小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

消費増税の賛否を問う世論調査を実行せよ

2018年10月12日 00時58分32秒 | 政治


 2018年10月10日、NHKラジオ午後6時の「Nらじ」という番組で、社会保障問題を取り上げていました。その中で、女性の解説委員(?)が、全額社会保障費に充てるはずだった消費税の使い道の8割が国債の借金返済に充てられているのはおかしいと、かなり激しい調子で訴えていました。
 これは確かにおかしいので、そのことを指摘する意味がないわけではありません。しかし議論がそこをめぐってしまうと、本質的な問題が隠されてしまいます。
 本質的な問題とは、2019年10月に予定されている消費税10%への増税が、日本経済に対してどんな壊滅的な打撃を与えるかという問題です。
 Nらじの解説委員の叫びは、もし消費税が社会保障費に充てられるなら、増税してもかまわないと言っているようにしか聞こえません。それが間違いのもと。

 先に筆者は、経済思想家の三橋貴明氏が主宰される「『新』経世済民新聞」に、「国民の思考停止」と題した一文を寄稿しました。
https://38news.jp/economy/12380
 この記事で筆者は次のようなことを指摘しました。
 社会福祉に限らず、メディアでの社会問題の取り上げ方はみな個別的です。その個別問題について詳しい専門家を連れてきてディテールを紹介し、その深刻さが語られます。ところが、さてどうするかという段になると、ほとんどが、解決のためにはこれこれの努力が必要だといった精神論に終始するのです。
 解決に導くための資金をだれが出すのか、そのために何が必要か、だれが資金提供を阻んでいるのかという問題にけっして議論が及びません。総合的に政策を見ようとする視野がちっとも開かれないのです。目の前に梁(うつばり)がかかっているのですね。

 さて右の問いの答えははっきりしています。中央政府が、問題ごとに国民の生命、安全、生活にかかわる度合いを判断して、そのつど優先順位を迅速に決め、国債を発行して積極的に財政出動すればいいのです。そしてそれを阻んでいるのが、財務省の緊縮財政路線です。これが消費増税の必要を正当化させています。
 消費税10%への増税は、財務省が税収増を見込んで、その「増えた税収分」によって負債の返済を賄い、歳入と歳出のバランス(プライマリーバランス)をゼロに持っていこうという「財政均衡」の目論見です。財務省は、この目論見を果たすために、日本では原理的に起きるはずのない「財政破綻の危機」をでっちあげて、国民の不安をあおるという戦略をとり続けてきました。
 ところが第一に、税の割合を増やすことは必ずしも税収そのものの増加にはつながりません。それどころか、これによって消費は減退し、中小企業は納税に四苦八苦、新たな投資がますます控えられます。するとGDPが下がるので、プライマリーバランスの赤字はかえって拡大してしまうのです。
 第二に、消費増税には、経団連など、大企業グループの要求する法人税減税の肩代わりという意味があります。経団連だけではありません。つらい経営を強いられている中小企業の代表であるはずの日本商工会議所の幹部までが、財務省のペテンに引っかかって、増税の必要を叫んでいます。もちろん、与野党を問わず、ほとんどの政治家も、マスコミも、このペテンに引っかかっています。まことに何をかいわんやです。
こうして10%への増税は、特に国民の低所得者層をますます苦しめ、日本を亡国に追いやる最悪の政策なのです。

 このブログを好意的にご覧になってくださってきた方々は、みな、こんなことはとっくにご存知でしょうから、あえて筆者が改めて取り上げるにも及ばないのですが、問題は、冒頭に例示したように、国民のほとんどが、財務省主導の消費増税の実施こそ現政権が抱える根本悪の一つであるという事実に気づいていないということです。
 国民は、2014年4月における5%から8%への増税がいかに救いがたい禍根を残したかについて忘れてしまったのでしょうか。わずか4年半前のことなのに。
 日本人は健忘症だとは昔からよく言われることですが、最近はこれに麻痺症という新しい症状が付け加わっています。というのは、先の増税時の禍根は、まだそのまま続いているのに、ごく少数の例外を除いて、だれもそのことを指摘しないからです。GDPは他の諸国に比べてわが国だけがまったく伸びず、実質賃金は下がり続けています。

 たとえばあなたが強制収容所に入れられたとします。過酷な労働と、腹を満たすには到底足りない貧弱きわまる食事。しかしそこから脱出する方法が絶対にないのだとしたら、その劣悪な条件を受け入れて、生きられるだけ生きるしかありません。そのうちに、その劣悪な条件にしだいに慣れてきて、これがひどい事態だということをそれほど感じなくなってしまうでしょう。つまり感覚が麻痺してしまうわけです。
 今の普通の日本国民が置かれている状態は、ちょうどこのたとえが当てはまります。強制収容所とは、25年近くにも及ぶデフレ不況であり、感覚の麻痺とは、それが当たり前だと思ってしまうことです。
 97年の橋本政権のとき、消費税が3%から5%に引き上げられ、これをきっかけにして日本は深刻なデフレに突っ込みましたが、その時生まれた子は、いまや21歳の青年です。彼らは繁栄を知らず、日本がデフレから脱却できない貧困国であるとしか認識できないのです。
 ちなみにこの時の増税によって、税収はかえって減ってしまいました。財務省は自縄自縛をやってのけたのです。そうしてこの自殺行為は今も国民を巻き込みながら続いているわけです。

 「消費増税は必要だ」、または「消費増税はやむを得ない」という黒魔術の呪文がいかに功を奏してきたかは、このわずか4年半における、マスコミの反応を追いかけることによって明らかとなります。

 まず、2014年の増税時からおよそ半年たった同年9月末と10月下旬における世論調査を調べてみましょう。

 《日本世論調査会が9月末に行った全国世論調査によると、消費税を10%に引き上げることについて、アンケートに答えた方の72%が再増税に反対していたことが判明しました。賛成は僅かに25%だけで、国民の大多数が増税に反対していることを示しています。また、4月に行われた3%の増税で、「家計が厳しくなった」と感じている方は82%に達しました。
一方で、政府が有識者を対象にしたアンケート調査では、6割が「再増税に賛成する」と答えたとの事です。この二つの調査は同じような質問をしているのに、全く異なった結果になったのは非常に面白いと言えます。

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-4087.html

 《
産経新聞社とFNNの合同世論調査で、消費税率の10%への引き上げについて68・0%(前回比2・6ポイント増)が反対し、賛成は29・8%(同2・3ポイント減)だった。性別、年代、支持政党別で見ても、すべてで反対が賛成を上回った。(中略)一方、安倍晋三政権の経済政策アベノミクスによる景気の回復を「実感していない」と答えた人は80・6%で、「実感している」(15・7%)を大きく上回った。》(産経ニュース 2014年10月21日)
lhttps://www.sankei.com/politics/news/141021/plt1410210018-n1.htm

 ご覧のように、この時期では、一般庶民は七割が反対しています。消費税は毎日の生活や生産活動に直結しているので、増税のダメージがいかに大きかったかを表しているでしょう。
 それにしても、「政府が有識者を対象にしたアンケート調査では、6割が『再増税に賛成する』と答えた」とは何事でしょうか。政府の意識的な印象操作もさることながら、「有識者」なる存在がいかに裕福な生活をしつつ庶民の実感と乖離した空理空論にふけっているか、容易に想像されようというものです。

 3年後の2017年10月の総選挙前に行われた調査では、次のようになっています。

 《毎日新聞が13~15日に実施した特別世論調査で、2019年10月に予定される消費税率10%への引き上げの賛否を聞いた。「反対」との回答は44%で「賛成」の35%を上回った。「わからない」も15%あった。衆院選で自民党などは増税分の使途変更、希望の党などは増税凍結を主張するが、世論は割れている。》(毎日新聞2017年10月16日)

 「反対」が激減していることがわかります。まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ですね。しかもこの調査では、選挙の争点として消費増税を挙げた人はわずか6%に過ぎませんでした。

 最後に、直近で、今年の夏、121の主要企業を対象にした政府の調査ではこうなっています。

 《平成31年10月に予定されている消費税率の10%への引き上げについて聞いたところ、「予定通り実施すべきだ」と回答した企業は60%に上り、「再延期すべきだ」の3%、「引き上げるべきではない」の2%を大きく上回った。少子高齢化で社会保障関連費用の増大が見込まれる中、財政健全化に向け、増税が欠かせないとの見方が強まっている。予定通りの実施を求める企業からは、「20%台の税率が当たり前となっている欧米諸国のように、消費税率のさらなる引き上げも検討すべきだ」(石油元売り)との声も出た。》(産経ニュース 2018年8月14日)

 何しろ「主要企業」ですからね。グローバル企業に決まっています。石油元売りなどは、原油価格の高騰による経営難を逃れるために、法人税減税を要求して、そのしわ寄せをすべて一般国民に押し付けようとしているのが見え見えです。

 こうして、財務省が長年苦労して作り上げた増税物語が完成に近づいています。「財政健全化のためには」などと緊縮真理教の教義の宣伝を、この人たちは自ら買って出ていますが、自国通貨建ての国債で、統一政府の一部である日銀が通貨発行権を握っている日本において、財政破綻など100%ありえない。
 しかも大量の金融緩和で日銀が買い取った国債は既に400兆円を超えています。そのぶんだけ、いわゆる「国の借金」は消滅しているのです。この簡単な理屈がわからないおバカな人たちばかりが有力者になっているこの国の狂乱状態は、はかり知れません。

 そしてもう一つ大事なことを強調しておきます。
 2018年以降、消費増税についての賛否を問う全国世論調査が行われた形跡がないのです。筆者もずいぶん探しましたが、限られた時間のせいもあり、見つけることができませんでした。
 これは何を意味しているでしょうか。
 増税の時期が刻々と迫っているというのに、この大問題について、マスコミは右から左まで知らん顔を決め込んでいるのです。そういうことをきちんとやるのが、マスコミの役割なのに、彼らはこうした最低限の責任すら果たそうとしません。
 いまや政治家、官僚、御用学者、マスコミ、末端の国民に至るまで、税率アップは既定路線であると錯覚させられていて、あたかもだれも疑問を持たないということになってしまっているわけです。
 さて、本当はどうなのでしょう。朝日から産経まで、試しに増税に賛成か反対か、大々的な世論調査(あらゆる階層を対象に2万人規模くらい)をやってごらんなさい。結果を見て安倍政権はどうするか、総理の顔が見たいものです。

 強制収容所であれば、強大な監視の力と空間的な制約に取り囲まれていますから、脱出はまず不可能です。この状況では、諦めるよりほかにほとんど手はありません。しかしデフレ不況は違います。これを作り出しているのは、財務省を筆頭とする、極端な緊縮財政論という狂った考え方なのです。
 私たち国民は、頭を使うことによって、この狂った考え方を訂正させることができるはずです。その考え方を訂正させる最も差し迫った目標として、消費増税を阻止するという政治課題があるわけです。
 水害、台風、地震など、うち続く自然の猛威による多くの死者。
 電気、水道、道路など各種インフラの劣化によってこれから予想される大災害の懸念。
 高速交通の未整備による大都市圏と地方の格差。
 これらは、みな国債発行による公共投資はまかりならぬという狂った考えによってもたらされた「人災」なのです。そうである以上、私たちがまず目指すべきなのは、財務省というカルト集団が長年かけ続けてきた黒魔術から一刻も早く覚醒することです。




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5 コメント

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世論調査? (青柳謙三)
2018-10-18 00:17:03
さすがに、世論調査がまったく無意味とまではいいません。
しかしながら、そんな下らないものに頼っても仕方がない
のでは。
では、どうしたらよいのか、答えは分かりません。
間違い無いのは、一般的に流通している言論状況が
極めて絶望的だということです⋯
時代錯誤を承知でいいますが、言論統制でもするしかない。
それくらいに感じています。
Unknown (紳士ハム太郎)
2018-10-22 02:06:06
日本のマスコミに右も左もないです。
何も真実を報道していない。

https://kaikore.blogspot.com/2018/05/japanese-pm-served-dessert-in-a-shoe.html
https://twitter.com/yukobel/status/1006178613966921728
https://johosokuhou.com/2018/06/09/6330/
Unknown (Unknown)
2018-10-23 17:03:27
今年の9月に世論調査してますよ
https://www.google.co.jp/amp/s/www.sankei.com/politics/amp/180917/plt1809170010-a.html

【問】政府は来年10月に消費税率を8%から10%に引き上げる予定で、安倍首相は増収分の一部を子育て支援や教育無償化の財源に充てる方針だ。消費税に関して考えの近いものは
子育て支援や教育無償化に充てるのなら予定通り引き上げるべきだ29.4
予定通り引き上げるべきだが、財政再建に重点を置くべきだ21.4
予定通り引き上げるべきだが、ほかの施策の財源にすべきだ12.0
引き上げは延期すべきだ13.3 引き上げには反対だ22.5 他1.4

60%以上は引き上げに賛成してますね
Unknownさんへ (小浜逸郎)
2018-10-23 19:28:05
貴重なコメント、ありがとうございます。
総裁選前の、このアンケートは見落としていました。不明を恥じます。

しかし、以下の点で、このアンケートは信用できません。
①質問が、端的に消費増税の是非を問うものではなく、「子育て支援や教育無償化に充てるのなら」「財政再建に重点を置くべきだ」「ほかの施策の財源にすべきだ」といった、付帯条項を初めから質問内容に含めています。一種の誘導尋問的色彩が濃いと言えるでしょう。

②ところで、初めの付帯条項は、安倍自民党総裁候補が総裁選に際して公約として打ち出していたもので、安倍支持層は、公約の文言に引きずられて、これを選んだのでしょう。
これを選んだ人が30%近くいますが、この人たちは条件付きで(この条件自体が増税の意味を正しくとらえていないのですが)、仕方なく選択していると読み取れます。つまりこの人たちは、本音では増税に賛成しているわけではない、と考えられます。すると、本当に賛成している人の割合は、33%ほどになります。付帯条項無しに「賛成」「どちらかと言えば賛成」「どちらかと言えば反対」「反対」という四択で選ばせたら、この人たちは「どちらかと言えば反対」を選ぶ可能性が高いでしょう。すると、逆転して、「反対」が6割を越えます。

③サンプル数が少なすぎます。たった1000人を対象とした電話調査ですから、回答した人はせいぜい数百人でしょう。私は、あらゆる階層に属する人々を、あらかじめ公平に選び、増税問題だけを選んで、2万人規模の世論調査をやるべきだと主張しているのです。

産経新聞のこの調査も、総裁選にちなんでほんのおざなりにつけたしたようなやり方ですから、これでは増税に対する国民の本当の気持ちはわからないと思います。
そもそも総裁選では、消費増税が明確な争点とはなっていませんでした。安倍氏は「増税を望む」とあいまいな言い方をし、石破氏は、「増税が必要だ」と言っていただけです。


理解不能 (青柳謙三)
2018-10-24 16:52:01
プライベートに係ることで、恥ずかしいのですが、
僕の暇人生活も終ろうとしています
最後に、失礼します
慧眼の小浜先生をはじめ、皆さん
何故、かくもくだらぬ世論調査
などに拘るのか、理解に苦しみます
多勢に無勢、無力を承知で、ブログでも始め
ひとり言論ごっこでもしようかな…

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