈上品〉さで覆っているような実体のはっきりしない民主主義の下での、上辺だけの復興が示唆されているということ。そして、この時代の世の中に対し太宰は〈マイナスを全部あつめるとプラスに変わるという事〉、自身の言葉では「無の無の無、虚無ではない空無」が、自己の存在を無に委ね、その無の底から再び自己の存在を回復し、存在が再起復興されるという「中ぶらりん」の〈世の中〉に対して作者が理想とし、志向すべきと考えた生の在り方、「空無」からの「復興」の可能性を示唆しているということでした。

次の【大谷の生】では、大谷は、家庭を想わないことで〈人〉として、家庭への〈後ろ暗さ〉、〈罪〉を重ね、〈マイナス〉をあつめる存在であり、家庭を持ち、夫であることで大谷は放埓という〈罪〉を犯し、とことんまでおちることを志向しているといことでした。

加えて【私の生】では、大谷と関わって生きていけることを幸福と思い、〈家〉で〈馬鹿〉なまでに大谷を待ち続けることが全てであった私の存在が、大谷の妻であるが故に姦通という〈罪〉を負わされ、〈家〉という固定概念を捨て、さらに既存の私を捨てた空の状態からの再出発をすることを指摘し、最後の〈人でもいい〉〈生きてさえすればいい〉と在るがままに在ればいいという生のかたち、つまり〈幸福〉や〈不幸〉といった相対的な観念や既存の概念を棄て、妻として空になった私が行き着いたのが「空無」の境地であることが指摘されました。
このように互いの存在が連関しあって紡ぎだされた最終文と物語の全般にわたってただ生きて存在し、無垢な生を貫いている大谷と私の子供は、在るがままに在る生を暗示する存在であることが導き出されました。

最後に、作品の目指すところとしては、一度全てを空にし、無に身を委ねた生の在るがまま(=空無)から再起復興していくという理想の境地の提唱を〈家〉という既存の概念を棄てた家無き妻(妻として無の状態=実在しない者としてのヴィヨンの妻)となることで「空無」から再出発していく者を体現した作品であり、「ヴィヨンの妻」のタイトルは実在しない空無の存在を意味しているということでした。

また質問・読みへの示唆としては、神の存在についてや私の独白による語りの効果などが挙げられました。

長くなってしまいましたが、感想としては一つ芯のある発表で、前回と今回とで学部生が目指す発表というのが見えたと思います。内容もさることながら資料の見せ方という点においても参考になると思うので、良い所はどんどん真似ていきたいと思いました。

また、発表資料はいずれHPにもUPされると思うので、ぜひその資料も併せてご覧下さい。それではおやすみなさい。。。