静岡古城研究会副会長:もっちーのブログ

静岡古城研究会副会長:望月のブログです。主に静岡県内の中世城郭関係の情報を発信します。※当ブログはリンクフリーです。

「南伊豆を知ろう会」で白水城をはじめとする伊豆半島南部の海城を紹介しました

2018-11-18 00:35:55 | 報告、その他お知らせ

11月17日(土)、南伊豆町の湯けむりホールで「第11回 南伊豆を知ろう会」が開催され、その中で「戦国時代の南伊豆と水軍の城」というタイトルで発表をさせていただきました。会場はほぼ満席で、地域の方々の関心の高さがうかがえました。

私の発表では、伊勢宗瑞(北条早雲)侵攻後、南伊豆は約100年間北条氏の安定した支配が続いたこと、南伊豆町で明瞭な城郭遺構の残る加納矢崎城、白水城を紹介し、特に白水城の遺構について、伊豆西南海岸の安良里城、安城山城などと比較しながらその特徴をお話しさせていただきました。

石廊崎の石廊漁港の東側 鍋浦山にある白水城は、25年程前の平成初めに整備がされたものの、現在は訪れる人も少なくだいぶ荒れた状態になっています。今回白水城をとり上げたことで、地域の方々の関心が高まり、白水城の再整備・活用につながれば良いと思います。

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SBSテレビ「イブアイしずおか」で山中城を紹介しました

2018-11-18 00:30:46 | 報告、その他お知らせ

11月7日と14日(いずれも水曜日)、SBSテレビ(TBS系)の夕方の番組「イブアイしずおか」の「しぞーか渡り鳥」というコーナーに少しだけ出演させていただき、三島市の山中城の紹介をしました。

実は、収録はだいぶ前の9月25日で、当日は写真でご覧のとおり、途中から雨の降るあいにくの天気でした。それでも、出演者のパッパラー河合さん(爆風スランプ)とSBSの重長アナウンサーと3人で楽しく話しながら、山中城の魅力を紹介することができました。テレビに出たのは初めてだったので結構緊張し、撮り直しの場面もかなりありましたが、終わってオンエアーを見てみると恥ずかしいやら楽しいやら、複雑な気分ですね。上手に編集してくださったSBSテレビのスタッフの皆さん、どうもありがとうございました。

これで山中城を訪れる人が少しでも増えてくれれば幸いです。(でも静岡県内のみの放送ですが)

 

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花沢城(焼津市)の現地説明会に行ってきました

2018-10-07 00:29:55 | 現地説明会情報・参加報告(静岡県内)

10月6日(土)、ただ今発掘調査が行われている焼津市の花沢城の現地説明会に行ってきました。

花沢城は、永禄11年(1568)12月に武田信玄が駿河に侵攻し今川氏真が駿府を追われた後も、今川氏の家臣大原資良により今川方の城として武田軍に対抗し続け、永禄13年(1570)1月に武田軍の猛攻により落城した城郭です。落城後は武田氏や徳川氏など、後から駿河を支配した大名により使用された記録はなく、今川氏の城郭の特徴を知る重要な手掛かりになるかも知れない城の一つです。

調査は雨天にたたられて一の曲輪(本曲輪)と二の曲輪の間の堀切にトレンチを入れて調査している最中とのことでしたが、堀切の斜面はしっかりと削られ人為的に急斜面にしている形跡が確認できました。

発掘調査は今後更に続けられ、2週間後の10月20日(土)にも現地説明会を行うとのことで、更なる成果が期待できると思います。(但し、私は仕事のため、残念ながら20日の説明会には行けませんが・・・)

なお、発掘調査もさることながら、一の曲輪から三の曲輪に至る主要な曲輪は草木の伐採が行われて、過去に花沢城を訪れた時より格段にきれいになっており、遺構が観察しやすくなっています。一の曲輪からは焼津・藤枝方面を一望に見渡すことができ、焼津市教育委員会と地元の方々が城跡の整備に意欲的に取り組み始めているのが伝わってきました。

       

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興味深い本(『戦国の城の一生』)が出ました

2018-09-23 01:49:50 | 刊行物のお知らせ

このほど、東北学院大准教授で伊豆の国市の韮山城跡整備部会の専門委員も務めておられる竹井英文氏が、吉川弘文館より『戦国の城の一生 つくる・壊す・蘇る』という著書を出されました。

この本は、戦国時代の城郭の築城からその維持管理、廃城、そして廃城後の「古城」の再興など、城の「一生」について、主に文献史料を用いて書かれていますが、著者の竹井氏は城の現地踏査も頻繁に行っており、津久井城など現地踏査に基づく裏付けもしっかり行われています。

城の「生涯」に関しては、今まで破城についての文献はいくつか見たことがありますが、築城から維持管理、廃城、再利用の一連のサイクルについて言及したものはあまりなかったような気がします。城郭の年代観や使用方法について一石を投じる興味深い著書だと思いますので、興味のある方は是非ご一読ください。

 

 

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栃木県の城郭を訪れました

2018-09-03 05:38:56 | 県外の城郭の情報

8月の後半、夏休みを取って栃木県の日光東照宮をはじめとする名所旧跡を訪れました。

城郭遺構の関係も、3つほどですが、観てきましたのでレポートします。

先ず、城ではありませんが、日光東照宮に行きました。日光東照宮は現在「平成の大修理」が大詰めにきており、既に奥の拝殿の部分を除き修理が完了していました。有名な陽明門や「三猿」、「眠り猫」等の彫刻がきれいになっていました。それにしても、以前に比べると海外からの観光客の多いこと。やはり、あの豪華さは外国人には受けるのかも知れませんね。

   

次に行った城は、那須神田城でした。この城は、那須与一でお馴染みの那須氏の居館と伝えられ、東西約130m×南北約160m大規模な方形居館址です。伝説では那須与一以前の平安時代後期から存続したとのことですが、やはり堀や土塁の規模から考えると、最終的には戦国期の改修があったのではないかと思われます。

   

次に、烏山城を見学しました。烏山城は室町時代の応永年間に那須氏によって築かれた城ということですが、その後近世に成田氏・大久保氏などが入り、明治維新まで使用された山城です。遺構は表面上は近世城郭の石垣などが随所に見受けられましたが、堀や土塁など中世の山城的な遺構もかなり残っているような印象を受けました。なお少し離れた民家の入口には、烏山城のものを移築したとされる、立派な門が残っていました。

    

次に、宇都宮城を見学しました。同城はもともと中世の宇都宮氏の築いた城でしたが、近世に本多氏などが入り、ここも近世城郭として戊辰戦争まで存続しています。近代以降、城跡は宅地などになり見る影もなかったということですが、近年になって公有地として城跡の一部は「復元」され、模擬的な櫓が建てられています。公有地化するにあたって「防災施設」としての機能を持たせたとのことで、写真のようにエレベーターや金属製の手すりなども設けられていました。まあ、ある意味城跡を「有効利用」していると言えるのではないでしょうか。

   

最後に、飛山城を見学しました。飛山城は古代に烽火(狼煙)を揚げる「烽家」として機能したのが出土した墨書土器から証明され、中世には下野の国衆である芳賀氏の居城として使用された城郭です。同城は発掘調査の後整備され、堀や土塁などが非常に見やすくなっています。櫓台を伴った横矢掛りなど見事です。曲輪内には発掘調査の成果に基づき、古代の竪穴建物、中世の掘立柱建物や竪穴建物などが復元されています。ガイダンス施設である「とびやま歴史体験館」も、コンパクトですがわかりやすい展示でした。ここは見る価値が大いにある城です。

      

栃木県は、近年圏央道と東北道がつながったおかげで、南の方なら静岡から4時間ぐらい、北の方でも5時間ぐらいで行くことができ、1泊すれば結構色々な城郭遺構が見られると思います。将来的に古城研究会の1泊見学会でも行ってみたいですね。

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