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『119』長岡弘樹著、文藝春秋 2019年第一刷

2019-11-17 08:54:48 | 書評

 消防官とは、接点が多い。

 小児科医療の現場で、救急隊要請の際、病状や搬送の際の注意点など述べるときに直接のやりとりを救急隊とする。やりとり自体も短時間で要領よく、酸素マスクの装着や呼吸が楽な体位を取ることなど適切な処置もして下さる。

 2011年2月早朝、築地市場内でチラシを配布していて心肺停止の方に遭遇し、心臓マッサージを行った。間も無く救急隊が到着し、心臓マッサージが救急隊員に交代となった。私も救急車に同乗したが、キレのある心臓マッサージを継続下さり、そのかたは、一命を取り止めることができた。

 本年2月に障害者団体主催の餅つき大会で、障害のある方が餅をのどに詰まらせるエピソードがあった。窒息や意識消失まではいかないまでも苦悶の表情であり、脈をとりつつ介助した。その際、親御さんの中に副署長の消防官がおられ、てきぱきと救急要請と現場の采配を取り仕切って下さった。

 また、臨港消防署第二分団として消防団に私は属している。年に一度、「ポンプ操法大会」というポンプ車を組み立て遠くの火点目掛け放水をし、その速さとともに動作の正確性を競う訓練がある。本書にもあるが、服の乱れのないことや指示に対する「よし」という返事や姿勢など「規律」が重要な採点項目である。その練習に指導や補助で消防官がついて下さるが、帰り際、さわやかな挨拶を返して下さり、その日一日の疲れが吹き飛び、すがすがしさをいつも感じる。

 さらに区議として選手村周辺の交通対策の説明を受けているところ、その選手村のセキュリティ内に、我々の臨港消防署が存在する。選手運搬のバスや関係者車両で混雑する中で、臨港消防署からの緊急出動の動線がきちんと確保されるかが、最も気がかりな点である。ところが、都や組織委員会から説明もなければ、彼らの作成する図面(2019.10.23配布の図面を言う。2019.10.31配布分では一部改善。https://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/7851e9035928caffe75b4fbf2b80e989)に臨港消防署の記載さえなされていないのである。新庁舎として本年7月1日に開設された事情があるにしても、大会本番において、テロ対応はもちろん、選手村内での火事や五輪選手の救急搬送など担う重要な施設であり、その記載を落としてしまうこと自体理解できない。五輪まで250日と差し迫った段階にも関わらず、周辺住民に配布された資料でさえ手渡っていないような感じを受ける。本書には、消防署の任務の大きさに比較してつけられる予算が見合わない旨の記載があるが、選手村内の臨港消防署への五輪に向けた情報共有ができていないことから推察して、わかるような気がする。緊急動線とともに、先日導入を聞いてさらに不安を抱いた消防車も通過する選手村内の道路を走行するトヨタ製10人乗り〝無人〟巡回バス10台導入に関しては、報道によると、緊急時には、消防車に道を譲りかつ停車場所も消火活動を妨げない位置に行う旨は約束されているとのことであり、ひとつ安心材料ではある。

 これら消防官が私にとってはたいへん身近な存在であるにも関わらず、本書は、消防官の知らない世界を紹介してくれている。火消しと救急搬送だけの二分類で機能を想像していたが、さらにレスキュー隊の三つがあるのだという。要救助者は、「二五二(にーごーに)」と略す。消防車の車体の記載の救急の文字は反転している。そして、気づかせてくれた最も重要なことは、消防司令クラスの中間管理職である今垣睦生(いまがきちかお)が、「消防官を、人を助けるヒーローだと思っている人がいまだに多いと思うけれど、ちょっと違うな」と恋人に漏らした本音である。消防官は誰もみな、いつ顔を出すか分からない闇を抱えたまま、それをぎりぎり押さえつけている危うい存在であることが述べられている。火災・事故・災害の現場で死と直面し、また、助けられなかった命に対し、どうしてもその現場でのことが、トラウマとして心に刻まれるのであろう。惨事ストレスから心を病み、自死を考える者は多い。拝命時に抱いた理想の高さに実力がついていかず、深刻な自己嫌悪に陥って命を断つ場合もある。パワハラも多いと2015年時の記載にはある。

 そのメンタルヘルスを支えるある研修会では、精神科医が消防官の中間管理職に、講義の最後に10枚の紙を配り、一つずつ自分の大切なものを書かせた。それから最も優先順位の低いものから順に捨てさせた。各自が悩みながら切りようのないカードを切って行く。人が死んで行くと言うのは、一つずつ大切なものを失って行く過程であるということを認識させる現場が描かれている。

 本書を通じ、激務をこなされておられる消防官へさらなる敬意を抱くに至る。ちなみに、患児の父親の消防官に本書をお示しすると、本年6月の出版であるが彼は知っていた。都では消防・救急・救助の三つの分担・資格を厳格化して運用し、救助のレベルは相当高いことを教えて下さった。お聞きしていて都の消防官としてのプライドを強く感じた。


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