小惑星が地球に激突しても生き延びたイスパニョーラ島の生物たち
カリブ海の島々と中米、たとえばメキシコを結ぶ陸橋が、もし中生代白亜紀と新生代第三紀の境界時期に存在していたとすると、小惑星の衝突というこの地域の動物の生き残りに大きな影響もたらしたと思われる大事件との関係も興味深い。なぜなら、小惑星が衝突した位置は、メキシコのユカタン半島とされており、その時できたクレータ位置も判明しているからだ。
マウラッセとセン(1991)は、その結果引き起こされた想像を絶する大津波がハイチの南側を襲った証拠が、その地方の地層にはっきり残されていると報告している。恐竜が絶滅した原因とされる大事件の影響がどんなものであったか、最近すこしずつわかってきている。
イスパニョーラ島やキューバの固有動物のあるものは、その大事件を乗り越えて生き残ったものである可能性が高い。衝突後に大事件の現場に極めて近い西インド諸島の島々の動物相が一度完全に一掃され、現在の動物相はその後に改めて移動したものたちの子孫たちだけだという説明は、私が知る限りでは誰も採用していないようだ。
何百メートルという高さの津波が襲ったというが、ドミニカの高地や内陸部まで津波の影響があったとは思えない。もちろん粉塵が空を覆って長い間暗黒状態が続いたとしても、恐竜のような大型動物と違って、小動物たちは僅かな食物と体を隠す隙間があれば生き残れたに違いない。ドミニカ動物たちもひょっとするとその大事件の生き証人たちかもしれない。
ドミニカに住んでいた時、私もメリダから入ってユカタン半島のマヤ文明の遺跡を訪ねた。小惑星の衝突によってできたクレータは今もこの半島の地下に埋没しているが、想像力を働かせると、そのクレータもイスパニョーラ島を襲った大津波の様子も自然に頭に浮かんでくる。ドミニカの動物相を考える面白さは、あのガラパゴス諸島の場合をはるかに凌ぐものがある。その理由は動物の種数が多いことだ。もう一度昆虫採集を目的に行ってみたいところを問われれば、イスパニョーラ島の生物たちのルーツを訪ねてカリブ海の島々を回りさらにアマゾンに行きたい。しかし研究者として、もし残り10年の命と十分な研究費があり第二の九重自然史研究所を建てたい場所を問われれば、比良山系の朽木付近に山小屋風の小屋を建てたいと思う。週三日そこで過ごし残りの日々は伝統芸能を鑑賞したり、奈良の飛鳥から白鳳時代の仏像を見たい。