蒲田耕二の発言

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於染久松

2014-05-15 | ステージ

かつて6人の俳優が寄ってたかってボブ・ディランを演じる奇抜な映画があったが、歌舞伎には一人の役者が複数の役を演じる趣向がある。通称『お染の七役』で知られる出し物がその一つ。なにしろ、恋人同士のお染と久松まで一人で演じてしまうんだから、ハチャメチャである。『東海道四谷怪談』を書いた鶴屋南北の作。

これが前進座の恒例、国立劇場五月公演の舞台に掛かっている(21日まで)。主演は無論、当代最高の女形、河原崎国太郎である。4年前、この人が演じた悪婆(悪女)ものの『切られお富』の面白さといったらなかった。強請に行った帰り、相手が買ったばかりの草履を行き掛けの駄賃に履いて帰るところなど、いま思い出しても笑いがこみ上げる。

一人で何役も演じ分けるカギは、早替わりという歌舞伎のケレンの一つだ。カツラと衣装の素早い交換で、するりと別のキャラに成り代わる。瞬時に替わる衣装のあざやかな色調の対照も見所だ。

もちろん、見掛けだけ替えればいいのではない。異なったキャラの性格的オーラを役者はきちんと演じ分けなければならない。国太郎は開幕早々、おぼこのお染、金も力もない色男の久松、しっかり者の奥女中、色っぽい芸者に次々早替わりする。そのたびに立ち居振る舞いと声音がガラリと変わり、もう客席は大喜びである。

ほんの数十秒の間隔で別人になりきり、ステージの上手や下手や、果ては客席の後ろから出てくるのだから、ほとんどサーカスに近い。舞台裏は、さぞ大変だろう。

しかし、いちばん輝いて見えたのは、やっぱり強請に押しかける悪婆に扮したときだった。2幕で登場する娼婦上がりの大年増、土手のお六である。国太郎は自分の声音でもっと低い音域を使って凄みを出しながら、どこか間の抜けたお六の憎めない悪女ぶりを誇張の嫌味なく表現する。

終盤、恋人たちの逢瀬はさすがに早替わりだけでは物理的に無理で、吹き替えが使われるが、その虚構も観客は承知の上でニヤニヤ笑いながら楽しむ仕掛けだ。

大詰めは、お六と捕り手の様式化された大立ち回り。こういう華やかな幕切れを見ると、プリマドンナの大掛かりなアリアで締めくくるベルカント・オペラと歌舞伎の相似性を認識せずにいられない。

去年の五月公演は生まじめ一方の真山青果で、ちょっとシンドかったが、歌舞伎はやっぱりこういうぶっ飛んだ脱論理、脱倫理じゃないとね。めっちゃ面白いです。

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