「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

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『トゥイーの日記』ダン・トゥイー・チャム 訳 高橋和泉

2015-05-28 23:00:00 | 書評
『トゥイーの日記』ダン・トゥイー・チャム 訳高橋和泉 経済界 
 
 ダン・トゥイー・チャム、1942年11月26日ハノイに5人姉弟の長女として生まれる。1966年ハノイ医科大学卒業、眼科を専攻し、その後、直ぐに自らベトナム戦争に志願し、クアンガイ省に赴任。1968年9月27日ホーチミン率いる党に入党。1970年6月22日アメリカ兵に撃たれ死亡、享年27歳。
 1970年6月20日で日記は、唐突に終わる。最後の文章、「自分自身を見つめなさい。孤独な時は自分の手を握り、愛を注ぎ、力を与え、そして目の前の険しい道を乗り越えて行きなさい。」彼女自身、2日後に死ぬことまでも予期していたのかもしれない文章である。
 彼女は、敵に立ち向かって死んで行った。額の真ん中にぽっかりとあいた銃跡が母と妹ダン・キム・チャムに確認されている。話をたぐり合わせると、彼女は、最後に、診療所の中で患者を守ろうとして一人で、120名のアメリカ兵と戦ったというのである。死への覚悟ができていた。「母さん、もしあなたの娘が明日の勝利のために斃れたとしても、流す涙は少しでいい。それよりも、価値ある生き方をした私たちのことを誇りにしてほしい。人は誰でもいつか死ぬのだから。」同年6月10日に述べている。
 トゥイーは、南ベトナムに向かってハノイを出発したときから日記をつけ始めた。残存する日記からなる本書は、クアンガイに到着した1年後の1968年4月8日から始まっている。盲腸を疑っての開腹手術の様子の記載である。乏しい器材に関わらず、大学卒業2年目の眼科医が、一人で手術をしていることに医師として驚きを感じる。その後も、トゥイーは、負傷兵の手術をこなし、かつ、医学を教える講師もし、さらに、党の指導者として秀でた活動を行っていく。一人何役もの任務を果敢にこなすのであった。
 日記は、基本的には、他人に見せるものとしてつけるものではない。出版されることなど夢にも思わなかったであろう。ただ、自らの生きた証として家族に届けることの意図はあったと日記の文面「もし私が帰らなかったらそのノートを大切に持っていて。そして私の家族に送ってちょうだい。そういうつもりだった…」から読み取れる。
 日記は、気分の落ち込んだところから始まっているが、親友の訃報が入るにも関わらず、暗いトーンで終始するのではなく、自らのへの自問自答と必死で生きようとする励ましの言葉が有り、彼女のおかれた状況とは比較にならない安全な日本という地で生きる者へ大いなる励ましの文章でもあった。
 「信頼とは自分で自分に与えるものではなく、人々に尊敬されてこそ得られるものだから…」党に忠実に貢献しようとする彼女の使命感が伝わる文章である。
 「死とはこんなにも身近で、あっけないものなのだ。そんな人生を、それでも強く奮い立たせるものは何なのだろう?それは人と人との心のつながりかもしれない。心の中で燃え続ける明日への希望かもしれない。」たとえ、死と隣り合わせになりながらも人と人の信頼関係があれば、乗り越えていけることを私達に伝えてくれている。
 トゥイーの日記は、身近なひとや患者を失い、それらの家族が悲嘆にくれる様子が、その仲間の名前とともに描かれている。トゥイーが、「人の生き血を絞り、金のなる木に注いでいるやつら」と評するアメリカの兵士の側にも、同様にいえるはずなのに、そのことへの想像は至っていないがそれが戦争というものなのであろう。そのような想像をしてしまうと、銃口を向けることはできなくなってしまう。
 日記は、アメリカ兵に収集され、軍の情報部に所属していたアメリカ人フレッド・ホワイトハーストらの好意により、35年ぶりの2005年4月、母親(当時81歳)の手に帰った。フレッドは、トゥイーを知らないが、「人間対人間として、私は彼女と恋に落ちた」と述べている。そして、執念で家族を探し当てた。日記は、その後、2005年6月18日にハノイで出版され、5000部以上売れる本がほとんどない国で43万部を売り上げる大ヒットとなった。日記に描かれるのは、祖国を救った英雄ではなく、勇敢ではあるが、か弱く、理想を追い求めるが、時に迷い、日々葛藤する普通の女性であった。ベトナムの若者は、この日記を通して「『無敵のベトナム』から、戦争の真実をより現実の出来事として認識した。
 2008年高橋和泉氏訳により、日本語版が制作され、2015年その初版第1刷を私は手にする。人の日記を本人の承諾なく読むという抵抗感や、人物名が多く、物語では主人公との関係性が適切に書かれているそのようなものがなく読みづらい書物ではあった。だが、読み終えると、ベトナムの若者と同じように、どのような過酷な状況でも、希望を捨てずに人生を生ききったひとりの女性トゥイーが作り物ではなく、実在したことに感動を覚える。高橋氏が日本語にできる喜びを記したように、私も、トゥイーに出会えたことに感謝する。                             
                                 以上
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