memorandum

web clipping+







広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

「わたしは神の仕事をしている一人のバンカーにすぎない」 byロイド・ブランクフェイン

2010-04-20 | clipping
Bloomberg.co.jp|【コラム】ゴールドマンCEOは「神の使い」のバンカーか-Jワイル 2009/11/13 11:48
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920021&sid=aslzzRmAqTN8


11月12日(ブルームバーグ):米コメディー映画の傑作「ブルース・ブラザーズ」(1980年)を思い出させる発言だった。

米ゴールドマン・サックス・グループのロイド・ブランクフェイン最高経営責任者(CEO)は英紙サンデー・タイムズの記者に、自分は「神の仕事をしている」1人のバンカーにすぎないと語った。同紙はもちろん、この言葉を先週末のゴールドマンに関する記事の見出しに使った。ブルース・ブラザーズでは、ダン・エイクロイド扮するエルウッドが「おれたちゃ神の使いだ」と言い放ったが、この2つの発言に違いはあるのだろうか。

  ゴールドマンの広報担当者、ルーカス・バンプラーグ氏は、ブランクフェインCEOは言葉が額面通りに受け取られるとは考えていなかったとして、質問に対して「皮肉」で答えたのだと電子メールで説明した。近況を聞かれ、冗談で「夢が実現しているよ」と答えるようなものだと述べた。

  同氏は「サンデー・タイムズは発言の文脈を完全に理解していたが、記事を面白くするために『ひねり』を効かせることにしたのだろう」と付け加えた。ブランクフェインCEOにとっては迷惑な話だろう。

  同CEOの「神の仕事」発言は面白いキャッチコピーになった。金融ウェブサイトのネーキッド・キャピタリズムはこの発言に対し「素晴らしい! では皆さんに無報酬で働いてもらいましょう」と応じた。ゴールドマンは今年、200億ドル(約1兆8000億円)以上を従業員の報酬として支払おうとしている。

  ロンドンの大きな教会ではこのところ、金融界の大物たちが招かれて説教し、しきりと神を引き合いに出して世界の銀行システムと、それが生んだとされる不平等を擁護した。

              自己愛

  20日にはゴールドマン・サックス・インターナショナルの顧問、ブライアン・グリフィス氏がセントポール寺院で自己愛を説いた。ブルームバーグ・ニュースが報じたところによると、同氏は「自分を愛するのと同じように他者を愛せというイエスの教えは、自己の利益を肯定している」と語り、「より大きな繁栄を達成するため、またすべての人に機会を与えるため、不平等を受け入れなければならない」と論じた。英銀バークレイズのジョン・バーリー最高経営責任者(CEO)もロンドンの教会で、「利益は悪魔的なものではない」と説いた。

  「大き過ぎてつぶせない」組織と神様に、いったい何の関係があるというのだろう。だが考えてみると、損失を社会のものに、富を自分のものにした銀行業界への民衆の怒りが神学論争へと発展するのは不可避だったのかもしれない。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)やダークプールなど、ウォール街の一部の発明品はあまりにも複雑で、銀行経営者も完全には理解できない。ボーナスについて宗教的に説明する方がずっと簡単だ。そうすれば一般の人々にも、少なくとも彼らが何を言っているのかが分かる。

理解可能な説明

  わたしは、CEOの発言についてゴールドマンから何らかのもっともらしい説明があることを半ば期待した。例えば、ブランクフェイン氏は自分の時間をすべて神の仕事に割いていると言ったわけではなかった、銀行経営の合間にしているのだ、とか。

  もう1つの妥当な説明として、ゴールドマンを笑い話のネタにすること自体が神の仕事だというのも考えられる。そして、ブランクフェイン氏は自身の発言によって世間にこの機会を提供したのだと考えてもいい。

  しかしブランクフェイン氏は、この「神の仕事」発言を貫こうとはしなかった。ひどく目立った記事の見出しに巻き起こった批判の前に、同氏は引き下がった。ゴールドマンやその仲間たちの分割を望む人々は、同氏が再び引き下がる日が来ることを願っているに違いない。(ジョナサン・ワイル)

(ジョナサン・ワイル 氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)
更新日時: 2009/11/13 11:48 JST

===

Bloomberg.co.jp|SECがゴールドマンを提訴、CDO組成で詐欺的行為(Update2) 2010/04/17 07:39
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90900001&sid=aM1YAIYrY.nA


  4月16日(ブルームバーグ):米証券取引委員会(SEC)は、米投資銀行のゴールドマン・サックス・グループを提訴した。債務担保証券(CDO)の組成と販売で詐欺的な行為があったと主張している。CDOは、大恐慌以来最悪となった金融危機の一因とされている。

  SECの16日の発表によると、ゴールドマンは2007年初め、米住宅市場が悪化するなか、サブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローンの価格動向に左右されるCDO「アバカス」を組成し販売した。この際にゴールドマンは、ヘッジファンド会社ポールソンがポートフォリオ内の証券の選択を手助けすると同時に、これらCDOの下落を見込む取引をしていた事実を開示しなかった。

  資産家ジョン・ポールソン氏が経営するポールソンは、この取引で10億ドルを稼いだが不正行為に問われていない。SECはCDOの組成にかかわったゴールドマンのバイスプレジデント、ファブリス・トゥール氏も提訴した。

SEC法規執行局のロバート・クザミ局長は声明で「商品は新しく複雑だったが、欺瞞(ぎまん)と利益相反は昔ながらで単純だ」とし、「ゴールドマンは住宅ローン市場の下落に大きく賭けていた顧客の1人が、投資ポートフォリオに含める住宅ローン証券の選択に強い影響を及ぼすことを許した。一方で、他の投資家に対して、投資対象証券は独立した客観的な第三者によって選定されていると説明していた」と論じた。

  ゴールドマンの株価は前日比23.57ドル(13%)安の160.70ドルで終了。SECの発表後は一時16%安となった。

           「根拠のない」主張

  ゴールドマンは、「SECの主張には法的根拠が全くなく、事実無根だ。強く異議を唱え、当社とその信望を守る考えだ」との声明を発表した。

  SECの主張によれば、現在31歳のトゥール氏は07年1月に友人に電子メールを送り、サブプライム住宅ローンに関連したCDOを指し「建物全体が崩壊寸前だ」と指摘した。SECはメールの送付相手については確認していない。ブルームバーグ・ニュースはトゥール氏に電話でコメントを求めたが、同氏は忙しいとの理由から断った。同氏の代理人、パメラ・チェピガ氏からは今のところ返答がない。

  SECは、ゴールドマンとトゥール氏について、ポールソンが証券の選択において重要な役割を果たし、同時に下落を見込む取引をしていたことを開示すれば、CDOの販売は不可能とまでは言わないまでも、難しいものになると分かっていたと指摘した。

更新日時: 2010/04/17 07:39 JST

===

ソフトバンク株式会社|略歴:マーク・シュワルツ
http://www.softbank.co.jp/ja/info/profile/officer/member_09/


取締役
マーク・シュワルツ

* (社外取締役)MissionPoint Capital Partners, LLC Chairman

1979年(昭和54年) 7月 Goldman, Sachs & Co.投資銀行部門入社
1988年(昭和63年) 11月 同社パートナー
1996年(平成8年) 11月 同社マネージング・ディレクター
1997年(平成9年) 6月 ゴールドマン・サックス証券会社社長
1999年(平成11年) 7月 Goldman Sachs-Asia会長
2001年(平成13年) 6月 当社取締役
2003年(平成15年) 1月 Soros Fund Management LLC President and CEO
2004年(平成16年) 6月 当社取締役退任
2006年(平成18年) 1月 MissionPoint Capital Partners, LLC Chairman(現任)
2006年(平成18年) 5月 MasterCard Incorporated Director(現任)
2006年(平成18年) 6月 当社取締役(現任)

===

ソフトバンクのロゴマークは海援隊旗のパクリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kaientai_Flag.svg

何でも今年の入社式で孫社長が「ソフトバンクは実質的に坂本龍馬が創業した会社です」と訓示をたれたとか

ちなみに海援隊旗は東インド会社の旗をシンプルにしたもの
http://www.crwflags.com/Fotw/flags/gb-eic.html#flag

===

関心空間|『坂本龍馬の黒幕』「グラバー邸」のトーマス・グラバー
http://www.kanshin.com/tb/keyword-913048


昼間、『龍馬の黒幕』という番組を見た。とても面白かった。シランかっただけだが(笑)武田鉄矢も大好きなあの維新のヒーロー、
坂本龍馬。彼は要するに、国際的な武器商人にうまい具合に利用されてたようで…。
その黒幕てのが長崎の名所「グラバー邸」の主人で明治維新の黒幕とも言われる『トーマス・グラバー』さんであります。龍馬と遭遇したと推測される頃、トーマス君は、たったの25歳の若造。その肩書きは「アヘン戦争」で大儲けした武器も扱う商社ジャーディン・マセソン商会の長崎代理人「グラバー商会」のボス。まっ若造やし、他社がほとんど侵食していない弱っちいショボイ極東の小さな島国でも担当しとけっ!て事なんでしょうね。
んで、トーマス君は長崎で、伊藤博文をはじめ、有名な志士を密航でイギリス渡航させ、自分家に寝泊まりさせたり(経費節減やろなー、若手社員は辛い・笑)して、倒幕せなあかんがなーと説得。その歩みを完全バックアップ!!軍艦も銃もババンと…信用払いで大奮発!本部に、ええとこ見せなあかんし(笑)
また徳川慶喜の側近「西 周(にし・あまね)」も実はフリーメーソンで、彼と志士を欧州で密談させ…実は天皇側からも開国をアプローチさせてたりと頑張った(笑)しかし、肝心の悩みは、国内を回って情報を集めたり、ビジネスの交渉に向かってくれる人。でも自分は長崎出島を離れられない!……それを解決したのが…『坂本龍馬』だったのでは。
つまり
★国内営業部(笑)………「亀山社中」
★担当営業部長(笑)……「坂本龍馬」
龍馬部長が全国の藩を船で回って営業・交渉・諸藩の情報集めなど全てを担当。グラバーの後ろ楯のもとよく働いてくれる(笑)
----------------
【終】明治維新に成功したもののグラバー商会は、諸藩の掛け売り回収ができず倒産。でもトーマス君は、土佐出身の岩崎弥太郎経営の三菱の顧問となり、何不自由なくその生涯を終える(笑)
----------------
●トーマス・ブレイク・グラバー
http://www.at-nagasaki.jp/archives/...(※英国→上海→長崎派遣が正しい)
●面白いのが日本最初のフリーメーソン支部が「オテントウサマ・ロッジ(支部をロッジと言う)」オテントウサマとは龍馬の船の名前(笑)
●また一つの勿論、推測な話ですが(トーマス君の策謀により)龍馬が暗殺されたってのは、操られてたのに気付き、日本国内での内戦への発展を阻止したかったとも…。
※番組によれば、トーマス・グラバーがフリーメーソンだったという物的証拠は掴めなかったという。彼が入会したと思われる上海ロッジの記録が第2次大戦で消失したと言う。

■番組の紹介
http://www.hbc.jp/tv/info/ryoma/
http://www.yomiuri.co.jp/...
http://blog.livedoor.jp/yasuchan00/...
原案:加治将一『石の扉 フリーメーソンで読み解く歴史』(新潮社刊)
http://book.shinchosha.co.jp/cgi-bin/...
■ロケ地
http://www.at-nagasaki.jp/archives/...
※グラバー邸の石碑の一つにはフリーメーソンのマークが…
◆このネタは以前から有名だそうです。
http://www.asyura.com/0406/...
http://www.asyura.com/0306/idletalk2/...
『あやつられた竜馬  明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』
http://www.bk1.co.jp/product/2643217

===

亀山社中(のちの海援隊)のリーダーは坂本龍馬ではなく小松帯刀ではないのかという説が週刊朝日2010年3月26日号にのっている。『海援隊秘記』の著者で、シーボルト記念館の織田毅(おりた たけし)さん。p.110参照。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E6%B8%85%E5%BB%89

小松 清廉(こまつ きよかど、天保6年10月14日(1835年12月3日) - 明治3年7月20日(1870年8月16日))は薩摩藩士、明治時代初期の政治家である。本姓は平氏(平惟盛入婿により建部氏より改姓)。家系は禰寝氏嫡流の小松氏当主。通称は尚五郎、帯刀。元の諱は兼才。官位は従四位玄蕃頭。家紋は抱き鬼菊の葉。一般には小松帯刀(こまつ たてわき)の呼び名で知られる。

経歴・人物 [編集]
天保6年(1835年)、薩摩国鹿児島城下の喜入屋敷にて喜入領主・肝付兼善(5500石)の三男として生まれる。安政3年(1856年)、吉利領主・小松清猷(2600石)の跡目養子となって家督を継承し、宮之原主計の養女となっていた清猷の妹・千賀(近)と結婚した。安政5年(1858年)、帯刀清廉と改名。

長崎で西洋水雷などを研究した後の文久元年(1861年)、島津久光に才能を見出されて側近となり大久保利通と共に藩政改革に取り組んだ。文久2年(1862年)には久光による上洛に随行し、帰国後は家老職に就任した。薩英戦争では、研究した水雷を鹿児島湾に配置するなど尽力する。戦後は集成館を再興して特に蒸気船機械鉄工所の設置に尽力する一方で、京都に駐在し主に朝廷や幕府、諸藩との連絡・交渉役を務め、参与会議等にも陪席した。他方で御軍役掛、御勝手掛、蒸気船掛、御改革御内用掛、琉球産物方掛、唐物取締掛など兼務するなど藩政をリードし、大久保や町田久成とともに洋学校開成所を設置した。禁門の変では幕府から出兵を命じられるも当初は消極的な態度を示したが、勅命が下されるや薩摩藩兵を率いて幕府側の勝利に貢献した。戦後、長州藩から奪取した兵糧米を戦災で苦しんだ京都の人々に配った。第一次長州征討では長州藩の謝罪降伏に尽力している。

在京中は土佐藩脱藩浪士の坂本龍馬と昵懇となり、亀山社中(のちの海援隊)設立を援助したりその妻であるお龍の世話をしている。長州の井上馨と伊藤博文を長崎の薩摩藩邸にかくまってグラバーと引き合わせ、その後、井上を伴って鹿児島へ行き薩長同盟の交渉を行った。なお薩長同盟における密約や桂小五郎が滞在したのも京都における清廉の屋敷であったと伝えられる。

イギリスと薩摩の友好に尽力し、五代友厚らを密かにイギリスへ留学させた。また英国公使ハリー・パークスを薩摩に招き、島津久光と引き合わせた。兵庫が開港されると、大和交易コンパニーという株式会社を設立して貿易拡大にも努めた。第二次長州征討には反対し、慶応3年(1867年)の薩土盟約や四侯会議など、諸藩との交渉に関与した。討幕の密勅では請書に、西郷隆盛・大久保利通とともに署名している。大政奉還発表の際は藩代表として徳川慶喜に将軍辞職を献策し、摂政二条斉敬に大政奉還の上奏を受理するよう迫った。西郷・大久保とともに薩摩に戻って藩主島津忠義の率兵上洛を主張する。上洛の随行が命じられるも、病によりこれを断念している。明治2年(1869年)9月、明治維新の功により賞典禄1000石が授けられる。

新政府においては、総裁局顧問、徴士参与や外国事務掛、外国官副知官事、玄蕃頭などの要職を歴任した。フランスが、江戸幕府の借金を新政府が返済しないなら横須賀造船所を差し押さえると主張した際、清廉と大隈重信はイギリスから資金を借りてフランスに返済して窮地を脱している。他にも堺事件や浦上四番崩れの交渉を行った。またグラバーや五代友厚とともに、日本初の西洋式ドックを備えた小菅修船場を建設した。明治2年(1869年)、病気により依願退職。版籍奉還では、久光を説得し率先して自らの領地を返上して範を示した。

明治3年(1870年)に36歳の若さで大阪にて病死し、最期は妾の琴(琴仙子)が看取った。墓地は鹿児島県日置市日吉支所(旧日吉町役場)の南1キロの祢寝家・小松両家歴代墓所。

===

Amazon.co.jp |海援隊秘記―1867年長崎。龍馬と弥太郎が歴史を変える (単行本) 織田 毅 (著) 価格: ¥ 1,575
http://www.amazon.co.jp/%E6%B5%B7%E6%8F%B4%E9%9A%8A%E7%A7%98%E8%A8%98%E2%80%951867%E5%B9%B4%E9%95%B7%E5%B4%8E%E3%80%82%E9%BE%8D%E9%A6%AC%E3%81%A8%E5%BC%A5%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%8C%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B-%E7%B9%94%E7%94%B0-%E6%AF%85/dp/4864030065


商品の説明
出版社/著者からの内容紹介
「私の頬に、知らず涙が溢れた」
(龍馬が長崎を離れるとき その船を見送って)-岩崎弥太郎日記より

龍馬の長崎時代を
丹念に調査してきた
著者が掘り起こす、
激動の日本を動かした
二人の若者の真実!

この本のタイトルは、「海援隊商事秘記」という海援隊の商事記録
に由来している。龍馬が組織した海援隊の本部は長崎に置かれ、龍
馬の活躍を支えた。この本は、長崎を軸として、龍馬の生涯と事績
とを、今までとは違った視点から描こうとした、いわば「もう一つ
の龍馬伝」である(本書「あとがき」より)

目次
プロローグ 龍馬と弥太郎が駆け抜けた街・長崎
 龍馬・弥太郎、長崎の恋/暴れ者の称号-亀山の白袴/海援隊本部の謎/
 一途に生きた岩崎弥太郎/弥太郎の孤独な戦い/龍馬と弥太郎はいつ出会ったか/
 二人に共通の趣味があった/龍馬が見た"長崎"という風土/
 弥太郎と「世界の海援隊」/風頭山から

第1章 坂龍飛騰-龍馬が故郷を飛び出した
 郷土・坂本家のこと/龍馬は愚童だった? /西洋砲術も学んだ龍馬/
 "物に構はぬ"と記された龍馬の人となり/いざ、脱藩す/
 日本第一の人物・勝海舟への入門

第 2章 龍馬、長崎へ-国際交渉の最前線で見たもの
 長崎へ向かう海舟と龍馬/長崎での外交交渉/盛んに行われた諸藩士との交流/
 長崎滞在中の龍馬の行動/長崎で見た国際交渉の最前線/薩摩藩船で鹿児島に/
 社中が結成される/「亀山社中」という名称と場所/社中は小松帯刀がつくった?

第3章 「亀山社中」の誕生-長崎で動き出した"龍馬の夢"
 長州藩の小銃・軍艦購入プロジェクト/さまよえる軍艦・ユニオン号/
 近藤長次郎の自決/長治郎はなぜ死ななければならなかったのか/
 薩摩藩が木造帆船を購入する/ワィル・ウェフの遭難/龍馬と社中が下関海戦に参加/
 龍馬の後援者・小曽根英四郎の拘留/大政奉還の提案/
 薩摩藩の支援による西洋帆船の購入/幻となった「馬関商社」/
 同郷の友人・溝渕広之丞との再会/親密さを増す龍馬と木戸孝允/
 龍馬、長崎・清風亭会談へ/お龍が見た長崎

第 4章 社中から海援隊へ-龍馬が育てた"近代日本のゆりかご"
海援隊の結成/岩崎弥太郎、登場/海援隊の結成と業務/海援隊の顔ぶれ/
 海援隊の金庫番だった岩崎弥太郎/海援隊が遺した大きな財産/蒸気船いろは丸の沈没/
 国境の島・竹島の調査/紀州藩士による龍馬暗殺未遂/
 談判の勝利とコマーシャル・ソング/談判場所について/賠償金の内訳/
 いわゆる 「船中八策」について/佐々木日記の八策/賠償金減額の舞台裏

第5章 海援隊の活躍と苦悩-イカルス号事件・長崎との永遠の別れ
 事件はなぜ起こったのか/イカルス号事件と弥太郎/長崎滞在、最後の三十四日間の軌跡/
 海援隊士の居場所/玉川亭で行われた会談/嫌疑が晴れて事件は解決へ/
 長崎に残る龍馬の筆跡/水夫たちの墓標/最期の商事活動・ライフル銃購入/
 最後の帰郷、そして大政奉還

第6章 岩崎弥太郎と盟友・龍馬-二人が目指した"世界の海援隊"
 弥太郎の故郷/初めて訪れた長崎での挫折/海援隊そして龍馬との出会い/
 いろは丸沈没事件と盟友・龍馬/出世街道をひた走る/
 イカルス号事件と横笛の出帆停止命令/酒を酌み交わす仲/
 「龍馬死す」の衝撃を語る日記/夢を継ぐ者-その後の岩崎弥太郎

第7章 その後の海援隊-龍馬死す・龍馬をめぐる長崎の人々
 一、龍馬死す
 海援隊士・関の自刃/関の墓所が発見される /その後の海援隊
 二、龍馬をめぐる長崎の人々
 小曽根英四郎/大浦ケイ/トーマス・グラバー/平野富二/お元(もと)/村瀬三英

長崎・龍馬関係資料集
 【コラム】『竜馬がゆく』と長崎/龍馬は長崎に何回来た?/龍馬とウナギ

登録情報

* 単行本: 239ページ
* 出版社: 戎光祥出版 (2010/01)
* ISBN-10: 4864030065
* ISBN-13: 978-4864030069
* 発売日: 2010/01
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 戦後日本人「受動攻撃性人格... | トップ | ユダヤ人がエルサレムで反シ... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

clipping」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事