暮らし研究家『暮らし家』の古民家・田舎生活

豊かな暮らしってなんだろう。モノではない「何か」。残し、守り、伝えたいモノや事柄を岡山県西粟倉村から発信します。

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移住物語 vol.2

2013年11月25日 | 移住物語
vol.1より続き


友人のお父さんに紹介していただいた方々数人。
その中には、昔住んでいた茅葺のおうちを丁寧に解体して、木材をすべて倉庫に保管してある方も。
やはり、捨てるに忍びない…と感じている方はいるようで。



9月末。
古民家や古民具・古建具・古材の入手から販売への青写真はまだおぼろげながらなものの、強い可能性を感じ
これまた友人に住むところを相談。(思い返すに、本当にあれこれありがとう
知り合いにあたってくれたりしたものの、空き家になっていて、現在は他府県に住んでいても
盆暮れには帰ってくるからとか、なかなか風習的に人に貸す、ということがあまりないようで。
こりゃあ、住むところを見つけるには長期戦かなぁ、と思っていました。
仕事の面でもまだまだ詰めて考えなければならないこともたくさんあったし
新しい場所でイチから出直すにはやっぱり、いろんな計画や人脈や勇気や思い切りや…色々必要ですし、ゆっくり考えればいいかな…とも。



友人の住んでいるところは合併して「市」になっているのですが、隣町の「村」は合併しておらず
人口が少なく、行政の規模が小さいことが幸いして、村役場が移住のための住居の相談も行っていることを聞き、さっそく村役場へ。
総務課の方が対応してくださり、なぜ私たちが移住したいと考えているのか、どういう理由で家を探しているかを話しました。
すると、村営住宅というものもあるが、今は空きがないのと、犬はNGということ。
村が委託を受けて賃貸している物件もあるが一番早いもので11月に空くこと、そこはかなり古いのでどうか…ということ。
あと数件あるが、あく予定が未定か来年になる予定だということ。
その当時空いている物件はなかったので、外からのみ2~3件見せていただき、こちらも検討しますということでその場は別れました。

あ、そうそう、その時たまたま村営の託児所が保育士を4月からずーっと募集しているけれど応募がないことを知り
ムラビト2号は保育士資格を持っているのでその旨を伝えたところ、総務課のAさんの目がキラーンと光ったように見えたのは私だけかしら(笑)。




…で2、3日経ったある日、ムラビト1号のもとへ村役場から電話。

『先日聞いた古民家に関する事業も非常におもしろいし、今持っている不動産関係の免許や知識も村としても活用させてもらいたいので
村の臨時職員として働いてみる気はないか』
、ということでした。
前述したように、今住んでいなくても貸したり売ったりする気のない持ち主は多く、住んでいても持ち主の高齢化は如実。
そういう家はどんどん朽ちていくし、そうなると壊さざるをえなくなる。
村にある家々は個人の持ち物であるとともに村の資源でもあるのに、そうやって無くなっていくのを村としても危機感を持って見ていたようなのです。
そして、そのときにはムラビト2号も保育士として…というお話でした。



私たちとしては村に移住したとして、イチから村の方々と関係を作り、地道に自営する道を考えていたので
村役場の一員として関われることは生活の糧としてのみならず、信用の面からしても本当に本当にありがたいお話。
今、地方は本当に色々考えて頑張っているんだなぁとも思ったし、この決定の速さも合併せずに小さい単位の自治体であるからこそなんでしょう。
聞いた話では、合併しないと村が決意した直後に、村民の方へのお知らせを郵送したのではお金がかかるから、役場の人で手分けして手配りしたこともあるとか。
役場の方とお話していても村民に対して「お叱りを受ける」という言い方をしているのが印象的でした。
今どき市役所に行ってもそんな言い方をする職員、あまりいないと思いません!?
今後の村のあり方についても村民アンケートを取ったらしいのですが、対象者は小学校5年生(!)から帰省してくる方まで、という徹底ぶり。

そんなこんなを見聞きしていると、あぁ私たちもこの村の為に役に立ちたいと思うように。







それでは移住する時期は今後相談しながら決めましょう、ということで話がまとまり、その場は電話を切りました。

ムラビト1号も今の場所での仕事の締めくくり方もありますし、来年度くらいから、というのがキリがいいのかなーなんて考えていました。
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