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企業戦士を支えた妻

2024-02-28 08:18:28 | 日記
 毎月28日にブログに載せるという自分との約束がなかなか守れないですが、今月は大丈夫です。
 25日(日)、島根の弟の家族が京都へ来て、母に面会に来るということで同行しました。昨年11月の誕生日で103歳になった母は予想以上に元気でした。もっと老いぼれてやつれていると予想していましたが、顔つきがしっかりして体力的には元気でした。ただ、認知症は進んでいました。わたしと弟は分からなかったですが、甥っ子(母からは孫)を知っている顔と判断できました。そして、ひ孫に対して、「かわいい、かわいい」を連発し、もっとも意識がひ孫にいっていました。記憶がなくなっていっても、かわいいと思える感覚は残ることが分かりましたし、家族でもその関係性、つまり親子、きょうだい、孫関係、ひ孫関係というものがなくなっていくことが分かりました。
 30分もいなかったですが、最後に阿弥陀様が祀られている大きな部屋に同行し、弟が数珠を渡すと、お念仏が出てきました。弟とともにお念仏を唱える姿は、弟自身が涙声で喜んでいたのが、印象的でしたし、わたしも感動しました。

日本の簡単な女性史の4回目で、現在を載せます。

④企業戦士を支えた妻―高度経済成長下の女性
 戦後の日本は新しい憲法の下、象徴天皇制に変わり、天皇は「人間宣言」を行った。しかし、世襲であることは変わらなかった。また、皇室典範は法律となったが、天皇は「男系の男子」しかなれないと記されている。
 戸籍法も変わった。婚姻は相手の戸籍への入籍ではなくなったが、どちらか一方の姓に決めなければならない。現在もなお95%以上の女性が男性の姓へ変更しており、夫婦別姓は実現していない。
 戦後のベビーブームを規制する「優生保護法」は、女性の中絶を許可するものだったが、優生思想が明らかに存在したため、1996年「母体保護法」に変わった。しかし、条件つきの中絶はほんとうに女性の権利を守るものであろうか。
 戦後大きく変わったことは、家制度がなくなったことであり、その証は、憲法第24条である。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と謳われた。しかし、性別役割分業を解消することはできなかった。とくに高度経済成長下では、男性は「企業戦士」といわれ、家庭を顧みることもなく会社人間となって働いた。家庭を支えるのは、当然のように女性であり、妻が家事・育児・介護を一手に担った。1989年には専業主婦率がピークに達し、「男は仕事、女は家庭」があたりまえの社会であった。
 その性別役割分業はあらゆる分野に浸透している。女性の働き方は「男性並み」であることが求められ、第一子が生まれると仕事を辞める女性がいまだに多い。子どもの手が離れたときに仕事をもちたいと思っても、非正規の仕事しかないという現実がある。
 また、家制度的なものは、冠婚葬祭の「葬」のあり方(祭祀権)に残った。民法で仏壇・位牌・過去帳・墓などを継承することは「慣習」と謳われたので、戦前通りに継承されてきた。現在、葬儀のあり方は変化したが、墓に関するさまざまな問題で悩む人が多くなっている。
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