暮らし研究家『暮らし家』の古民家・田舎生活

豊かな暮らしってなんだろう。モノではない「何か」。残し、守り、伝えたいモノや事柄を岡山県西粟倉村から発信します。

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心想事成。

2015年11月13日 | 日々のこと
念願かなって私の故郷のひとつとなるであろう場所に行ってきた。



だいたい人というのは、期待度が高いと意外とがっかりする結果が待っていることがある。
今はインターネットという実に便利なものがあり、写真を含め、たくさんの情報を目にすることができ
あたかもそこへ行ったかのような錯覚さえ起こさせる。
だから初めて見る風景なのに初めての新鮮さが得られない…といったような。





しかし、この「暮らす宿他郷阿部家」はそんな不安も、通説もあっさりと裏切ってくれた。

その透き通った、凛とした、一歩踏み入れた途端に深呼吸したくなるような空気感。
こだわりを感じる建具や調度品。
どれも年月を経てきた息遣いを感じるようなものばかりで、思わず触れたくなる。
そしてそこに調和するようにちりばめられた群言堂の布ものたち。
布団カバー、こたつカバー、カーペットカバー、クッション、風呂敷、部屋着etc…

ここには『モノを慈しむ』という気が流れている。
だから初めて足を踏み入れた者も、その精神に触れて物を取る手がつい優しくなる。




大量消費社会
スクラップ&ビルド
人と人とのつながりの軽薄さ

これらの今の風潮を優しく、しかし少し言い聞かせるように「今のままでいいの?」と問いかけてくる。




他郷阿部家の家主である松場登美さんとも、夕食・その後のコーヒータイム・スライドショー・そして翌日の朝食、とかなり濃密な時間を過ごさせて頂き
松場イズムをシャワーのごとく浴びてきた。
古いもの=使えない ではなく 古いものの中にこそ価値があり、それを残していきたい、継承したいという思いには
少なからずシンパシーをお互いに感じたのではないかと自負する。
特にアパレル業に身を置く登美さんは「技術」の継承という点においてもとても意識されているように感じた。
「技術」といっても何も特別なことだけではなく、生活のちょっとした知恵だって「技術」のひとつ。
だから登美さんの会社は石見銀山生活文化研究所なのだ。


「残す・守る・伝える」をモットーとするクラシカ(暮らし家)の私たちにとってはこんなに嬉しくこんなに心強いことはない。

朝から忙しくされる登美さんと若いスタッフ。



同じ日に縁あって御一緒した二組のご家族にも大いに刺激を受けた。
川崎から来られたご夫婦はつい先日、亡くなられた親御さんの残された一軒家を処分したそうだ。
そして帰る頃には「もうちょっと早くここに来ていたら、処分の仕方も変わっていたかもしれないねぇ」とつぶやいておられた。

庭木も池もある、梁もしっかりした立派なおうちだったそうである。
でも他に方法がなくて後ろ髪引かれながらも処分するほかなかった。
しかしその時、壊せばゴミだけれど、他郷阿部家のように生まれ変わる術を知っている人が今よりもたくさんいたら…

登美さんともお話したが、今はその転換期なのかもしれない、と。
とすれば、そこで私たちが今からしようとすることは、後の世代に残せる誇りある日本の文化のための小さな礎になるのかもしれない。


そう思うとワクワクが止まらなかった。



都会が捨てたものを拾おう
時代が捨てたものを拾おう


これは松場ご夫妻の合言葉であるが
私たちも石見銀山から250キロ離れた西粟倉村でも継承したいと思う。


そして登美さん本人からいただいたお言葉。
心想事成
これを胸にこれからも進んで行きたいと思う。





最初の話に戻るがインターネットの普及は飛躍的に便利で、今の生活には到底欠かせないものであるが
同時に強い光には影がつきものである。
以前に若者の海外離れ、といった話を聞いたことがある。
その場所に行かなくても、人口はどのくらいか、どういう人種が多いのか、どういう食べ物があってどんな街並みなのか…
そのほとんどをインターネットの画像、もしくは動画で確認することができ、
「未知の世界」感が薄れてきているのではないか、といった内容だったと記憶する。

しかし、若人よ。
知識と体感は雲泥の差がある。
うそだと思うなら、他郷阿部家に行ってみるとよい。
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