~こころに吹く風~

1952年生まれの みよ(cocoyo)です。
人生の花野に遊びたい。
心躍ることも心塞ぐことも綴ります。

孫との週末

2018年12月11日 | 
いつもの孫との週末は私の貴重な時間です。
ジョイフル本田でゲームに興じ、お昼を食べて、孫用の紙粘土と絵の具と小筆、私の彫刻刀(小さな平刀)を買いました。孫は今まで細い筆がなかったから細かいところが書けなかったのだとか。気付かなかったな。
収穫祭をやっていた里山へ移動。

孫が撮った写真です。






視点が結構いいなと婆バカです。


なかなか来ないから何してるんだろうと思ったら、風の音と鳥の声に耳を澄ませていたそうです。
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10日目 メデザーノ~パッソ・デッラ・シーザ(medezano~passo della cisa )10/8

2018年12月09日 | イタリア巡礼路を辿る旅(Via Francigena)
夜明け前、泊まったB&Bの下階のバルは人で溢れていました。店の人は忙しそうだったので、お客さんにフォルノヴォへのバスのチケットをどこで買えばいいか尋ねたところ、「これからそっちへ行くから乗せて行ってあげるよ」と言われ、男女の消防士さんの車で送っていただきました。消防士さん達は出勤するところで、勤務地を通り越して送ってくれました。「日本人の巡礼者には初めて会った」と喜んでいらっしゃるみたいでした。
こうやって思い出しながら日々の記録を記していると、毎日のようにイタリアの人に助けられ、なんと歩いていないことか!恥ずかしくて巡礼して来ましたなんて言えない。

フォルノヴォからアペニン山脈越えが始まります。とてもハードだといろいろ読んでいたので、行けるところまでバスで行く事にしていました。当然そこから歩くものだと信じて車で運んでくれた消防士さん達に合わせる顔がありません(><)
昼過ぎまでバスがなかったので、バス停横のバルに入ったり、スーパーへ行ったり、駅前のバルでバスのチケットを買ったり、またバルに入ってランチしたり…

地図を見ながらスーパーマーケットを探したけれど見つからず、立ち話をしていたおじいちゃんに聞いたら連れて行ってくれました。
スーパー前の公園で休んでいると巡礼者が通りかかりました。オーストリア人の女性で、リンゴや生ハムを胸に抱えながら、「昨日のオステーロはひどかった!」と動画を見せてくれました。「お化け屋敷みたいで、怖くて怖くてストレスフルだった」と面白く可笑しく話すのが楽しかった。私たちの泊まったホテルも不潔だったけど、まだマシだったのかもねとR子と笑いました。

13:15発ベルチェト行きのバスに乗りました。
「シーザ峠に行くの?」と運転手さんに聞かれたので「Si!」と答えたら、終点の手前の停留所で「ここから歩くんだよ」と降ろされちゃいました。ベルチェトはかわいい町だと聞いていたので、行ってみたかったんだけどな。




栗のイガだらけ!


牛の首についている鈴の音が響いています。


修道女さんのグループに会いました。みんな若くてきれい!ちょっとお喋りして、一緒に写真を撮ってバイバイ。


木に巡礼路の赤白のマーク




今日の宿 Ostello della Cisa (オステーロ デッラ シーザ)




宿主はお子さんを迎えに行っているとかで不在。イタリア人2人とスイス人の巡礼者が焼き栗を食べていました。でも言葉が通じなくて…


夕飯は8時過ぎ。ニョッキとポテトとヤギの肉でした。

今日の歩き 6km

《宿情報》
☆Ostello della Cisa
24ベット8室、16ユーロ
朝食 3ユーロ、ディナー12ユーロ
住所SS Cisa 89、43042 Berceto PR、Italy 
電話39 0525 60271  
Eメールforestalepassocisa@libero.it
管理 Bercetoの協同組合 "Passo Cisa
http://www.ostellipassocisa.it/gli-ostelli.html

宿主が洗濯・乾燥をやってくれた。
シャワーとトイレは部屋ごとに別室にある。
シーザ峠の2km手前

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困った

2018年12月06日 | あとで削除する日記
ローマの巡礼宿でオスピタレーロのボランティアをしていた人とメールアドレスを交換しました。
彼は来年2~3月に日本に来たいと言っていました。イタリアでは大勢の方に親切にしていただいたので、そのお礼の気持ちもあって、
「日本の事でわからないことがあれば、知っていることはお答えしますよ」とメールしました。
そうしたら彼はメールで
「大きなスーツケースをあなたの家に置いて、日本にいる期間中3・4回、衣類を取り換えにあなたの家に行くことはできますか?」と言って来ました。
いや~、私はそれに応じることはできません。私、一応女の一人暮らしです。男性を家に上げるなんてできません。
それにそんなの彼にとっても効率悪いです。
彼は1か月間日本に滞在し、Japan Rail Passという外国人向けのパスを利用して、小さな荷物を持って北海道から鹿児島までをJRを使って旅行したいのだそうです。2月の北海道なんて、しっかり寒さ対策をしないといけないですよね。荷物増えますね。
代わりとなる良い案はないですかねぇ。
毎日移動しながらの長期海外旅行をする時、皆さんは大きな荷物を持って行きますか?どんな方法が考えられますか?
力にはなりたいけれど困った。
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9日目 フィデンツァ~メデザーノ(Fidenza~Medesano) 10/7

2018年12月06日 | イタリア巡礼路を辿る旅(Via Francigena)
お祭りのフィデンツァ。もうちょっと見たかったなぁと後ろ髪を引かれながら後にしました。


今日は日曜日。フィデンツァを出てほどなく小さな教会でのミサにあずかりました。


こまめに休憩を取って、その度にりんごを齧ったり、パンを食べたり。


起伏があり、歩くのきついし暑いけど景色は綺麗です。




途中でペットボトルの水がなくなりました。やっと出会った民家で「水をいただけませんか」とお願いしたのですが、2階から顔を出した女性にイタリア語で何か言われて「アリヴェデルチ(さようなら)」って窓を閉められました。
がっかりしてトボトボ歩きます。


やっと下の方に町が見えて来た所で、庭で農作業をしていた男性に水が欲しいとお願いすると彼は家に向かって大声で何か叫びました。すると窓から冷たい大きなペットボトルの水が飛んで来て、彼はそれをキャッチ!日常のことなのかなぁ。
彼はそれを持って行けとくれました。優しさがありがたい!そして重いよ(^^)

坂を下り、バルがないかと期待しながら町にさしかかりました。
公園で一休み。そこで公園で遊ぶファミリーに巡礼宿(教会に付属)の事を尋ねたら、私たちを2台の車でメデザーノの町まで連れて行ってくれました。
今日もまた人に助けられました。

宿の予約はいつも片言の英語で電話。あるいはメール。頼める人がいる時はイタリア語を話せる人に頼んで予約をとってもらっていました。
でも次の予定地メデザーノの巡礼宿は電話は出ないし、メールの返事もありません。予約なしのまま向かっていたので心配だったのです。
ドン・ボスコ教会の横に建つ巡礼宿はすぐにみつかりました。でも鍵がかかっています。呼び鈴を押しても応答なし。
かなりの時間、宿の前で待ちました。小学校高学年くらいの女の子に「ここに泊まりたいんだけど閉まっているの。ここの人知らない?」と声を掛けると、裏の広場で遊んでいた友達を巻き込んで、自分の家に電話をしたりして助けてくれようとしてくれましたが、いかんせん子どもです。次の大きな町に移動しようにも、日曜日でバスがないと言います。
日が暮れそうだし、困った~。。
男たちがお酒を飲んでたむろしていたバルに、他に泊まるところがないか聞きに行きました。と言ってもみんなイタリア語しか話せないんです。会話にならない。大変!
教えてくれたホテル、ひどかったけどそこしかないみたいだし仕方がありません。
最初15ユーロと言われたのに、いざ支払いの時に35ユーロ請求されて、「さっき15ユーロと言われた」と交渉するも「何か問題ある?」と押し切られて汚いホテルに泊まりました。

翌日は標識のない河川敷を歩くことを避けるためにフェルノボまでバスに乗る予定。バス停を探しがてら小さな町を散策。淋しい所にあるバルでカルボナーラをいただく。
イタリアで2度目のカルボナーラ。2度とも卵が固まっているの。カルボナーラってほんとはこういうのなの?

今日の歩き 約16km
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5年後

2018年12月03日 | 日々の出来事・想うこと
先週、運転免許の更新をしました。
次は5年後。わぁ~!次回は高齢者講習を受けなきゃいけない! わかっちゃいるけど、年齢をつきつけられるわぁ。

丸の内丸善で開催中のコヤマ大輔さんの水彩画展へ行きました。
ご本人が在廊中で、久し振りにお目にかかるコヤマ先生とお話しました。自分の絵を探すという事。写真を見て絵を描く事について。短い時間でそんなお話しをし、刺激を受けました。コヤマ先生ってほっこりした雰囲気をお持ちでこちらまで温かな気持ちになれていいなぁ。




丸善のクリスマスツリー


KITTEビルのクリスマスツリー

丸善で5年日記を買いました。
2014~2018までの5年間はあまり大きな変化はありませんでした。仕事をやめたり、脳の手術はありましたけど。
新しい5年日記、最後まで埋められるのかなぁとふと思います。
2冊前の古い日記を読み返しました。恥の多い生きざま、私の死後、息子たちの目には触れさせたくないな。私自身忘れていたことも多々あり、箇条書きの項目ページだけ残して、記述のページは切って捨てよう。

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