九重自然史研究所便り

昆虫採集と観察のすすめ

86.イスパニョーラ島の生物

2015-09-04 22:02:14 | 日記

小惑星が地球に激突しても生き延びたイスパニョーラ島の生物たち
 カリブ海の島々と中米、たとえばメキシコを結ぶ陸橋が、もし中生代白亜紀と新生代第三紀の境界時期に存在していたとすると、小惑星の衝突というこの地域の動物の生き残りに大きな影響もたらしたと思われる大事件との関係も興味深い。なぜなら、小惑星が衝突した位置は、メキシコのユカタン半島とされており、その時できたクレータ位置も判明しているからだ。
 マウラッセとセン(1991)は、その結果引き起こされた想像を絶する大津波がハイチの南側を襲った証拠が、その地方の地層にはっきり残されていると報告している。恐竜が絶滅した原因とされる大事件の影響がどんなものであったか、最近すこしずつわかってきている。
 イスパニョーラ島やキューバの固有動物のあるものは、その大事件を乗り越えて生き残ったものである可能性が高い。衝突後に大事件の現場に極めて近い西インド諸島の島々の動物相が一度完全に一掃され、現在の動物相はその後に改めて移動したものたちの子孫たちだけだという説明は、私が知る限りでは誰も採用していないようだ。
何百メートルという高さの津波が襲ったというが、ドミニカの高地や内陸部まで津波の影響があったとは思えない。もちろん粉塵が空を覆って長い間暗黒状態が続いたとしても、恐竜のような大型動物と違って、小動物たちは僅かな食物と体を隠す隙間があれば生き残れたに違いない。ドミニカ動物たちもひょっとするとその大事件の生き証人たちかもしれない。
ドミニカに住んでいた時、私もメリダから入ってユカタン半島のマヤ文明の遺跡を訪ねた。小惑星の衝突によってできたクレータは今もこの半島の地下に埋没しているが、想像力を働かせると、そのクレータもイスパニョーラ島を襲った大津波の様子も自然に頭に浮かんでくる。ドミニカの動物相を考える面白さは、あのガラパゴス諸島の場合をはるかに凌ぐものがある。その理由は動物の種数が多いことだ。もう一度昆虫採集を目的に行ってみたいところを問われれば、イスパニョーラ島の生物たちのルーツを訪ねてカリブ海の島々を回りさらにアマゾンに行きたい。しかし研究者として、もし残り10年の命と十分な研究費があり第二の九重自然史研究所を建てたい場所を問われれば、比良山系の朽木付近に山小屋風の小屋を建てたいと思う。週三日そこで過ごし残りの日々は伝統芸能を鑑賞したり、奈良の飛鳥から白鳳時代の仏像を見たい。

85.イスパニョーラ島の生物

2015-09-04 22:02:14 | 日記

様々の動物の渡来経路
現代のカリブ諸島の動物分布から渡来経路を解き明かすことは決して簡単ではない。なぜなら動物群ごとに分布を広げた時代が違い、また分散手段も違う。したがって一つの説ですべての動物群の分布を明快に説明することはできないし、またここで今まで発表されている多くの学者の意見を一つ一つ紹介するつもりもない。しかし、各群ごとに見てきて、だいたいのことはわかってきたように思う。
第一はイスパニョーラ島の動物相は基本的に南アメリカから移住したものが中心で、ついで中米からの移住があり、北米からの移住もあるが大変少ないことは明白である。
南アメリカからの移住も何度かの波があり、中生代白亜紀に陸橋があって、それを伝って入って来たグループがあること、そしてそのグループはコヤスガエル属が代表であること、また新生代に入ってからの南からの移住の波は海流によってもたらされた可能性が強い。
 中米からの陸橋による渡来は、淡水魚だけではなく陸上哺乳類(ソレノドンとフチア)とチョウの一部も含まれているようだ。これらの渡来時期については南からの陸橋と同程度に古いのではないかと思われる。
 ジャノチョウ科のカリスト属はコヤスガエル属と同じルートをたどって渡来したのではないかもしれない。なぜならコヤスガエル属が西インド諸島の広い範囲に分布しているが、カリスト属の分布は限られているからだ。しかし陸橋説の弱みは動物群ごとに分布を説明する陸橋を次々と仮定しているうちに、複雑なコースの陸橋をいくつも作らなければならないことだ。それよりももっと単純にコヤスガエル属とカリスト属は、同じ時代に同じ陸橋を手を取り合って渡ってきたけれど、到着した地点で分化が始まる時期が違っていて、カリスト属はコヤスガエル属よりかなり遅れて分化が始まったという説明は無理だろうか。九重昆虫記第10巻で昆虫の進化速度は著しく遅いと書いた。それと比べると脊椎動物であるコヤスガエルの方が先に種分化しても構わないと思う。
もう一つ興味深いことは超大陸パンゲアが分離した過程で、南アメリカ大陸の東側はアフリカ大陸の西側と長い間、接していたから、現在、両大陸に生息する動物たちは同じ先祖から別れた可能性がある。そこからカリスト属はアフリカと関係があるという話が出てくる。
 ところで小惑星の衝突の話を聞いた人は多いと思う。それが激突した場所はほかでもないカリブ海に近いメキシコである。次回はその話を書いて長い連載を終わろう。
キューバのチョウ切手が出てきたので4枚掲載した。

84. イスパニョーラ島の生物

2015-09-04 16:43:59 | 日記

ヘッジーズの説得力がある「海流漂着説」
 ヘッジーズは新生代になってからのイスパニョーラ島への動物の渡来は陸橋など他の方法ではどうしても説明できないが、西インド諸島の島ごとの動物相の違いや海流の影響を考えると、これらの動物の系統は南米大陸の大河の河口から大洪水時に流れだした漂流物と一緒に西インド諸島に渡来した可能性が高いと説明している。読者は連載の最初の方で西インド諸島のすべてを示した図を覚えているだろう。あの図には海流も示しておいた。
 世界地図を見ると、アメリカ大陸の北部大西洋側に沿って暖流の北赤道海流が北上し、小アンティル諸島の間を通ってカリブ海を経て、さらにユカタン海峡を通りメキシコ湾に入り、やがてメキシコ湾流としてフロリダ海峡を通って大西洋に出る。この海流にのった漂流物とともに一部の陸上動物が西インドにもたらされたというのだ。陸橋がなくても海流によって一部の陸上動物が運ばれてくるという説明は、今まで私が読んだ説明のうちでもっとも奇想天外な、しかし説得力がある説明だった。たとえばアマゾン川のような大河が氾濫すれば河口からかなり沖合まで塩分濃度が低い海の中を流れる川状態が一時的に出現するだろう。また倒れたおびただしい数の樹木も小さな陸上動物が乗り込んだ筏の役割を果たすだろう。私はグアテマラでホテイソウなど水生植物が絡み合って浮島になっているところでカエルを採集したことがある。岸近くではまるで小さな島であり、大洪水の際はそのまま運ばれる可能性がある。100万年あるいは1000万年に一度起こるか起こらないかの大洪水なら、偶然、南米大陸から両生類や爬虫類をイスパニョーラ島に運ぶことがありうると思う。
 なお南北両アメリカ大陸はカリフォルニア海流とフンボルト海流という二つの寒流の影響を受けて海水温が低く、海岸沿いにサンゴ礁が発達しない。唯一の例外がカリブ海で、暖流北赤道海流の影響でカリブ海とその周辺はサンゴ礁が見事に発達しており、カリブ海上を飛行機で通過するとその素晴らしい風景を楽しめる。
写真はキューバのチョウ切手2枚である。

83. イスパニョーラ島の生物

2015-09-04 14:55:51 | 日記

ヘッジーズ(1996)の研究
 ヘッジーズ(1996)は、従来の陸橋を中心とした説明からすっかり発想を転換して、それらの新しい系統は海洋を渡ってやってきたのだと考えた。彼によれば西インド諸島の両生類は175種、爬虫類は457種、合計63 2種である。これらは現在の分布、形態学的な類縁関係、種分化した時期、免疫アルブミン法などにより77の系統に分けることができる。そのうち93%は新大陸の系統であり、また全体の79%は南アメリカ起源の系統であるという。15%は中央アメリカ、6%は北アメリカ起源であるという。つまり西インド諸島は地理的には中央アメリカや北アメリカに近いけれども、動物地理学的に見ればむしろ南アメリカの系統と関係が深い。
 西インド諸島と大陸の分離は、約7000万年前から8000万年前の中生代白亜紀であると考えられており、77系統の一部はその時期に渡来したと考えられている。しかし、後で述べる二つの系統を除く大部分の系統は、陸橋がなくなった新生代に入ってから渡来したらしい。
 両生類のうちコヤスガエル属は、白亜紀あるいはそれ以前に西インド諸島に入った系統らしい。この属は北米のテキサスあたりから、南はアルゼンチンやブラジルまで広い範囲に分布している属であり、脊椎動物の属のうち最も多くの種を含む属である。この動物の種分化の中心地は二つあり、アンデスと西インド諸島で、特に後者では138種発見されておりすべて固有種である。またイスパニョーラ島からは55種知られており、それらはすべて同島の固有種である。コヤスガエル属とクリコザウルラ属Cricosauraを除く75系統は渡来した時期がもっと新しい。新生代になってからの渡来時期は、第三紀から第四紀にかけて3回ほど大きな渡来の波があったらしい。

なお添付の海産魚はサント・ドミンゴで暮らしていた間に魚を売りに来る漁師から買い上げて食べた魚だ。特に生きているイセエビの腹部をとり新鮮なうちに冷凍しておくと刺身がうまかった。

82.イスパニョーラ島の生物

2015-09-04 12:10:52 | 日記

どのようにしてイスパニョーラ島に動物が渡来したのか?
 それでは人と違って船など渡航手段を持たない動物たちがどのようにしてイスパニョーラ島に渡来できたのだろうか。一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島の定義として、両生類がほとんどいないことが挙げられるほど両生類の渡海は難しい。しかし、イスパニョーラ島の両生類や爬虫類のほとんどが固有種であるから、日本列島のように比較的最近まで大陸とつながっていたのではなく、イスパニョーラ島が大陸との連絡路が切れてから非常に長い時間が経過し、この島で独自の種分化を遂げるために必要な時間が十分あったと考えられる。しかし一方では陸橋があったと考えられる時代以後に大陸から入ったと思われるものもあるので、イスパニョーラ島の陸上動物の先祖の一部は、何らかの別の方法で海を渡って来た可能性も否定できない。またそのような種は南アメリカと関係が深い種が多い点も注意しなければならない。つまり地理的に近い北アメリカからではなく、南アメリカから海上を通って渡来するチャンスがあったらしいということだ。
私がこの連載をはじめたのは、ダーゥインの「種の起源」には出て来ない、陸上動物が海を渡り広がる可能性を探求する新しい学説の途方もない面白さに魅せられたからだ。ダーウィンと言うとガラパゴス諸島だが、進化の問題を探求する場所としてもっと面白い場所はイスパニョーラ島だと思う。おそらく固有種の多さでも世界一だと思う。マダカスカルも面白いと思うが、イスパニョーラ島の場合、陸橋がない時代にこの島に渡来した陸上動物がいる。どのようにして渡来したのか。その説明は奇想天外である。ただ奇想天外な話も若干の予備知識や前置きの説明が必要である。もうしばらくおつきあいをお願いしたい。
 上の2枚の図は西インド諸島のうち、主な大きな島の両生類と爬虫類の種類数を示すグラフである。両生類の大部分はコヤスガエル属なので、この属と他の両生類を分けて示してある。爬虫類の場合はアノーリスとその他の爬虫類に分けて示してある。これを見る西インド諸島の大きな島で、しかも大陸から一番遠いイスパニョーラ島の両生類や爬虫類の種の豊富さがよくわかる。一体彼らはどのようにしてこの島にやってきたのか様々の学説がある。その一つはもちろんかつて大陸との間に陸橋があって、そこを通って渡来した動物の子孫が西インド諸島のそれぞれの島で種分化したという常識的な説である。
 それに対して仮に古い時代に陸橋があったとしても、陸橋がすでになかった新生代になってからも、大陸で分化した新系統が西インド諸島に入っており、その伝搬を説明するには陸橋説以外の新しい奇想天外な学説が必要だった。