イスパニョーラ島の淡水魚類:陸橋問題
昆虫類からはじめて脊椎動物を両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と見てきた。その結果、当たり前のことだが動物群によって固有種の割合が異なることがわかった。もっとも固有種の少ない群は昆虫のスズメガであった。私が採集したスズメガには現時点で同定できない種が1つあり、その種以外は中米と共通している。仮にその1種がイスパニョーラ島の固有種であったとしてもその割合はきわめて低い。チョウの場合も固有種が多い群と少ない群がある。ジャノメチョウ類はすべて一つの属に属する固有種ばかりである。一般に地上性で翅を持たない動物群には固有種が多いことは納得できるが、鳥類のように翼を持っていても水鳥には固有種がなく、水に依存しない陸生の鳥には固有種が見られる。
イスパニョーラ島の両生類は人が持ち込んだ2種を除く60種すべてが固有種、爬虫類は153種のうち129種84%が固有種である。鳥の場合はイスパニョーラ島から記録のある223種のうち固有種は29種、22.6%である。
固有種が多いということは、かつて何らかの方法で大陸から移住してきた少数の先祖から、競争相手のいないイスパニョーラ島で、多くの種に分化したということだ。もし大陸との間に近い過去に陸橋があって、それを通って大陸で分化した系統が渡って来たのであれば、大陸と共通する種がもっと見つかってもよいはずだ。
ところで今までまったく触れなかった動物群が一つ残っている。それは魚類である。もちろん海産魚にもカリブ海特産の種があると思う。いくら海はつながっていると言っても沿岸の浅瀬や岩礁海岸の特殊な場所に適応しているその島の特産魚類がいてもおかしくない。しかし私は海産魚の生態や種分化について何も知らない。ここで触れておきたいのは淡水魚のことである。淡水魚は一部の例外を除くと、ふつう海を泳いで渡ることができないと考えられており、欧米の研究者たちもそのため、その分布を考える上で陸橋の存在が問題になる。西インド諸島の淡水魚も固有種が多くブリックス(1984)の論文から彼がつくった表をすこし改変して上に示した。最も淡水魚の相が豊かなのはキューバで11属27種の淡水魚が産し、そのうち2属はキューバ固有である。固有種は27種のうち21種、78%である。
イスパニョーラ島の場合は、カダヤシ科Poecilidaeが多数の種に分化しているため、合計では29種のうち26種、90%とキューバよりも固有種の割合が高い。この科は胎生メダカつまりグッピーの仲間である。しかし属の数ではキューバより6属少なく、固有属もない。このような淡水魚の分布パターンを説明するためには、中米(メキシコあたり)とキューバの間に陸橋があったと仮定すると説明しやすい。私は「対馬の生物」の編集責任者になって初めて陸橋の問題に遭遇した。対馬はイスパニョーラ島と比べればはるかに大陸に近く、陸橋があった時代もそんなに古くないので、昆虫でも対馬で種分化した真の固有種はいなかったと記憶している。