九重自然史研究所便り

昆虫採集と観察のすすめ

81.イスパニョーラ島の生物

2015-08-30 22:55:19 | 日記

イスパニョーラ島の淡水魚類:陸橋問題
 昆虫類からはじめて脊椎動物を両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と見てきた。その結果、当たり前のことだが動物群によって固有種の割合が異なることがわかった。もっとも固有種の少ない群は昆虫のスズメガであった。私が採集したスズメガには現時点で同定できない種が1つあり、その種以外は中米と共通している。仮にその1種がイスパニョーラ島の固有種であったとしてもその割合はきわめて低い。チョウの場合も固有種が多い群と少ない群がある。ジャノメチョウ類はすべて一つの属に属する固有種ばかりである。一般に地上性で翅を持たない動物群には固有種が多いことは納得できるが、鳥類のように翼を持っていても水鳥には固有種がなく、水に依存しない陸生の鳥には固有種が見られる。
 イスパニョーラ島の両生類は人が持ち込んだ2種を除く60種すべてが固有種、爬虫類は153種のうち129種84%が固有種である。鳥の場合はイスパニョーラ島から記録のある223種のうち固有種は29種、22.6%である。
 固有種が多いということは、かつて何らかの方法で大陸から移住してきた少数の先祖から、競争相手のいないイスパニョーラ島で、多くの種に分化したということだ。もし大陸との間に近い過去に陸橋があって、それを通って大陸で分化した系統が渡って来たのであれば、大陸と共通する種がもっと見つかってもよいはずだ。
 ところで今までまったく触れなかった動物群が一つ残っている。それは魚類である。もちろん海産魚にもカリブ海特産の種があると思う。いくら海はつながっていると言っても沿岸の浅瀬や岩礁海岸の特殊な場所に適応しているその島の特産魚類がいてもおかしくない。しかし私は海産魚の生態や種分化について何も知らない。ここで触れておきたいのは淡水魚のことである。淡水魚は一部の例外を除くと、ふつう海を泳いで渡ることができないと考えられており、欧米の研究者たちもそのため、その分布を考える上で陸橋の存在が問題になる。西インド諸島の淡水魚も固有種が多くブリックス(1984)の論文から彼がつくった表をすこし改変して上に示した。最も淡水魚の相が豊かなのはキューバで11属27種の淡水魚が産し、そのうち2属はキューバ固有である。固有種は27種のうち21種、78%である。
 イスパニョーラ島の場合は、カダヤシ科Poecilidaeが多数の種に分化しているため、合計では29種のうち26種、90%とキューバよりも固有種の割合が高い。この科は胎生メダカつまりグッピーの仲間である。しかし属の数ではキューバより6属少なく、固有属もない。このような淡水魚の分布パターンを説明するためには、中米(メキシコあたり)とキューバの間に陸橋があったと仮定すると説明しやすい。私は「対馬の生物」の編集責任者になって初めて陸橋の問題に遭遇した。対馬はイスパニョーラ島と比べればはるかに大陸に近く、陸橋があった時代もそんなに古くないので、昆虫でも対馬で種分化した真の固有種はいなかったと記憶している。

80. イスパニョーラ島の生物

2015-08-29 06:51:23 | 日記

コウモリ類と海獣類
コーベットとヒル(1991)の世界の哺乳類の目録では、イスパニョーラ島からはヘラコウモリ科とアシナガコウモリ科のコウモリが合計6種記録されている。その中でハイチヘラコウモリPhyllops haitiensisは、イスパニョーラ島の固有種である。またErphylla bombifronsはイスパニョーラ島とプエルト・リコに分布しているだけだ。しかしジャマイカから記録されているコウモリはもっと多いので、私の文献調査は不十分かもしれない。
海獣で一番有名なのはカリブマナティーで、コロンブスの第一回航海の記録にもマナティーのことは「牛の頭骨に似た頭骨が原住民の家の中にあった」とでている。おとなしい動物なので捕獲しやすく、かつては食料として利用されたらしい。オビエードもマナティーのことを「指折りの美味な魚で、切り身は牛肉そっくり、味も魚肉というよりも牛肉に近い。干し肉も珍味で、干したものでも味は落ちない。オサマ川には岸の近くの水面下に草が生えている場所があり、マナティーはそういう場所で草を食べている。漁師は船やカノアから銛をつかってマナティーを捕る。原住民はサカサウオを使ってマナティーを捕っていたらしい」とある。サカサウオは、多分、コバンイタダキの1種のようで、これを飼いならし、綱をつけて放すとマナティーの腹に吸いつくので、綱を引っ張って捕えたらしい。ラス・カサスもキューバで同様の漁法があったと伝えているが、本当にそんな漁法があったかどうか私にはわからない。
 海牛目にはジュゴン科とマナティー科があり、後者はアマゾンとアフリカと西インド諸島とその近辺に分布する3種が知られているだけだ。
 西インド諸島と北米フロリダから中米のカリブ海沿岸、ヴェネズエラ沿岸にいる種はカリブマナティーTrichechus manatusという。3種の中で最大の種で、体長4m、体重1トン近くある。妊娠期間は約1年で普通1頭の子を産む。マナティー科は乳頭が胸鰭の付け根にある(鯨類は乳頭が肛門近くにある)。絶滅の恐れがある種とされるが、時々、ドミニカ周辺で見られることがあり、その時は新聞やテレビで報道される。
 アザラシ科のカリブカイモンクアザラシMonachus tropicalisはかつてカリブ海一帯で見られた普通種である。1492年にコロンブスもこのアザラシをイスパニョーラ島周辺で見たという。残念ながら油を取るため乱獲され、1952年にジャマイカ西方のセラにジャ・バンクで目撃されたのが最後であった。1502年スペインから第4回の航海でサント・ドミンゴ付近に到着した時、彼はアザラシが多数海面に浮きあがって泳いでいるのを観察し、嵐が来ることを知ってすぐさま安全な港に避難した。ちょうどサント・ドミンゴからスペインへ向かう30隻の船団をオバンド総督が出航させようとしていたので、コロンブスは総督に嵐が近づいているから船団を出航させないよう警告したが、海は静かだったので出航させてしまった。コロンブスの船団は別の安全な港に入り、一方30隻の船団が完全に港外に出て勇んでスペインへ向けて帆を上げて帰途についた頃、暴風が吹き荒れ30隻の船団は海の藻屑になった。コロンブスは経験豊富でアザラシが騒ぐのは大きな嵐がやってくる前兆だと信じて避難した。私は拝金主義者コロンブスを好きではない。しかし、彼もまた大業をなし遂げたた人に特有の森羅万象を観察し、鳥や海獣の動きから合理的に予測する優れた頭脳と忍耐強い精神の持ち主であったことは間違いない。


79. イスパニョーラ島の生物

2015-08-28 23:04:52 | 日記

コロンブス以後に人類と一緒にイスパニョーラ島に渡来した哺乳類
齧歯類のドブネズミは都会でも昼間から見られると書いた。ネコなど天敵がほとんどいないので、大きなドブネズミが昼間から活動している。田舎で聞き取り調査し、またネズミの罠もかけてみたが1頭も捕獲できなかった。ハラバコアやコンスタンサに入植した人の話によるとネズミ類は2~3種いるという。確実な情報は無いがクマネズミやハツカネズミもいるらしい。
スペインの勢力が衰えてからイスパニョーラ島の特にハイチ側などに牛馬が野生化した時代があった。しかし肉や毛皮の需要が増えるとそれらは姿を消した。しかし今も野生化している比較的大きな哺乳動物はブタである。ブタは1492年にスペイン人と一緒にイスパニョーラ島に入ったが、今は森で野生化している。もともと大航海時代にヨーロッパ人がブタをあちこちの島に放したのが始まりだ。ラス・カサスによれば、コロンブスは第2回目の航海で1493年10月2日グラン・カナリア諸島に到着した。2日間停泊した際、8頭の豚を買い求めイスパニョーラ島に放したのが、現在、インディアス全域にいるブタの先祖だと述べている。この時、ニワトリもオレンジ、シトロン、メロンその他の野菜もインディアスに運ばれた。オビエードもいつの日か食用に役立つように雌雄合わせて6頭の豚をバーミューダ島に放したと書いている。
 現在のイスパニョーラ島の野生のブタは、1984年発行のドミニカの切手になっており、やや小型で黒っぽく、耳が立って尖っており、牙を持ったまさにイノシシの姿である。
ヤギもコロンブスの第2回の航海の際カナリア諸島から持ち込まれえた家畜だ。ドミニカではニンニクを効かせたモンドンゴというヤギ料理がある。クリスマス近くになるとハイウエイ沿いにヤギ肉を売る屋台風の店が並ぶ。屋台の隣の街路樹に2~3頭の生きているヤギが繋がれており、肉が売れると次の1頭がト殺される。幸い夜が来て命拾いしたヤギは飼い主に引かれてとぼとぼと家路をたどる。

78.イスパニョーラ島の生物

2015-08-28 17:49:57 | 日記

アグーチとコーチ
 ハザード(1872)が書いた「サント・ドミンゴ―その過去と現在」という旅行記がある。彼はアメリカ人で英語版が先に出版されたのではないかと思う。スペイン語版もある。英文版22ページにはアグーチAouti、また23ページにはコーチCoatiという動物の絵が出ており、アンティール諸島にはもともと4種の哺乳類がいたが、この2種だけが生き残っていると書いている。イスパニョーラとは言っていないので、この島にいたかどうかは他の文献を知らないのではっきりしない。ただし小アンティール諸島にはこの名前で呼ばれる動物が今も生息している。コーチはアライグマ科のアライグマProcyon loter (=P. minor)であり、アグーチの方は齧歯類のアグーチ科ウサギアグーチDasyprocta leporima (=D. aguti)である。サッティ(1993)は、グアドループアライグマ(=P. minor)は、小アンティール諸島のグアドループ島のマングローヴの沼沢地に今もわずかに生息しているとして、写真を示している。またかつてバルバドスにもバルバドスアライグマProcyon gloralleniがいたが、1950年代に絶滅したという。この種も今はP. loterに含められている。
ウサギアグーチの方はモンテセラトー島に今も生き残っており、2000年前小アンティール諸島に侵入した原住民が食用動物として携えて来た疑いがあり、コロンブスの時代にイスパニョーラ島にいたという4種の一つはアグーチかもしれない。この動物の写真もやはりサッティの著書に写真がでている。彼女は学名をD. agutiとしている。
これはハザードの本の挿絵である。左がアグーチである。、

77。 イスパニョーラ島の生物

2015-08-28 16:36:22 | 日記

イスパニョーラ島の固有哺乳類ソレノドンとフチア
 現在、この島には2種の食虫目に属する哺乳類が生息している。一つは前回ドミニカ切手を示したイスパニョーラソレノドンSolenodon paradoxusである。その切手は、同じ動物の4ポーズを4枚続きで印刷した美しい切手である。体長22~33cm、体重700~1000g、尾の長さ22~25cm、背は灰褐色、額は黒く、首に白点があり、脇腹は黄色を帯びる。ソレノドン科は吻が前方に突出しており、それで土を掘り虫を採餌する。前肢は長く、曲がっている。森林に生息し、夜行性である。
ソレノドンは食虫目のなかでも原始的なグループで、世界に2種知られており1種はイスパニョーラ島、もう1種はキューバの固有種である。どちらも絶滅の危機に瀕している貴重な動物である。
フチア(今回の切手)は齧歯目のフチア科に属するイスパニョーラ・フチアPlagiodonia aediumである。本種はこの島の固有種で1属1種である。体長約30cm、尾の長さは15cmである。
なおフチア科にはもう一つカプロミス属Capromysがあり、11種知られている。すべて西インド諸島の特産で、そのうち9種はキューバとそのその周りの小さな島々に生息し、他にジャマイカとバハマから1種ずつ知られているが、イスパニョーラ島には産しない。
両科とも哺乳動物では古い系統で中生代末期か新生代第三紀の始めにメキシコから陸橋を通ってキューバ経由で入ったものらしい。
オビエードに出てくる野生の犬以外の4種の正体はわからない。しかしウテイアはフチア(hutia)のことらしく、またケミもその小型のものかもしれない。モウイとコリは彼の文章からは何であるかわからない。ソレノドンも採れれば食べたかもしれない。むしろ原住民が幾種かの哺乳類を持ってイスパニョーラに渡来した可能性も考えられる。
原住民だけでなく、入植したばかりのスペイン人もフチアを捕えて食用としていたことは間違いない。ラス・カサスも、形が兎に似ており、無数に生息している肉のうまい獣を、原住民の若者は、1頭の犬を使って毎日15~20頭捕獲すると述べている。スペイン人は原住民の男を2、3人奉公させており狩猟用の犬を持っていたという。
次回はコロンブスの時代にイスパニョーラ島にいたかもしれないもう2種の哺乳類について紹介する。