1.過失犯を考える上での前提
刑法では、基本的に故意がなければ、罰しないことになっています。(故意犯処罰の原則、刑法38条1項)
ただし、「法律に特別の規定がある場合」に、過失でも犯罪として処罰される場合があります。(38条1項但書)
過失という、「うっかり、不注意で」行ったことが、犯罪になります。
例えば、生命、身体に関わる利益を侵害した場合などです。(209条、210条、211条)
以下、条文をみればわかりますが、いずれも、「過失により」とか、「業務上必要な注意を怠り」とか、過失による罪も条文に「規定」されています。
*****刑法*****
(故意)
第三十八条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
第二十八章 過失傷害の罪
(過失傷害)
第二百九条 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第二百十条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。
(業務上過失致死傷等)
第二百十一条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
2.過失とはなにか。
注意義務違反をいいます。
もう少し細かく分析すると、結果予見義務+結果回避義務=注意義務です。
1)予見可能性のあることがらを、
2)予見義務を怠り、
3)回避ができたのに(回避可能性があったのに)
4)結果回避義務を怠り、
犯罪となる結果が生じることをいいます。
3.過失犯を分析する三つの視点(旧過失論、新過失論、新新過失論)
過失犯を理解する場合、三つの視点があります。
1)結果予見可能性、結果予見義務に重点をおく見方(旧過失論)
あぶないなあと想像する、気づくことができ、危なそうなことをやった点で、予見義務違反となり、過失犯と見なされることになります。
おわかりのように、過失犯処罰の範囲が大きくなることがわかります。
2)結果回避可能性、結果回避義務に重点をおく見方(新過失論)
この場合、対外的な部分である行為すなわち、回避という行為がなされるかどうかに着目します。
危ないなと気づくべきところ気付き、その発生を予防するために努力すれば、過失は成立しないとします。
過失犯処罰の範囲は、限定されることになります。
3)結果回避義務に圧倒的な重点をおく見方(新新過失論、危惧感説、不安感説)
悪い結果が生じうるという漠然とした危惧感、不安感を抱かれれば、それは、予見可能性が有りとなり、その危惧感、不安感を打ち消すのに十分な完璧な結果回避義務を要求する見方です。
新過失論で限定されていた、過失犯処罰の範囲が大きくなります。
かつて、唱えられていましたが、最近また見直されてきている説です。
公害犯罪や、企業犯罪への対処として使われます。
4.予見可能性のとらえ方
(1)三つの見方の違いでどうとらえられているか。
前述の三つの立場では、予見可能性の程度は、異なります。
1)旧過失論では、具体的なことがらの予見可能性を当然の前提としています。
2)新過失論では、具体的予見可能性を一応の前提として要求しています。
3)新新過失論では、予見というより、その危惧感(不安感)があればよいとします。
(2)どの要素を予見するか
行為があり、ある因果関係をたどり、結果が起こります。
その結果と、因果関係の主に二点の予見可能性をみることになります。
5監督者の過失
行為をした本人ではなく、その上位にあるひとにも過失の罪を着せる考え方があります。
その場合、二つの監督過失があります。
1)本来の監督過失
上位者が、部下がきちんとやっているかを監督することで、それを怠った過失です。
2)管理過失
物的・人的な安全体制確立義務違反です。
6. 信頼の原則
被害者側が、適切な行動をすることを前提に行動していればよく、それを信頼していたが、その信頼を裏切られた結果として、事故が起きた場合、過失責任が問われないとする原則。
過失犯処罰の範囲を限定することになります。
7.実務での過失犯の正否の検討手順
1)事件の場面・状況の分析
2)どのような行為が求めれるか、注意義務の内容を設定
3)注意義務に違反する具体的な行為を分析
例えでいえば、
1)場面。状況を分析
2)ハードルの高さを設定
3)なぜ、その高さで飛べなかったかを検証
の順序で分析します。
8.過失犯をめぐる最近の話題
1)刑法分野で、重要判例が出されている部分です。
2)欠陥製品に対して刑事責任が課せられるようになってきています。
医薬品、ガス製品、自動車など
3)企業、組織による過失犯 とくにシステムエラーに対する刑事責任が課せられるようになってきています。
航空機事故、鉄道事故、医療事故など。新しくは原発事故も含まれるかもしれません。
ただし、刑法では、法人を罰する規定はありません。
そのため、5で述べた監督者の過失が重要で、法人のトップ、社長を過失で裁き、法人を裁くことに代えています。