九重自然史研究所便り

昆虫採集と観察のすすめ

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第10章1 パラワン島で採集した昆虫

2016-01-01 22:12:56 | 日記

第10章 パラワン島で採集した昆虫
元旦からフィリピンの動物分布を考えるの続編としてパラワン島のチョウについて執筆した。これは九重昆虫記第11巻の原稿であるが、おそらく出版する機会はないだろう。図版はパラワン島などでであった半翅目の昆虫である。
1.はじめに
 私がフィリピンで採集した昆虫のうちチョウ類は1977-1978年に九州大学のチョウ類研究家白水隆教授の研究室に寄贈した。同教室の長崎市出身嶌洪博士が車で長崎まで標本を受け取りに来た。彼が持参したドイツ型大型標本箱にぎっしり詰めると約10箱になったと思う。どんなボロボロのチョウでもすべて持っていってくれたから、私の手元にはフィリピン産チョウは1頭も残っていない。
 またトンボ類は安藤裕先生を通じて朝比奈正二郎博士に、直翅類は山崎柄根博士に寄贈した。熱研には4次にわたる長崎マラリアチームが集めた脊椎動物の剥製や液浸標本と、宮城一郎隊員が採集した甲虫類を私が1箱に整理した後、今坂正一氏に同定して頂いて、熱研に資料室ができて末永斂博士が最初の室長に就任した際寄贈した。セミは林正美博士に提供した。それでもガとハチ、甲虫、カメムシ、ゴキブリなどが今も私の手元に残っている。
 『九重昆虫記 第11巻』の原稿を執筆する前に私が採集したフィリピン産チョウ標本を九大で調べ直し写真を撮ろうと考えたが、それを始めると何日もかかるし、またもともとチョウを眺めるのは好きだから面白くなってすべて同定出来るまで九大に通い続けることになるに違いない、と思ったのでそれは断念した。また私は標本を眺めるよりも野外を歩き回って出会った虫がやっていることを観察する方が、一層興味深い記録が取れるだろうと思ったからだ。それに暖かくなるといつも何か昆虫の幼虫を飼育しているのであまり続けて留守ができないのだ。
 たまたまこの旅行記を書くため手元の資料を整理していたら驚いたことにフィリピン産チョウ類を撮影した230枚余りのカラースライドが出てきた。実際には大部分のチョウは表面と裏面を撮影しているので、種数はその半分の約100種であった。その大部分は産地、採集年月日、右前翅長がスライドの裏面に記入されていた。しかし一部は裏面の記入が欠けていた。その中には第3次長崎マラリアチーム(1971-1972)のミンダナオ旅行の採集品も一部含まれていた。多分、フィリピン調査が終わってから暇な時に家でチョウの展翅標本を撮影したのだと思うがまったく撮った記憶がない。日本鱗翅学会の「やどりが」に旅行記を書いた際、多くのチョウのモノクロ写真を撮影したし、また内輪の熱研集団会や頼まれてどこかでフィリピン旅行の話をした際にカラー写真を撮った微かな記憶があるが、これほど沢山チョウのカラースライドを撮影していたとは思わなかった。36枚撮りカラースライド用フィルムで3−4本分だから半日あれば撮影できるから、多分思いつきで撮って、忙しくなり中断してしまったのだろう。実際、フィリピン調査が一段落した1974年以降は、本来の仕事である原虫学の実験、さらに1976年に長崎県生物学会から出した「対馬の生物」の編集、続く1979年出版の私の著書「寄生原生動物−その分類、生態、進化」の執筆と編集で非常に多忙になりフィリピンのチョウのことはまったく忘れてしまったのだろう。
 今回掲載したチョウのカラー写真はどの島産の標本か、はっきりわかるものを中心に選んだ。残念ながらどの写真も当時のカメラの能力やフィルムの関係で、撮影当時よりも色彩が明らかに変化しているようだ。しかしこのスライドが出てきたことで、私の日記に採集時に思いついた私独自の和名で記録されている、前半の各章で登場したチョウの正体が大体わかるようになった。それで本文中のチョウの和名もすべてこのカラースライドから判明した一般的な和名に変ええることができた。
 外国産のチョウの場合、同じ種が日本にも産すれば和名があり、また台湾産は古くから和名が付けられている。それに白水隆博士の「台湾産蝶類大図鑑」にはすべての同島産チョウが出ており、昔、私もフィリピン産をこの本で一部同定した。しかし台湾には分布しない他の東南アジア産チョウの和名は、図鑑を書いた人がそれぞれ命名しているがみんなが納得する和名の基準はない。私は新に和名をつける場合、種小名を仮名書きし、しかも何の仲間かわかるように外国産の種の和名語尾に○○タテハ、○○アゲハと付けるのが良いと考えている。チョウ屋が作った図鑑はこの考え方で和名が学名に併記されているが、一方では哺乳類と鳥類の和名はそれぞれ1冊にまとまった本が出ている。昆虫は種数が並外れて多いので種小名を仮名書きするチョウ屋さんの試みは的を射ている。
 特に山科芳麿博士がつけた世界各地の鳥の和名はおそらく主に英名の訳らしく、チョウ屋のようにその種の学名を意識していない命名であるから、チョウ屋の命名の方がより使いやすく、また和名を使ううちに自然と学名を覚えるから発展性もあるので一層合理的だと思う。したがって本書でもその方法で命名された和名を採用したが、ただ古くからある和名はそのまま残した。この命名法の欠点はラテン語の種小名を仮名書きすると学名を知らない人にとっては無味乾燥な意味がわからない和名になることだが、山科博士の和名は一つ一つ意味があるのでそれなりに味がある。合理性をとるか味をとるか、それは好き好きだが、私は研究者だから合理性をとる方を選ぶことにした。もっとも若干語尾を変更した和名もある。
 ちなみに4年間でどのぐらいパラワン島のチョウを採集したか正確な種数はわからない。第2次隊の時には小ガ用展翅板を持参し、シジミチョウやセセリチョウなどを現地で一部展翅しておいた。1971年1月18日ですでに展翅してあるチョウはシジミチョウが24種、セセリチョウが19種。三角紙標本はアゲハチョウが19種、シロチョウ18種、マダラチョウ11種、ジャノメチョウが13種、タテハチョウが約30種、第2次隊の残りの期間と第3次隊の時の採集品を加えるとパラワンのチョウは160から170種ぐらい採集したのではなかろうか。ルソン島とミンダナオ島の採集品を加えて、多い目に見積もってもフィリピン産チョウのコレクションは200種程度だろうと思う。第4次隊の滞在中は未曾有のマラリア患者が多かった年で、チョウに関する記事は日記にもほとんど出ていない。多分、最後の年は期間も短かったのでほとんどチョウを採っていないようだ。大体パラワン産チョウの1/3が採集されたのではないかと思う。
 ちなみにボルネオのチョウは2001年の時点で945種記録されている(Otsuka, 2001)。また有名なCorbet & Pendleburyの「マレー半島のチョウ」 (1992年の第4版)によると、マレー半島のチョウは1031種、そのうちシジミチョウ科411種、セセリチョウ科255種である。この本はマダラチョウ科、ジャノメチョウ科、テングチョウ科、ワモンチョウ科などはタテハチョウ科に統合されている。台湾のチョウは合計360種でアゲハチョウ科32種、シロチョウ科33種、シジミチョウ科101種、セセリチョウ科57種である。
 この本の各章の本文中に登場したチョウは次節で簡単に紹介した。なお『九重昆虫記』各巻では、私は一貫して学名の命名者名や記載年を省略したが、この章のチョウの種小名に限って命名者名に記載年を付した。しかし亜種名の命名者や記載年はほとんど省略した。その理由はこの原稿を執筆中、命名者と記載年を眺めているうちに、東南アジアのチョウ研究史と活躍した研究者の姿が朧気ながらも見えて来たからだ

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