時々囲碁日誌+

プロ棋士藤澤八段ブログ。教室、道場の話中心ですが、ガンダムやニコ動他そういう話題も・・・

松本

2010年10月31日 | Weblog
十年近く前に長野県松本市の小学校の先生と知り合い、松本のこども達と交流が出来ました。地元の方々の支援もあり、初心者の参加も多く楽しいひとときです。三年前から、午前は地元の歌人、窪田空穂記念館でこども達、午後は松本大学学園祭で指導碁、という形になりました。今年は松本大学の参加者が多く、6面打ちの予定を急遽14面打ちに増やしましたが、残念ながら2巡目で時間切れ。来年は時間に余裕を持って、全員と対局出来ればと思います。昨年の文部科学大臣杯小学校団体戦では松本の小学校が全国4位と頑張りましたが、行き始めた頃まだ囲碁が出来なかった子供が選手に出場していると時の流れを感じます。

広島アルミ杯優勝

2010年10月31日 | Weblog
今日広島市内で行われた広島アルミ杯決勝戦、弟子の寺山二段が山本五段に勝利し初優勝を飾りました。今年が第五回ですが新人王と共に若手の登竜門として定着してきた棋戦です。寺山二段が教室に来たのは9年前、たしか13~15級くらい。ヒカルの碁、マンガ世代(少年誌連載だったので小学校高学年~大学生で囲碁に興味を持つ人が増え、アニメ化されて幼稚園~中学生の囲碁人口が爆発的に増えました)です。とにかく真面目で教室の合宿に行く時もバスの中で黙々と囲碁の本を読んでいました。今も道場に居る時は殆ど碁盤の前。でも棋院の野球部に入り、マラソン大会にも出るなどスポーツや気分転換も上手くやっている様です。最近の棋譜を見て力を付けたとは思っていましたがこんなに早く結果が出るとは嬉しい誤算。ただ、勝負の世界で戦って行くにはまだまだ強くならなければいけませんから、これからも『努力あるのみ』ですね。
今までお世話になった方々、応援して頂いた方々、本当に有難うございます。これからも宜しくお願いいたします。

つづき3

2010年10月19日 | Weblog
勉強時間の話途中でした・・・坂井碁聖に一日何時間勉強しているか 聞いてみましたら『8時間』!そして対局時の体力をつける為、5㌔走っているとの事。タイトル獲得時のインタビューで『今までと変わらない』と答えたらしいのですが、真意は『まだまだ強くならなくてはいけないので気を緩める事なく勉強して努力していく』という事の様です。受験もゴールではなく、そこで身につけた力を社会の中でどう活かすかが大事ですが、囲碁もプロになってからも、休む事なく努力するのが本当のプロフェッショナル。勉強になりました。

つづき2

2010年10月19日 | Weblog
坂井碁聖は中学生から秀行合宿に参加していますが、中学の時にはプロ三段格、高校の時はプロ五段格でリーグ戦に参加していました。プロ試験を受ければ合格確実ですから、当時は何故プロにならないのか?なる気がないのか?との疑問を、碁聖獲得した夜に聞いてみました。『プロになる気持ちはあったが、学校を辞めないといけないので躊躇しました。大学時代もなる気はあったがなんとなく過ぎて・・・』との事。その時の話で驚いたのは、『進学塾に行き始めたのは小6の夏』!『小学校2、3年生までは塾に行くより囲碁やってた方が良いのでは。』と、嬉しい話も頂きましたが、やはりそれ以降は勉強も相当やらないとダメですよね・・・教室の生徒で小、中、受験する子は多く、毎年、進学校に入る子がいますが、聞くと勉強時間は5、6時間、多い子は8時間!休みの日ではなく学校に行きながらですから、 早起きして、放課後は塾、自習室で11時。睡眠はしっかりとった方が良いと思いますが凄い頑張りです。

つづき

2010年10月17日 | Weblog
つづきです。当時の小松理事長は、思いなおす様説得を試みたのですが、本人の意思が思った以上に堅く、特例での試験に。さて、どうせ受けさせるならば、初段からでなく、飛び付けで五段(飛び付けは小松理事長の提案だったそうです)からスタート出来る様なかたちに。という事で当時若手で活躍していた七段と五段の棋士と互先(ハンデ無し)で対局した成績で合否、段位が決まる試験碁に四局全勝、飛び付け五段となりました。プロになってからは、新人王準優勝、関西棋院第一位、名人戦リーグ入り、等、実績を重ね、ついに碁聖に。アマ時代の成績も凄いですが、プロの世界は全く別物です。ここまで来たのは本人の努力(多分これが一番大きいと思います)、才能、若い頃の周りの応援、支援、全ての成果だと思います。続く・・・

坂井碁聖

2010年10月08日 | Weblog
先日、坂井碁聖就位式が都内のホテルにて開かれました。謝辞は、真面目、謙虚、情熱、の伝わってくる素晴らしいものでした。来賓の元関西棋院理事長の祝辞が興味深かったです。灘中、高校、京大医学部、付属病院での研修医が決まってからのプロ棋士転向です。関西棋院には外来(院生以外)制度は無く、特例で試験を受けたのですが、当時の小松理事長は「前途洋々たる経歴から敢えてプロ棋士という大変な道に入る事は無い」と、反対の説得を試みたそうです。続く・・・