カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

熊谷達也 『山瀬郷』 集英社文庫

2015-09-26 18:52:11 | 本日の抜粋
何も意図した訳でなく、本当に偶然に、タイムリーな小説に出会う事がある。

この『山瀬郷』という短編集の中の「艜(ひらた)船」がそう。
大正年間の北上川洪水に遭遇した艜船に乗る老夫婦の物語である。

つい先日の鬼怒川決壊の直後にこの小説に出くわした。
台風はまだ遠いのに、台風がもたらす湿った空気が高気圧と激突し、同じ場所での集中豪雨となり、洪水にまで至る。
気象条件まで酷似している、、、。

ともかく、荒れ模様の空を見つめながら、当時の気象庁の台風はまだ遠いので大丈夫でしょうとの見解を信じて、船は荷を満載して運航を続ける。
危惧は的中し、川は濁流となって吠え立て、上流の氾濫を反映した流失物が船に激突してくる。
最後は、奔流濁流に巻き込まれ、あらゆる努力のの甲斐なく老夫婦の艜船も木端微塵に砕け散る、、、。
老夫婦は九死に一生を得る。

最後の締めくくりは、東北人らしい控えめの老夫婦の、ぎこちないが、確固とした愛の交換風景である。

  ****
 二人が見ている前で、あまりにも簡単に発動機船はばらばらになり、あっという間に濁流に運びさられ、あるいは水中へと沈んでいった。 
「両方とも、沈んでしまった」
 しばらく立ち尽くしていたあとでため息を吐き出していたトヨに、意外にもさばさばした口調で幸雄が言った。
「まあ仕方(すかた)ねえべ。今までずいぶんと長い間、この川には稼がせてもらったがらな。そろそろやめ時だったなのかもしれねえ」
「んでも、これでさっぱど身上ば潰してなっす」
「なあに、俺にはおめえさえ居でくれたら、他には何も要らねえ」
 トヨは自分の耳を疑った。結婚してからこの方、このような優しい言葉をかけられた覚えはなかった。
 父ちゃん今何言った、と訊き返したくなったが、やめにした。尋ねてもとぼけるに決まっている。 
 そのかわり、トヨはそっと夫の手を握った。 
「馬鹿この、手なんてつないだら、こっ恥ずがすいべ」
 そう言った幸雄は、しかし、いつまでもトヨの手を離そうとしなかった。
  *****

全編、こんなトーンだ。
悔しいが、徳さん、何度も泣いてしまった。
東北の自然、生き物、風景、風土、そして東北に生きる人々への共感。
この短編集は東北のちょっと前の風土記でもある。



本日のおまけ

「艜船」って。

ひらた舟は、かつて宮城県の石巻から黒沢尻まで北上川を上り下りした最大の川舟です。黒沢尻は南部藩の最南端で、北上川の上流と下流の中継地として栄えました。ここには多い時にはひらた舟が64艘と、南部藩と八戸藩の川舟がすべて 集まっていました。石巻までは下り3日、上り4日かかったと伝えられています。

船荷は色々ありますが、最も大量に運ばれたのは米でした。北上川を遡るとき は、風があれば帆を使い、なければ竿で押し、それもだめな場合は綱で引いて上がったといわれます。水の少ないときは浅瀬で破船したり、増水するときは渦巻 や暗礁で転覆することもあるという危険な仕事でした。







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