ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

インドに瞑想を求めて 4

2010年05月26日 | Weblog
  ☆アシュラムでの修行
 ヨガニケタンアシュラムでは、わたしがもっとも望んだ瞑想の講座があり、それは
朝5時と夕方6時の二回もあり、本当に嬉しかったです。
 朝は五時少し前に鐘の音を合図に、それぞれの宿舎から人が集まってきますが
とても寒いために、ほとんどの人が体に毛布を被って参加しました。
 その時は白人男性ばかりで、アジア人は一人もいませんでした。
初めて参加した時には、瞑想が始まる前に、メデテーションホールの前でグルーから
「ジャパニーズレデイス、咳が出ても、くしゃみが出ても、足がしびれてじっとして
いられなくなっても、すぐに退場するように」と、厳しく注意されました。
 実際に途中から静かに出て行く人も、何人かいましたが、お腹が鳴っても、足を少し
ずらしても聞こえるほどの静けさでした。
 でも決してはりつめたような緊張した雰囲気ではありませんでした。
対岸からはときどき幻想的なコーランが聞こえたり、ジーンと虫の鳴くような
音が聞こえたりしました。メデテ-ションルームは、瞑想を指導する先生の傍に
ほの暗い灯りが一つあるだけで、神秘的でありながらも、なぜか暖かいヴァイブ
レーションを感じました。わたしがそう感じたのは、きっと、わたしの一生の師に
なった先生がご指導なさっていたのも、理由の一つからかも知れません。
  ☆ヨーガクラスはわたしの指導法とそっくりだった
 瞑想が終わってからすぐに、ヨーガのアーサナがありますが、ポーズは
すべてサンスクリット語でしたが、わたしは日本ではインド人の先生から学んだ
ので全部分かりましたし、後は英語でしたが、指導はすべて理解できました。
 シバナンダアシュラムの厳しいアサ-ナに比べたら、天と地ほど違いのある、和やかで
大変楽しいレッスンでした。しばらくわたしは動物性タンパクを摂らず、アルコールを
飲まないためか、体がとても柔らくなり、座って両足を頭の後ろで組む、難しいポーズが
できて、スッカリ嬉しくなりました。
 そのポーズは先生にお願いして撮っていただいたのに、残念ながらその写真
を紛失したのは、お調子者のわたしは、それが嬉しくて、帰国してから色々な人
に見せたためかも知れませんが……
 レッスンの後には、リラクゼーションがあり、若い男性の先生の語りかける
「リラックス、リラックス、ヘッド、アイズ、ノーズ、アンド、イヤーズ」などの
声が大変心地よく感じました。他の人たちは毛布をかけているのに、寝袋の中に
入ってるいるわたし達が、その先生はとても可笑しいらしく、ときどき声を出して
笑いました。
 
 わたしはその頃すでにヨーガ教室を開いていましたが、独自の指導法を
「リラックス・ヨーガ」と名前をつけましたが、あの時代は「リラックス」「ストレス」
など、まだ一般的な言葉ではなかったのです。
 インドのヨーガレッスンでも、リラックスを取り入れているので驚き、わたしの
指導法と同じなのだと、大いに自信を持ち、スッカリ嬉しくなりました。

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