フェリックス・ヴァロットン(1865~1925年)はスイス生まれで16歳でフランス、パリに行きそのまま生涯をその街で過ごした画家でナビ派に属するそうです。
ナビ派は・・・対象を簡略して平面的に色を塗り奥行を持たない描き方、そして何か象徴的な意味合いを絵に含めている・・・と解釈してます。
私は木版画を少し知っていただけで、油絵作品は今回が初めて見ました。
前回レポートした日本の浅井忠とほぼ同時代に生きた画家なんですね~。浅井忠が初めて洋画に触れ学んだのが古典的な画法だったのだけど、留学した時はパリはもう3世代くらい先の絵画へ進んでいたということになります。驚かれたでしょうね~
「自画像 」1897年
ちょっと曲者の雰囲気を感じるのは作品を見た後だからかな。
敬虔なプロテスタントの家庭で育った彼はパリの享楽的な人々に驚き違和感を感じ、それがヴァロットンの作風に影響を及ぼしたそうです。
このヴァロットン展、木版画がとにかく素晴らしいんです!会場となった三菱一号館美術館もヴァロットン木版画作品を多数コレクションしているそうで、以下に上げた木版画作品も全てコレクションの一部だそうです。
《マッターホルン》 1892年
故郷を描写した作品の一つ。そびえたつ霊峰は孤高で、かつ威厳を備えている。スイス人としての誇り、そしてパリの異邦人として生きる孤独も感じます。
「街頭デモ」1893年
わざと上方に群集を描くひねった構図、明瞭な線描写など浮世絵の影響がある作品。漫画の1シーンにも見える。
「処刑」1894年
こちらはゴヤの銅版画を想わせる作品。パリの光と影の両方を版画にした作品がいろいろありました。暗部に目を向けた作品は他に水死体を引き上げる様子を版画にしたものがありました。
他方ショッピングに夢中になる女性たち、町の人々の様子などはなにげない日常を切り取った版画でした。人々の表情は単純化した点と線で著していました。
「フルート(楽器Ⅱ)」1896年
友人の音楽家をモデルに版画にした「楽器」の連作の一つ。他にギターやピアノやフルートやチェロにコルネット、そして合奏したもの。このシリーズ、白と黒の配分がすごく素敵。特にコルネットの作品はコルネットを吹く男性をほとんど黒いシルエットにして頬を膨らませて吹く表情だけ白がはいりとてもカッコいい。ジャズのCDジャケットにそのまま使える♪。インターネットではフルートの作品のみ見つかりましたので載せます。
フルートを吹く女性をのぞき込む猫のしぐさ、装飾のみを克明に描写した引き出しの様子といい白黒の配分のセンスの良さが光る☆
そして、「アンティミテ」シリーズを発表し、注目されたそうです。
「嘘(アンティミテI)」1897年
「勝利(アンティミテⅡ)」1898年
『お金(アンティミテV)』1898年
男女の駆け引きを描写した作品群。評判になったということは身につまされる人が多かったのでしょうねぇ。
油絵作品は、かっちりとした律義な絵の描きかたです。白黒の世界をあれだけセンス良く配分する画家だけあって色彩のセンスも素晴らしかったです。
性的な意味合いがあからさまなものもありました。それはいいのだけどあまりにも皮肉をこめて描いてる作品には、そういう絵もきっちりしつこく描いてるので、複雑な気分になりました。
「月の光」1894年
何点か展示されていた風景画のうちの一つ。小さな作品です。
風景画は形や色を簡略して構成しています。この作品もシンプルな構成で夜空の雲が月光を受けて明るく反射しながら流れていく様子がしゃれていて魅力的☆
「夕食、ランプの光」1899年
ヴァロットンは労働者階級の若い女性との付き合いを解消して、お金持ちの画廊商の娘で三人の子持ちの女性と結婚。
子供嫌いなヴァロットンは末の娘とそりが合わなかったそうです。家族の中でよそ者のように孤独を感じ自分を黒く塗りつぶしてる絵で、女の子をあきらかに怖がっている。
・・子供嫌いならどうして子持ちの女性と結婚したのだろう。目的がはっきりしてるんですけど・・・。
わがままに育った女の子かもしれないけど、その女の子も戸惑って不安なのをヴァロットンはわかっていたのかなあ・・・。
「赤い服を着た後姿の女性のいる室内」1903年
扉が開いて階段があって奥の部屋を覗いている。後姿のヴァロットンの奥さんが視線を奥に向かうように促している。二次元の画面に三次元のトリックをいれた個人的に好きな作品です。
ほんのちょっと垣間見るお部屋の様子を見るとあまりきちんとはしてないおうちだったのかも?いや生活感&親近感を感じてかえってホッとします。
「赤い絨毯の上で横たわる裸婦」1909年
頸が不自然に曲がってこちらを見てる。後姿の裸婦はベラスケスのヴィーナスの絵の影響かな?
日本のタレントの○蜜さんをおもいだしてしまいました。魔性をもっている魅力とか。お肌が白くて綺麗な黒髪美人なところとか。
そして神話シリーズ・・・
「竜を退治するペルセウス」1910年
画面上を対角線のように体を張るペルセウスの姿がダイナミック。色も美しい。
これって・・・神話と言うより下世話な三面記事みたいな様子。
勝手に解釈すると・・・有閑マダムが精悍な愛人とのアバンチュールの最中に夫(ワニっぽい怪物)に見られてしまい逆上した愛人が殺人をしてしまったみたいな話を想像します。
「引き裂かれるオルフェウス」1914年
女性がそんなに嫌い=怖いのだろうか・・・
背景が日本画の屏風絵を想起させる。
ほかにも「シレノスをからかう裸婦」などあきらかに性的な意味合いをもつ作品も。たしか壁の説明では敬虔なプロテスタント家族で厳しく育って、享楽的なパリの暮らしが肌に合わなかったと書いてあったのだけど、そのために奥さんの家族には冷笑と上から目線で描写してましたが、ご本人の世界はとんでもなかった。
一番ドーンときたのはこの作品(本当は大きな作品ですが小さくのせます)
「憎悪」1908年
これは憎み合う中年のアダムとイヴだそうですが・なんとヴァロットンご夫妻の像だそうです。いつもの美しい色彩も、多分わざと、ない。
これは・・・いくらなんでも奥さんがかわいそうだと思いました。ご自身の中年の体をさらすのは、自分が描いた絵だからいくらでもどうぞ。
でもね、自分の奥さん、もう若くはない、そして悔しさのあまり思いっきり歯ぎしりして手はこぶしを握り締めている姿で描くなんて残酷にもほどがある。絵は公募展に出品され評価されたというけど、だからよけい腹が立つんです。衆目にこんな姿で晒されるなんて・・・。いまだって見知らぬ国(日本)で愛のない姿をみんなに見られている。
見当違いかもしれないけど、奥さんや親族から
「誰のおかげで今の生活が出来てるんだ」
なんていわれてたのかなぁ。人一倍誇り高そうなヴァロットンにはそれがひどくくやしかったのかなぁ・・・いや全くの想像ですが・・・
古今東西、奥様のヌードを発表した画家はたくさんいるけど、そこには愛情や親密さがあるから見ていて楽しいんです。愛がないなら描かなきゃいいのに。それとも私小説作家のように自分の私生活をさらけ出して注目されたいのだろうか。そのために手段を選ばないという。金銭面もそうだし、奥様にいろいろと感謝すべきことも多いでしょうに。
奥様はこれを見てどう思ったのかな。一応美術の世界を知ってるから許したのかな。私だったら許せないな。
そんなわけで、油絵には複雑な気持ちになる作品もありました。
ヴァロットンは「異邦人のナビ派」と言われたそうだけど。出身国の違いの他に絵のテーマの違いもあるのでしょうね。他のナビ派の画家の絵の題材はもっと穏やかなものだから。
油絵はかっちりと堅実かつ粘着気質な画風に戸惑いと冷笑。木版画はより自由な飛翔を感じました。
ヴァロットンは第1次大戦が起きた時、従軍を希望したけど年齢が高く不可となり、そのかわり従軍画家となったそうです。そのときの戦地での様子を木版画にした作品も展示されてました。
現場にいたからこその情景、そしてどこか物事を曳いて冷静に見ている作品はさすがでした。
一部載せます。
「ばか騒ぎ(これが戦争だⅡ)」1915年
「有刺鉄線(これが戦争だⅢ)」 1916年
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blueash
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