九重自然史研究所便り

昆虫採集と観察のすすめ

80. イスパニョーラ島の生物

2015-08-29 06:51:23 | 日記

コウモリ類と海獣類
コーベットとヒル(1991)の世界の哺乳類の目録では、イスパニョーラ島からはヘラコウモリ科とアシナガコウモリ科のコウモリが合計6種記録されている。その中でハイチヘラコウモリPhyllops haitiensisは、イスパニョーラ島の固有種である。またErphylla bombifronsはイスパニョーラ島とプエルト・リコに分布しているだけだ。しかしジャマイカから記録されているコウモリはもっと多いので、私の文献調査は不十分かもしれない。
海獣で一番有名なのはカリブマナティーで、コロンブスの第一回航海の記録にもマナティーのことは「牛の頭骨に似た頭骨が原住民の家の中にあった」とでている。おとなしい動物なので捕獲しやすく、かつては食料として利用されたらしい。オビエードもマナティーのことを「指折りの美味な魚で、切り身は牛肉そっくり、味も魚肉というよりも牛肉に近い。干し肉も珍味で、干したものでも味は落ちない。オサマ川には岸の近くの水面下に草が生えている場所があり、マナティーはそういう場所で草を食べている。漁師は船やカノアから銛をつかってマナティーを捕る。原住民はサカサウオを使ってマナティーを捕っていたらしい」とある。サカサウオは、多分、コバンイタダキの1種のようで、これを飼いならし、綱をつけて放すとマナティーの腹に吸いつくので、綱を引っ張って捕えたらしい。ラス・カサスもキューバで同様の漁法があったと伝えているが、本当にそんな漁法があったかどうか私にはわからない。
 海牛目にはジュゴン科とマナティー科があり、後者はアマゾンとアフリカと西インド諸島とその近辺に分布する3種が知られているだけだ。
 西インド諸島と北米フロリダから中米のカリブ海沿岸、ヴェネズエラ沿岸にいる種はカリブマナティーTrichechus manatusという。3種の中で最大の種で、体長4m、体重1トン近くある。妊娠期間は約1年で普通1頭の子を産む。マナティー科は乳頭が胸鰭の付け根にある(鯨類は乳頭が肛門近くにある)。絶滅の恐れがある種とされるが、時々、ドミニカ周辺で見られることがあり、その時は新聞やテレビで報道される。
 アザラシ科のカリブカイモンクアザラシMonachus tropicalisはかつてカリブ海一帯で見られた普通種である。1492年にコロンブスもこのアザラシをイスパニョーラ島周辺で見たという。残念ながら油を取るため乱獲され、1952年にジャマイカ西方のセラにジャ・バンクで目撃されたのが最後であった。1502年スペインから第4回の航海でサント・ドミンゴ付近に到着した時、彼はアザラシが多数海面に浮きあがって泳いでいるのを観察し、嵐が来ることを知ってすぐさま安全な港に避難した。ちょうどサント・ドミンゴからスペインへ向かう30隻の船団をオバンド総督が出航させようとしていたので、コロンブスは総督に嵐が近づいているから船団を出航させないよう警告したが、海は静かだったので出航させてしまった。コロンブスの船団は別の安全な港に入り、一方30隻の船団が完全に港外に出て勇んでスペインへ向けて帆を上げて帰途についた頃、暴風が吹き荒れ30隻の船団は海の藻屑になった。コロンブスは経験豊富でアザラシが騒ぐのは大きな嵐がやってくる前兆だと信じて避難した。私は拝金主義者コロンブスを好きではない。しかし、彼もまた大業をなし遂げたた人に特有の森羅万象を観察し、鳥や海獣の動きから合理的に予測する優れた頭脳と忍耐強い精神の持ち主であったことは間違いない。