北風と太陽・保存版 統一教会から娘を家族のオープンな話し合いで取り戻した父kokoroのブログ。

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文国進 重婚疑惑・・・朴知鋭との入籍日を明らかにできない国進でき婚事情

2012-10-05 01:07:36 | 国進 朴知鋭

 


昨年の国進氏の再婚のでき婚騒動は記憶に新しく、でき婚ならば現代社会では犯罪でもないし、たまたま純潔運動を高々と掲げる統一教会の教祖の息子だからこそ話題になったわけであるが、この点、私はでき婚というよりは、準ミスコリアの朴知鋭の妊娠を確認してからの聖婚式であり、試し婚といわれる悪しき風習の現代版であり、でき婚では済まされない文鮮明一族の女性差別、人権蹂躙をこの間指摘してきた。<o:p></o:p>

 

ところがデミアン?アンダーソンの調査によれば、最初の妻・劉順朱(韓国統一教の幹部劉正玉の娘)との離婚が成立しない状況の下での朴知鋭との聖婚式だったというのである。<o:p></o:p>

 


ネット上では国進と前妻・劉順朱との離婚が2003年ころには成立していたかのような元食口の発言があるが実際離婚届がいつ受理されたのかは不明であった。
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今回の情報によれば、国進は、2004 6 17 日、朴知鋭と婚約をして、9 26 日に聖婚式を上げているが、彼は、婚約翌日の6 18 日に米国で元妻である劉順朱を相手に離婚訴訟を提起し、10 7 日に離婚確定判決を受けたというのである。
<o:p></o:p>

 

ただこの情報では重婚の「疑い」に留まっている。
私が思うに、聖婚式がそのまま入籍した日付にはならないからではないだろうか。
恐らく調べれば入籍した日は10月7日以降となっている可能性が高い。<o:p></o:p>

 

役場も重婚の届を受け取るわけにはいかないからだ。

でき婚騒動の時に統一教会はあわてて、約婚式の6月17日が事実上の聖婚式だと事実を歪曲して公式ページで弁明し、記事を書いた文芸春秋社の正門前で抗議行動がつづいたのだが
、今回の情報で統一教会は弁明の余地がなくなったのではないだろうか。

なぜならば、重婚を否定して入籍日を明らかにすれば、それが同時にでき婚の証明になってしまうからだ。
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参照
文国進理事長の重婚疑惑 2012.10.04. <o:p></o:p>

 

http://cafe.daum.net/W-CARPKorea/cSkJ/18069<o:p></o:p>

 

http://damalhae3.blogspot.jp/<o:p></o:p>

 

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最近、米国人家族デミアン?アンダーソン氏は、文国進理事長の重婚疑惑に対して強く問題を提起しました。 彼は文国進氏が劉 さんと結婚した状態でガールフレンドのミス?コリア出身の朴知鋭さんと不倫妊娠をしたと主張した。 デミアン氏はどのように統一教会の中で配偶者とすでに結婚した状態で、新しい人と結婚することができるかと強く問いただした。
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文国進氏は、2004 6 17 日、朴知鋭氏と婚約をして、9 26 日真の父母様の司式でソンホンシク(結婚式)を上げている。ところが、デミアンさんの調査によると、文国進氏は、婚約翌日の6 18 日に米国で元妻である 劉順朱さんを相手に離婚訴訟を提起し、10 7 日に離婚確定判決を受けたという。<o:p></o:p>

 

離婚もする前に、婚約と結婚を先に行ったのだ。
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デミアンさんは文国進氏の離婚関連の記録は米国ニューヨークのラククルランド郡のウェブサイト[1]で誰もが確認できるとした。実際にWebサイトのアドレスに入って、インデックス番号(Index NumberSU-2004-003714 を入力したところ、詳細離婚訴訟記録を確認することができた。<o:p></o:p>

 

重婚とは法的配偶者がいる人が他の人と再び結婚することをいう。もちろん、婚姻届をせずに事実婚の関係にある場合厳密には法的重婚は成立していないが、 どのような場合だった写実的に二重結婚した場合になるので、これは道徳的な非難の対象になる。それで南北離散家族問題のように特殊な例を除いては一般社会ではほとんど事例を探すのが難しい
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また、厳格な結婚倫理を適用するトンイルガで、原理的基準と社会的通念を無視したまま真の子供が二重結婚の先例まで残したのは到底理解できないだろう。 文国進理事長が子供がいないことを口実に、最初婦人科離婚したことも非難されることなのに、いったいなぜ離婚手続きも終わらせずに結婚を急いロトヌン ??ガ?<o:p></o:p>

 


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この謎を解いてくれる真のお父様の驚くべき言葉があった。2010 3 1 日、真のお父様がステクリ中央修練所で40 日修練を受けていた牧会者たちに訪ねてきて言葉をいただいた際、参加者の証言によると、文国進理事長が恋愛して生んだ子供を認めることができないという衝撃的な発言を真のお父様がされたとした。一部では、これを置いて文国進理事長の私生児出産疑惑を提起したが、その根拠が明らかになったのはまだない。 しかし、お父様が指摘された内容が文国進理事長の最初の子供の出産を置いて言われた可能性がある新しい主張が提起されたとき、 十分な説得力があった。なぜなら、最初の子供の妊娠期間を計算してみると文国進氏と、朴知鋭氏は祝福結婚式前に夫婦関係を結び、妊娠までしたという可能性が非常に高かったためだ。最初子供の出産日は2005 5 7 日(音3.29)であった、成婚の日から計算すると224 日ぶりの出産だった、婚約の日から計算すると 324 日ぶりの出産だった。一般的に女性の妊娠期間は280日で知られている。 1子がチルサクっ子(早産)やパルサクっ子に生まれたと主張することもありますが、それを信じる人は非常に希薄である。結局文国進理事長は、正式に祝福される前に子供を妊娠している可能性がほぼ確実だろう。 これを後で真のお父様があれたので、 " 恋愛して産んだ子を認めることができない" と公開の席上でお話いただいたこともある。
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文国進理事長は、祝福の価値と基準が真の子女にも同様に適用されることをよく知っていただろう。もし婚約をした許嫁が祝福される前の夫婦関係を結んだ場合、それは脱線に違いない。
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結論的に文国進理事長が離婚手続き中の祝福式を急ぐことにしたのは、もしかしたらこのような恥ずかしい事実が公開されて波紋があることを恐れたからであったこともある。
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10 7 日、一人の人生において忘れられない傷を抱かせた日である。文国進氏と離婚した後に劉順朱さんは今でも普通の生活を送っていないという言葉がある。この問題を知っているだろ真のお父様は麗水のディオーシャンリゾートを概観する席で次のように表明したそうだ。
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" 道を歩いて、その女と出会ったならば何度もここのトップとして謝罪をしたい心情だ。 "
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年表まとめ <o:p></o:p>

 

2004.6.17 朴知鋭さんと真の父母様司式で婚約、 麗水清海ガーデン<o:p></o:p>

 

2004.6.18 元妻劉順朱さんを相手に米国で離婚訴訟提訴<o:p></o:p>

 

2004.9.26 朴知鋭さんと真の父母様司式で成婚、清平天正宮<o:p></o:p>

 

2004.10.7 米国で離婚確定判決<o:p></o:p>

 

2005.5.7(音3.29)第1子出生 (成婚の日から224 日目、婚約の日から 324 日目)<o:p></o:p>

 

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女性の人権に配慮を欠いた国進氏の態度に怒り・・・Achインタビューでの離婚の理由

2012-05-10 10:37:33 | 国進 朴知鋭

 

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ちゃぬさんのブログで、多くの方が韓国Aチャンネル「快刀乱麻」のインタビューに答える国進氏の動画を見られたと思う。

ハングルと英語を使い分けて答えていたが、ちゃぬさんがうまく訳されていた。ちゃぬさんってすごい方だと思った。

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司会者は国進の前妻との離婚の原因を問うた。意外とストレートに国進は答えていた。

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ちゃぬの裏韓国日記・文国進グルーブ会長のテレビ局でのインタビュー動画より<o:p></o:p>

 

http://ameblo.jp/chanu1/entry-11244018296.html<o:p></o:p>

 

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司会「ああ、二回結婚されたんですか?!(今の奥さんは)二回目の・・・」

国進「最初の妻は子供が生めませんでした。

司会「子供が生めなくて・・・愛していたけど(子供ができなくて別れた)?」

国進「最初の妻・・・最初の結婚は簡単ではありませんでした(愛せなかった)」

司会「簡単じゃなかったんですか(愛せなかったんですか)。わかりました。すみません。奥さんが目の前にいらっしゃるのに・・・。深い話までお聞きして申し訳ありませんでした。」<o:p></o:p>

 

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ちゃぬさんは文鮮明の御言葉と合わせて統一教会では離婚が禁じられていることを論じながら、文鮮明も誤子女様も離婚、浮気はつきものだったとその異様さを明らかにされた。<o:p></o:p>

 

2年ほど前に私とベルナデッタさん、じじい50さん、在韓の覚めた食口の方たちとの交流で国進のでき婚を証明してしまったことがあったが、多くの食口の方は、でき婚よりも離婚にショックを受けられたことを最近知った。

<o:p></o:p>

 

週刊文春の昨年9月の記事にも掲載され、日本統一教会はあわてて「でき婚隠し」のために事実を歪曲したが、国進の離婚という事実までは隠せなかった。

<o:p></o:p>

 

このインタビューでもそうであるが、女性の人権に配慮する宗教者の姿はない。このインタビューを前妻の方が見られたらどう思われるだろう。子供ができない女性の苦しみが彼には分ろうはずもない。<o:p></o:p>

 

それについて、ゆまさんが国進の離婚、再婚にいたる彼自身の目的について、「同参権」「相続権」を得るためのものであったことを明らかにされた。

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統一教会での自分の地位の向上と金集めしか考えていない。そのためには兄弟をも落とし込める時代劇で言うならば悪徳代官そのものである。

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ゆんまちゃんのブログ・国進さんと真の愛と2度目の結婚<o:p></o:p>

 

http://ameblo.jp/yumma-21/entry-11244956565.html<o:p></o:p>

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<o:p></o:p>

 

参照

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 <o:p></o:p>

 

北風と太陽 2011/10/10<o:p></o:p>

 

「でき婚」否定で、見えてきた国進の野望・・・・人生を翻弄された3人の女性<o:p></o:p>

 

http://blog.goo.ne.jp/kokoro2442/d/20111010<o:p></o:p>

 

<o:p> </o:p>

 

 <o:p></o:p>

 

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月刊誌「統一世界」7月号で「約婚式」記念写真掲載・・・・・[聖婚式]?

2011-09-21 20:24:42 | 国進 朴知鋭

 

月刊誌「統一世界」7月号で「約婚式」記念写真掲載・・・・・[聖婚式]?

  <o:p></o:p>

 

Image1031
私は以前のブログ記事で2004年6月17日は何もなかった、後日「約婚式」として捏造されたかの如く書いた。<o:p></o:p>

 

理由は、約婚式の写真もなければ、公表はすべて聖婚式以後のものいしかないと思っていたからだ。<o:p></o:p>

 

その後、韓国人の友人から下記の韓国サイトdaumのURLを紹介された。

 

 

 

6月17日、青海ガーデンで執り行われた約婚式の報告が、統一教会・月刊誌「統一世界」の2004年7月号にされていることがわかった。

知人によれば、韓国では月刊誌は、たとえば7月号は6月の下旬に発売されるとのこと。

 

 

それを考えると6月17日約婚式から半月後に報じられたことになる。

  <o:p></o:p>

  <o:p></o:p>

 

2011/9/15[真実歪曲を断罪・文国進理事長聖婚日の歪曲指摘ついて 統一教カープカフェ・ファーム]<o:p></o:p>

 

http://blog.daum.net/hotspotjapan/8521387

  <o:p></o:p>

 

サランヘヨさんに大まかに訳していただいた。<o:p></o:p>

 

挿入写真は当該韓国サイトから。<o:p></o:p>

 

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[真実歪曲を断罪・文国進理事長聖婚日歪曲指摘について統一教カープカフェ・ファーム]

  <o:p></o:p>

 

 <o:p></o:p>

 

文国進理事長 成婚日歪曲に対する指摘

<o:p></o:p>

 

一言で呆れる状況だ。文国進理事長の「婚前妊娠結婚」に対する疑惑を解明する過程で、教会側は歴史的な真の家庭の成婚日まで歪曲するという重大な失態をおかした。<o:p></o:p>

 

(中略)<o:p></o:p>

 

状況 #1<o:p></o:p>

 

201031日、真のお父様は公職者40日修練が開催されている九里・クリ市、水沢・ステク洞の中央修練院を訪ねた。<o:p></o:p>

 

(中略)<o:p></o:p>

 

状況 #2<o:p></o:p>

 

201191日、日本で週刊誌として最大の媒体である週刊文春が、教会関連の批判記事を載せ、文国進理事長の「婚前妊娠結婚」疑惑を提議した。この内容は、この間日本の反対派ブログ等を通して、時折提議されてきた問題であった。<o:p></o:p>

 

状況 #3<o:p></o:p>

 

201195日、日本統一教はホームページに93日に放送したとされる週刊文春の記事に対する抗議文を掲載し、文理事長に対する疑惑に対し次のように解明した。<o:p></o:p>

 

(中略)

  <o:p></o:p>

 

状況 #4<o:p></o:p>

 

統一教宣教本部のチョ・ソンイル室長の名前で作成され、信徒らに発送されたものと見られる資料には、週刊文春の記事の背後に郭グループ側(UCI)”がいるという主張と共に、日本統一教の抗議文が韓国語に翻訳され載せられていた。しかし、抗議文の翻訳内容の中に、文理事長の「婚前妊娠結婚」の問題に対しては原文にない文章を追加したことが目についた。意図的挿入と見られる文章は、下記に下線で引いた部分である。

  <o:p></o:p>

 

(囲みの部分)<o:p></o:p>

 

国進氏は2004617日、韓国・麗水ヨスで現在の婦人パク・ジエ氏と結婚に対して文先生夫妻から承認と祝福を受け、その際、麗水ヨスで結婚式を挙げました。<o:p></o:p>

 

(※ここから下線)

  <o:p></o:p>

 

この結婚に対して、子供を産めない前妻の両親からも了解を得て、韓国・清平チョンピョンにて「披露宴」を開催したのが、2004926日でした。

 <o:p></o:p>

 

国進氏とパク・ジエ氏は、文先生夫妻の指導に沿うなか、家庭出発され、翌年200557日、最初の子供を出産しました。石井氏が言う「婚前妊娠結婚」は事実無根であり、名誉毀損に該当します。謝罪と訂正を要求します。

 

状況 #5
教会側の主張の中に、文理事長の結婚式の日付を書き、突然日本統一教ホームページに「婚前妊娠結婚」批判に対する反論が掲載された。重要内容は次のよう。

(
中略)


真実 #1
「約婚式」「成婚式」「披露宴」はそれぞれ違う行事である。

(
中略)

真実 #2文国進・パク・ジエ夫婦の「約婚式」は2004617日に韓国・麗水ヨスで行われ、二人は2004929日に京畿道清平チョンピョンで真の御父母様の主礼で「成婚式」「ペベク式」「祝賀宴」を行い、正式な夫婦となった。

(
中略)写真


文国進様、パク・ジエ様 成婚式案内

(
中略)
<o:p></o:p>

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<o:p></o:p>

 

写真解説(サランヘヨさんの追翻訳)<o:p></o:p>

 

家族写真の下には、ぼやけていますが

文国進様、パク・ジエ嬢の約婚式が617日に青海(チョンヘ)ガーデンで開催された。写真は約婚式の後、真の御父母様を招き記念撮影した様子。

とあります。

また、その隣の文章は、それを正確にする内容が書かれています。



韓国統一教機関紙である統一世界20047月号に載せられた画報「真の御父母様のあれこれ」を見ると、文国進理事長の約婚式写真が載っており、写真の字幕に文国進様-パク・ジエ嬢の約婚式が617日、青海ガーデンで開催された。写真は約婚式の後、真の御父母様を招き記念撮影をした様子と書かれている。

この行事が結婚式であるならば、当然関連写真も載せなければならない。国進氏の前妻の親族の心情を配慮して、617日に結婚式が日本に伝えられなかったのは、一言で困窮した弁明であり、真の御父母様に対する侮辱である。たとえその言葉が間違っていなくとも、後日、前妻の親族が歓迎したら統一教暦617日に二人の成婚記念日が書かれているはずだが、617日には何の記録もない。この日が明らかな約婚式である事は、「文鮮明先生みことば集」454冊にも書かれている。真の御父様は「この日を記し、この約婚式を御父様の前に報告し祝願します(P.166)」と祝祷された。

一方、それから約3ヶ月後の9月26日、二人の成婚式が盛大に開催された。この日の行事を知らせる案内文には次のように書かれている。<o:p></o:p>

 

中略<o:p></o:p>

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  <o:p></o:p>

 

今回「純潔運動」世間一般に広くしらしめようと布教している一宗教団体の幹部の「でき婚」だから、騒動となってしまった。統一教会が言いわけをすればするほど、土壺にはまっている。<o:p></o:p>

 

笑い話である。

  <o:p></o:p>

 

しかし、婚約から結婚までの3カ月がお試し期間であれば、朴知鋭への人権蹂躙である

  <o:p></o:p>

 

約婚式から聖婚式までなぜ3カ月要したのか、これについてはちゃぬさんのブログ、じじい50さんのブログを参照にしながら考えて行くと、じじい50さんが以前書いて見えた「足入れ婚」「試し腹」という言葉が頭をよぎる。

  <o:p></o:p>

 

妊娠したから、問題とならなかっただけの話?

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(つづく)<o:p></o:p>

 


配慮したのは、ミスコリアの任期終了

2011-09-19 22:34:12 | 国進 朴知鋭

 

配慮したのは、ミスコリアの任期終了

  <o:p></o:p>

 

ちゃぬさんの「ちゃぬの韓国日記」2011.9.17<o:p></o:p>

 

文國進・朴知鋭夫妻の第一子は聖婚式前に妊娠されたのですか(8)<o:p></o:p>

 

http://ameblo.jp/chanu1/entry-11020637684.html#cbox<o:p></o:p>

 

にコメントしました。<o:p></o:p>

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文國進・朴知鋭夫妻の第一子は聖に妊娠されたのですか?(<o:p></o:p>

 

ちゃぬさんとおそらく同じ資料を共有していると思います。

<o:p></o:p>

 

 
 
>教会側が約婚式をしたと主張する4日前の2004613日に朴知鋭さん(当時は婚約者として承認されていない)は、2004年ミスコリア選抜大会にゲスト出演するためにソウルのオリンピックホールにいました。そして(私の知る範囲では)2004621日にはすでにアメリカに渡っています。

 
 
 
 
6月16日、17日に美女たちの集まりがソウルであったようですね。16日は参加していますね。17日、彼女は出られなかったことを残念に思う気持ちを、後日アメリカからコメントしています。
 
 
 
約婚式が6月に設定された理由は、前妻の親族への配慮というよりは、朴知鋭のミスコリアの任期が5月に切れるのを待ったというのが自然ではないでしょうか。

 <o:p></o:p>

 

kokoro 2011-09-19 21:28:31<o:p></o:p>

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<o:p></o:p>

 

<o:p></o:p>

 

 

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国進氏の再婚にかかわる問題の整理

2010-07-30 16:31:47 | 国進 朴知鋭

1970.07.17  文国進誕生

1989.01.10  430双の大幹部劉正玉の娘順珠 と結婚。国進19歳。

 http://furuta65.fc2web.com/syougairotei_9/001.html#011

1999.10.27  栄進21歳で自殺(すでに妻と離婚。1子をもうけている。1998年誕生)

不明      国進夫妻が栄進の子を養子としてひきとる。

2003.05.21 ミスコリア選抜大会 朴知鋭ミスコリア善に選ばれる。

2003      国進、順珠の間に子供ができないことを理由に離婚

(2003年 6月はじめには離婚情報が拡がっていた。)

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/8586/kakorogu14.html

2004.06.07  国進、朴知鋭と約婚式

2004.09.26 国進、朴知鋭と聖婚式

2005.05.07 第1子誕生(旧暦3月29日)

 http://ameblo.jp/sky-high2008/entry-10586982735.html#cbox

2005.05.14 第1子の奉献式

2006.05.10  第2子誕生(旧暦4月13日)

http://www.freeml.com/bl/252436/620605.10として表記)

2007.05.13  第3子誕生(旧暦3月27日)

2008不明   第4子誕生

2009 不明  第5子誕生

2010 国進の経営する銃器会社のカタログにモデルとして妻のセクシーポーズ。

(栄進の子供は、ベルナデッタさんの記事に投稿された情報によれば、国進、朴知鋭夫妻の養女として育てられているようである)

 

1か月前の622日の記事「国進再祝福の真相  ミスコリアとの浮気 本妻追い出してできちゃった婚」」への、韓日家庭のご婦人のコメントのあまりの反響の大きさに、私自身驚いた。

 

>彼女が妊娠していたということでしぶしぶ離婚を認め結婚させたということのほうが私にはショックでした。

 

ベルナデッタさんのブログでは、国進が再婚相手となった朴知鋭の第1子の誕生日をめぐり、多くの情報が寄せられ、できちゃった婚がほぼ証明された形となった。

http://ameblo.jp/sky-high2008/entry-10586982735.html(非原理的な、統一協会教祖の家庭)

ただ、第1子の誕生日から考えて、妊娠が発覚して離婚したということは考えにくいような気がした。

この間、この問題の総括をどうするか考えていた。

国進が離婚した時期は確定されていない。再婚の時期より1年以上まえに離婚情報はあったのは事実。当時国進が妻順珠との問題を考えていたという話は、在韓のいろいろな人々からの情報で知ることができた。

国進は公の場で妻との事について悩む自分を演出し、離婚への道筋を引き始めていたのではないだろうか。

離婚後、朴知鋭と恋仲になったのか、それ以前の浮気だったのか。

結論はないが、宗教者の立場であれば、そのような疑惑をもたれるような男女交際をすること自身が戒められなければならないはずである。

今こうして、情報を整理して、あらためて教祖のマッチングがどれだけ多くの人間の人生を狂わせたか、言葉に言いつくせないものを感じる。

 

この問題について、この間私の雑駁な記事に多くの方がお付き合いいただいた。

事実関係を精査する意味で、じじい50さんに学ぶところが大きかった。

最近の彼のブログ記事はこの問題を知る上で皆さんの参考になるかと思う。

コメント欄には今統一教会の反牧キャンペーンに巻き込まれているヨシュアさんが、忙しい中コメントされている。

7月16日の「とつきとうか(10月10日)の話し」

http://plaza.rakuten.co.jp/jijii50/diary/201007160000/

7月25日「国進氏の後妻」

http://plaza.rakuten.co.jp/jijii50/diary/201007250000/

 

この問題はネット上で多くの方が語ってくれた。その語りの中には、一人でも理性的判断を取り戻してほしいと言う食口たちへの思いである。

 

韓定食さも、冷静な視点でまとめあげられた。http://plaza.rakuten.co.jp/kanteishoku800/diary/201007060000/(統一協会の結婚感)

言いつくされた内容もあるが、事実を知らない現役食口にとっては驚きの内容である。

この記事を読まれた祝福を準備されていた女性が教会を離れたと言う情報も入り込んできている。

 

ベルナデッタさんも、体調がすぐれない中、最近のブログで、この問題をもう少し精査したいと言う思いを述べている。

いろいろな情報を精査する作業は、はじまったばかりだと思う。

ベルナデッタさんの情報では、韓国の統一教会のサイトから国進の情報が削除されたとのことである。

都合が悪いから削除としか考えられない。

 

この問題を考えていくうちにで、私の人生体験とダブる思いで書きたいことが出てきた。