萌えてしまうのは男の性かな
強烈な右ストレートでブッ飛ばされた俺、テル、バドシは浅瀬へ泳ぎ終わると、とぼとぼとクルーザーへ乗り込もうとしていた。
その道中、俺の脳内といったら“お嬢様”のことで頭いっぱいなのは認めてもいいだろう。
「・・・ふむう」
~あの艶やかな白髪から匂い立つ甘い香り~
癖のない自然な香りは香水ではなくシャンプーからだろうか
「・・・」
5ポイントを進呈しよう
健全な中学生男子にとって女の子を完璧に知ることなど皆無に等しい
それなのに欲求の湖はまったくもって底知らずなのだから代わりになるもの、
すなわち想像、妄想、欺瞞によって己の魂を沈めるしかないのだ
シ ャ ン プ ー の 香 り
そこから生まれる妄想のパラダイス。香水など比にならないのは言うまでもあるまい
~ドールのような華奢なからだつきと白のドレスと黒のストッキング、そして追い討ちをかけるように絶対領域から垣間見れるガーターベルト~
幼さをファッションでカバーしていると予想できる。靴擦れしそうなガラス製のハイヒールを見るに間違いない。
「・・・」
10ポイントだ
あの身長だと背の順では一番前なのだろうか
だとしたら朝礼の校長先生には嫉妬せざるをえない
全校生徒にあいさつを大義名分に先頭のパックンを特等席で視姦し放題ではないかああけしからん。
緊張症の俺だが今一度自分を見つめなおすのも悪くはない。
~穏やかなタレ目。それが二次元であればテコ入れといわれても言い逃れできないほどのっ~
反則だ。どちらかといえばツリ目派な俺の心をゴムボールを握りつぶすかのようにグッ、と掴んだのだから反則だ。
性質上、真顔でも微笑んでみえる彼女の瞳は常時笑顔を振り舞りまいていることだろう。
朗らかなベールが体を包み込み、同調するように綺麗な白肌が輝いてみえる。
「・・・」
100ポイント
ポイントの基準などどうでもいい
兎にも角にも、・・・てかなんで俺は心の中で偉そうに語ってるんだ?と自分を見ぬしないかけるほどパックンと名乗るあの女の子は超可愛かった。ただそれだけのことである。
それなのに殴り飛ばすなど、ドンマロも男情がわからんやつだなあと思うがよくよく考えてみればあいつは男ではない。
女子同士ならまた違った価値観があるだろうし中学生女子に中学生男子の心情など到底分かってもらえないことなど俺達は常に心得ている。賢者になりしその感覚は、研ぎ澄まされるだけではないのだ。
物理的な面での抗議材料として“転落によるびしょ濡れ”があるが事前から衣服が潤っていた俺らを知らないドンマロではないだろう
そんなこんなで現場に戻った俺達は定位置につき、なにも言わずにパックン一味との対峙を再開した。
・・・
・・・
・・・
相変わらず甲板上の足元は、静寂をもって支配している。
山道に棲みつく小鳥の囀りは今はむなしく響くだけ。BGMがなくSEだけ鳴り続けるゲームといったところか。
もしこんな空気が昼休みに漂っていたら、ろくに食事も喉に通らないともヤミヒロは思う。
しかしながら正面の可憐な少女に、空気をよまず感情を抱いているのは事実であって
・・・ほんとかわいいよな・・・
まじまじと彼女の顔を見ているとその口元がゆっくりと開き始めた。
「さて、・・・この時もまた・・・味わい深い美酒ですが・・・そろそろ休息タイム終了といきましょうか。」
ガラスの靴を響かせながら近づき、同時に話す
「最終関門・・・・・・・・・・・・・・・受けてみます?」
首を傾げながら近づいてくるその姿に不覚にも当然萌えたがそんなことはどうでもいい。とにかくこれは宣戦布告だ。あと俺に向かって歩いてきているのはたぶんリーダーだと予めわかっていてのことだろうがそれでも期待してしまうのは男の性。そんなことはどうでもいい。とにかくこれは宣戦布告だ。
「・・・!?」
パックンとの距離、ほんの3メートルで突如視界が背部によって遮られた。そしてそいつは言った。さっきまでヤミヒロが萌えていた彼女を、こっちにくるなと払いのけながら
「・・・ふざけんじゃないわよ」
パックンの言動はついにドンマロの逆鱗ふれたのだ
「ふざける・・・なんのことですの?」
戦いの火蓋は
「それがふざけてるっていってるのよ・・・!!!」
ブチ切られた
「なに??人の大切な物を奪っておいて、散々コケにして、おまけにその嘲笑ったかのような上から目線・・・はっきり言わせてもらうわ・・・・あんた・・・・卑怯者よ!!!」
普段の冷静沈着な彼女からは想像できない憎悪に満ちた背中を前に、ヤミヒロはカカシのように立ち尽くすことしかできない。いやむしろこの背は本当にドンマロのなのか?と顔を覗きたいぐらい常軌を逸している。・・・女ってこええよ・・・
「卑怯?・・・あらあら・・・どうやらなにもわかってないようですわね」
そういうとパックンは後ろ下がりつつ、いつのまにかカラピンが用意したであろうイスに腰をかける
「た、し、か、ドンマロさんといったかしら?・・・いいわマロさん。ヒステリックな状態の貴方に真意を言っても意味はないので・・・少し落ち着くよう、お話をしましょう」
「・・・」
「唐突ですけどポーカーはご存知?」
「・・・本当に唐突ねぇ・・・大体は知ってるわよ。ツーペアとかフラッシュとか・・・役とチップを賭けて争うゲームよね」
「お見事。さらにはそのチップを利用して心理戦ができることから“poker face”なんて単語も有名ですわ」
「・・・で?」
「そのポーカーの勝負をする時、フードを被ったりサングラスを掛けるのは・・・」
見直す形で直視するタレ目にはもう、穏やかさは微塵も感じ取れない
「卑怯だと思いますか?」
「・・・」
・・・卑怯だろ―とヤミヒロは思う。口は嘘をついても顔は正直だ、と、どっかで聞いたことがあるし、相手の顔面は心理戦において重要な要素だ。
それを見えなくして自分だけ相手を観察するなど卑怯で不公平ではないか。
だがしかし眼前の背中は、・・・それは卑怯とは言わないわ、と自分の考えと真反対の答えを発した。
「あらあら、それはまたなんで?」
「ちょっと考えただけなら、“poker faceの不平等性”を訴えるかもしれないけど・・・それは間違いよ」
なぜなら
「同時に“poker faceを逆手にとる”メリット戦略も放棄することになるじゃない。例えば・・・そうね・・・本当は頬がとろけるほど美味しい料理なのに、苦虫を噛み潰すような顔で食べているのをみたら誰も注文しようとは思わないでしょ?そういう騙しテクニックは相手にはっきりと顔を見せなくてはできない。つまりリスクとリータンがあるから公平であり卑怯ではないわ」
・・・な、なるほどなあ・・・
「あらあら・・・マロさんのことちょっと見直しましたわ。そのとおり。現に毎年行われるポーカーの世界大会でも服装は自由。アクセサリーもよほどの機能性がないかぎりOKですの」
「ちょ・・・・っと?」
「そう・・・ちょっとですわ。マロさんは問題に正解してもなかなか前へ進めないタイプ・・・とまではいいませんが・・・・・・あらあら怒らないでください、冗談ですわ。・・・ではもっとわかりやすいお話をしましょう」
●
「なあなあオラよお・・・完全に蚊帳の外じゃね?」
「大丈夫っすよテルさん、俺もっすから!」
「ンダなあ・・・」
それなりの声量での会話だったが、ドンマロはもとよりヤミヒロやクルタンまで神妙な面持ちで耽っているのでスルーされた。
・・・さて、どうなるのやら・・・
リーダーの一抹の不安はメンバー全体へと飛火していく
●
「マロさん、イメージしてください。ワタクシとアナタは拳銃をもっています」
そして
「弾はお互いに一発づつだけ充填しており、合図とともに殺し合います」
「・・・早撃ちってこと?」
「そうです。殺害方法は射殺のみ、合図はお互いに公平と仮定。場所はここ甲板上。さてマロさん。この状況下でどちらかが“卑怯”だといえますか?」
「両者ともに卑怯ではないわ。死と生は一つしかない、価値は平等なものよ」
「では、ワタクシが他のエヌピィシィメンバーに銃口を向けてマロさんには自害するよう要求したなら?」
「卑怯よ」
「撃てば勝てるのに?」
「卑怯よ」
「では、その銃が撃たれても死なないエアガンだったら?」
「公平ね。アンタはただ自滅しているだけ」
「あらあら、ではその銃はやっぱり本物で、私の背後にも仲間がいたら?」
「公平ね。まぁ苦肉の策としてしか使いたくないけれど」
「ならば・・・」
「その状況下で・・・」
「私の銃だけ壊れていたら?」
「・・・」
・・・なにが言いたいんだパックンは・・・
話の真意が理解できないヤミヒロは爪先で顎を砥ぐ
「アンタさっきからなにがいいたいのよ」
「あらあら、まだわかりませんの」
「・・・」
「要はねマロさん。状況によって卑怯か卑怯ではないかは決まる”のですわよ。人間一人だけで量れるものではありませんの」
「マロさん言いましたわよね?ワタクシに“卑怯者よ!!!”と。自分の知りえた状況しか頭に入れず、暫定被害者の声しか聞かず、勝手に決め付けて」
「で、でもクルタンのペンを盗んだのは事実なんでしょ?」
「ええ、事実ですわ。ペンを盗んだのはワタクシで相違ありません」
ですが
「ペンを取り返すためにエヌピィシィメンバー動かしたのはワタクシではありませんのよ」
「・・・???」
「考えてもみてください。ワタクシはクルタン兄さんの実の妹ですわよ?取り返そうとすれば斬っても切れない家族の血。自分ひとりで容易く解決できるではありませんか」
「で、でも、そうできないように色々策を練ってるんじゃ・・・」
「あらあら、クルタン兄さんの策士スキルの高さはご存知でしょ?知恵で勝てるわけがありませんの。ワタクシはただ単にペンを盗み、“返してほしくばエヌピィシィメンバーと共に指定の森に来られたし”という、なんの脅迫力も持たない置手紙を残しただけですわ」
「そ、そんなはずは・・・」
「あらあら百聞は一見にしかずですか・・・いいでしょう・・・ぴいちゃん、聞こえているのでしょ? 例の物を」
「かしこまり!!!」
すると少女が奥から出てくる。その“例の物”はパックンへ渡され。そして、
「ほうらクルタン兄さん。しっかり受け取ってくださいませ」
クルタンへと投げられたそれは俺達、メンバーの象徴といえるものだった
「これは・・・私の・・・ペン・・・」
震えながら握り締める手にあるのは紛れもない、クルタン愛用のペンだ。
「そうですわ。コホン。これをもって最終関門の問題を告げる」
一呼吸置き、場を制したパックンは発する
「“ペン回しとはなにか示せ”制限時間は30分。答えがわかりしだい声を掛けてくださいませ。それでは暑いので暫し失礼」
いい終わるとパックン一味は冷房の効いたクルーザー内部へと消えていった。
・・・
・・・
・・・
静けさ。パックン一味との対峙直後とはまた違った静寂に包まれている。
相手がどう動くかではない。自分達がこれからどうしなければならないか、自分の矛先は自分に向いているのだ。
そんな最中、彼女は言った。
「クルタン、ちょっといい?」
「・・・なんでしょうか」
「さっきのことは本当なの?自分ひとりで解決できたって話」
「・・・本当です」
「・・・」
事実を確認したドンマロは、そう、とだけ言い残すと帰るようにして一人、船を下りる。
ソレを見かねたヤミヒロは追いかけようとしたが瞬間、バドシに肩を掴まれた。
「リーダー、一人にさせてあげましょう」
「いや、でも」
「ふぅ・・・この森での試練も残すところあと一つっすね」
焦り顔のリーダーとは対照的で落ち着いたバードシー
「思い出してくださいリーダー、この森で一番活躍してたのは誰なんですか?」
「・・・」
・・・そうだよなあ・・・
ドンマロだ。第一関門の閃きといい第二関門の物探し、第三関門は一緒に溺れた身だが、それくらい頑張りまた、活躍してくれたのだ。もしかすると一番楽しんでいたのも彼女かもしれない。
「根拠ないっすけど・・・たぶん休憩してるだけっすよ。大丈夫。・・・きっとっすよ」
「・・・う・・」
―きっとっすよ―そんな曖昧な思いで掴まれた肩がこんなにも暖かいのはなぜだろう。
ヤミヒロはそんなこと思うと、焦りの色は薄れていた。
「・・・わかったよバドシ。とりあえず四人で話合おう。それでいいよな?テルもクルタンも」
おう!と応答したのは片方だけで、しかし会議は始まった。
●
「大丈夫なんですかパッ嬢、一人脱落したみたいですけど」
クルーザーの内部。室温18度に設定させた極楽空間でお茶をするのは、二人の少女。
外はカラッカラの真夏だというのに、ホットティーに湯気がたつ。
「そうですわね、でも心配ないわ。対話をしていて感じました。彼女はそんなにやわじゃない」
「はあ・・・でも最終関門も難しいじゃないですか。“ペン回しとはなにか示せ”なんて哲学染みた問題ですよ?せめて“FSではなくペン回しを示せ”みたいなヒントを上げてもよかったのではないかと・・・」
「ヒントなら上げたじゃありませんの。“愛ペンの返却”により、答えを求める前にまず、問題に挑むか挑まないか。つまり原点を見つめなおさなければならないという最大級のヒントをね」
●
「なあなあ オラから質問いいか?」
開口一番、テルがなげかけた疑問は、それを言わなくて始まらない当然のことだった。
「クルタンはよお、最終関門受けたいのか?」
俺達はいままでクルタンの愛ペンを取り返すためここまで挑んできた。
しかし最終関門にきて突如、その意味がなくなったのだ。普通ならここで帰ってもいい。帰ってもいいが聞かなければならない。俺達とは違った理由で動いてきたクルタンがどう思っているのかを。その意味をだ。
クルタンはテルに問われるとやや下を見ながら、いつもより低い声で答えた。
「パックンは・・・・昔から穏便な子でした・・・・。物心ついたときから喧嘩はおろか怒った顔さえみないほどの子でした。学業も優秀でそんな妹が突然、あのような窃盗まがいなことをするとは当初は信じられませんでした・・・・。パックンの言うとおり自分でどうにかしようと思えばできました・・・・。部屋に勝手に入り、無理やり返却を要求したり、公平無私の父にチクれば容易かったことでしょう・・・」
「でも・・・それができなかった・・・・・偽善心からではありません・・・・求めてしまったんです・・・・“パックンがなぜこのようなことをしたのか”を・・・」
「変な話ですよね・・・人の大事なものを盗んだ人間の真意が知りたい・・だなんて・・・でも興味があった・・・不思議なことだった・・・そして真意は・・・関門をすべて解かなければ・・・パックンは解き明かしてはくれないでしょう・・・」
だから
「・・・受けたい・・・受けて全てを知りたい・・・なぜこんなことをするのか・・・その真意を確かめたい・・・」
「身勝手なことはわかっているつもりです・・・お願いします・・・助けてください・・・」
・・・
・・・
・・・
再びの沈黙に、けどよぉ・・・と頭をかきながらテルは言う。
「クルタンの言いたいことはわかったけどよお・・・ドンマロがいなんじゃあなあ・・・」
話し合いの上でもっとも頼れるのはドンマロである。これは同時にドンマロがいなければエヌピィシィメンバーは骨抜きになることを指し、ぐぬぬ、となったヤミヒロは自嘲とともに心で叫ぶ。
・・・くそぉ!非力なリーダーだなあ!!!・・・
ここは俺がドンマロをとっ捕まえてきて、リーダーとしての威厳を保つこともやぶさかではないが、仮に捕獲してきたしても結局は彼女の知識力がエヌピィシィを救うのだから相対的になにもかわらない。唇をかみ締めるしかリーダーにはできないのだ。
「“ペン回しとはなにか示せ”なんて難題っすよね・・・」
会議時間5分も満たないところで早々にデッドロック。
このままドンマロの帰還を祈るしかないと思った矢先、一人少年が前へと動き出した。
「ちょっ、どうしたクルタンまだ時間はあるぞ?」
「空をみてくだい。そこまで猶予はないですよ・・・」
見上げる空、気づけば鈍い雲が一面を覆っていた。
・・・山の天気は変わりやすいというが、ここまでガラリと変化するとは
いつ大雨が降ってきてもおかしくない状況下だと知った皆に対し前方の影は言葉を重ねる
「ペン回しとはなにか示せ、そんな難しく考えることではないのでは?・・・渾身のFSをパックンに見せつける・・・これが私の答えです」
「あらあら、それが答えですか兄さん」
瞬間、前方の影の先、一つのドアは勢いよく開いた。
「答えがでたのなら見せてください兄さん」
「いいでしょう・・・私の妹よ・・・」
そしてクルタン、3日ぶりの再会を果たした愛ペンを軽く握り“解答”を始めた。
・・・
・・
・
「すぅ・・・・はぁ・・・・っ!」
321ドラマー⇒
フィンガーレスリバース⇒
23-45シャドウ⇒
4-ソニック⇒
3-シメトリカルソニック⇒
3-ダブルチャージ...
ゆっくりと回し始めたペン軌道を瞬間的に解析するのはヤミヒロの癖である。
決して速くはないが、つっかえもしない。双頭とよばれる重心がほぼ真ん中であるペンから繰り出される技の数々はペン回し歴の浅いクルタンにとって簡単と呼ばれる技ばかりではない。
とくにシャドウという手の甲でペンを回転させる技はかなりの練習量が必要だっただろう。
・・・まだまだクルタンのFSは続く、
2-バックアウンドリバース>>
スクエア(1.1スプレッドダブル)⇒
コンティニュアンスフィンガーレスリバース×2⇒
・・・おいおいどんだけ無茶してんだ!?・・・
上級者にとってみれば朝飯前の技だとしても、
スクエアをFSに組み込むのはやり過ぎている。 かろうじて成功さえしているものの手首が大幅にぶれ、不安定化している。
そしてまだまだ続く強がりなFSは案の定、その先に続くハーモニックで失敗。
ペンは甲板の床に勢いよく転がった。
しかしクルタンは間髪入れずペンを拾い上げ、前方に向かい睨みつけるようにして声を響かす。
「・・・もういっかい・・・」
321ドラマー⇒
フィンガーレスリバース⇒
23-45シャドウ⇒
4-ソニック⇒
3-シメトリカルソニック⇒
3-ダブルチャージ...
・・・なるほど・・・
・・・これがPVのために練習していたFSか・・・
さっきとまったく同じFSにヤミヒロは感づく。このFSはアドリブではなくしっかり思考して作られたFSだと。
それはPVで使う自分のFSではあること意味し、だからこんなにも無茶苦茶な構成を躊躇なく回しているのだ。
その瞬間、ペンは再び叩き付けれる。二回目の失敗だ。
「・・・もういっかい・・・」
321ドラマー⇒
フィンガーレスリバース⇒
23-45シャドウ⇒
4-ソニック⇒
3-シメトリカルソニック⇒
3-ダブルチャージ...
手の向き、回転の角度、手首の位置、寸分狂わずさっきのFSと同じもの。
・・・いったいどれだけ練習してたんだよ・・・
2-バックアウンドリバース>>
スクエア(1.1スプレッドダブル)⇒
コンティニュアンスフィンガーレスリバース×2⇒
ハーモニック(一回)⇒...
単体である技を習得したとしてもその習得した技をFSへ自由自在に組めるとは限らない。それはそれとしてスムーズにできるようひたすら練習しなければならないのだ。
ついこの前まではスクエアなどまったくできていなかったクルタン。何度でも思う。
・・・・やりすぎている・・・・・
「ガシャンッ・・・・ゴロゴロゴロ」
3回目の失敗。日本では三度を境にすることわざが多いが、そんなことなど関係なく彼は再びペンを握る。
「・・・もういっかい・・・」
・・・
・・・
・・・
何度もの何度も失敗し
何度もの何度もペンが転がり
何度も何度も繰り返す
そんな姿を眺めるヤミヒロは、ふと、パックンを見た。
冷静で、こうなることが当然とばかり突っ立ている。
・・・
・・
・
・・・なるほど・・・そういうことかよ・・・
気づいてしまった。
どうしてペンを盗んだのか。どうしてエヌピィシィメンバーを巻き込んだのか。その真意がなんとなくだが理解してしまった。
・・・クルタン・・・おまえ・・・・
・・・
・・・
・・・
「・・・もう・・・いっ・・・かい・・・」
FSを見せると豪語してから約10分
失敗も気づけば12回に達していた。
一番長く続いたFSは最後の〆技で失敗したらしいのだが、その〆技があろうことか1.2-スプレッドシングルアクセルというこれまた初心者には難易な技だったことから、もうこのFSは今のクルタンでは不可能という結論にいたった。
あとはどうクルタンを止めさせるか、リーダーは脳みそフル回転で知恵を絞るもなかなかうまくいかない。
「バンッ・・・ゴロゴロゴロゴロ」
13回目の失敗。クルタンの視線はもうペンにしか向いていない。
表情はやつれ、失敗を重ねるごとに眉間のしわは濃くなっている。そんな鬼の形相なので声を掛けづらいのだが、どうやらバカは違ったらしい。
「なあなあクルタン」
「・・・なんですか、邪魔しないでください」
「ペン回しってさ・・・・・・」
そのバカは場違いなほど満面の笑みで言った。
「ペン回しってさいっっっこうに、たのしいよな」
「!?」
「だから帰ろうぜクルタンよ、オラは早くみんなでPVが作りてえよ」
ペン回しは楽しくなければ意味がない―テルの言うとおりだ
小学生のときは気づきもしなかった。こんなにも心を動かし、感動し、楽しい“可能性”が学生にとってもっとも身近なこのペンに宿っているなど夢にも思わなかった。
そのペン回しが楽しくなくなれば、ただの文房具になってしまう。
「・・・でもテル君・・・私はFSを・・・みせ・・・なく・・・て・・・は」
この後におよんでまだそんなことをぬかすクルタンに対し、久方ぶりに殺戮のギャップナイフが発動するのも仕方ない。
「・・・おい・・誰が・・・」
「誰がFS見せろっつたよ!!!あ!???パックンとかいう輩がゆうたのわなあ?“ペン回しを見せろ”やろうが!!!あ?????????」
・・・相変わらず切れたらおっかねえ・・・バドっつあん・・・・
「おんだらのFSはたしかにすごかった。正直な話、先にエヌィピィシィ入ったわいよりうまいと思った。嫉妬もした。」
やけどな・・・
「なんで“もう一回”なんて悲しいことゆうんや・・・」
「なんで失敗をやり直そうとするんや・・・」
「なんで失敗を否定するんや・・・」
「・・・失敗もペン回しだろうが!!!!!」
「!!??」
瞳には涙が浮かび、ハッ、としたクルタンを見るにどうやら目が覚めたらしい。
・・・そうだよなあ・・・
ペンスピナーはいったいどれくらいの失敗を積み重ねてきたのだろう。一回の失敗を0.001秒ほどの〝瞬間″に換算しても、動画に残した総FS時間よりはるかに長いと思う。
それくらい失敗してもなお、楽しいのがペン回しなのだ。
「・・・私は・・・間違っていました・・・・」
反省を言葉にしたクルタンの前には、もうパックン一味の姿はない。
・・・やっぱこれが最終関門の言いたかったことか・・・
同じ屋根の下に住むパックンは兄が四六時中ペン回しをしているのを気にしていたのだろう。あの無茶苦茶な難易度じゃ無理もない。
これはペン回しに限ったことではないが、階段は一段一段上るのが定石であり、無理に一段飛ばししようものなら上達は遅れ、ただただ苦痛だけが蓄積されていくものだ。
その苦痛が顔に出ているのをパックンに見られたのだろう。
「じゃあ帰るか!」
リーダーが合図し、エヌピィシィメンバーは船から浅瀬に下りる。
「ドンマロは結局どこいったのかね・・・」
これは長い帰り道になりそうだなと砂利を踏み鳴らしながら進むが、足音が少ない。
振り返るとそこには立ったままのクルタンがいた。
彼は目線が合ったことに気づくとうつむきながら微かに震えている
「どうしたっすかクルタン、まだなにかあんのか」
「いえ・・・そうではなく・・・私は本当に間違っていました。誰よりもうまくなろうと躍起になって大事なことを忘れていました。・・・そうですよね。・・・FSだけがペン回しではありませんよね。それを分からせてくれた仲間達には感謝しています」
しかしながら
「本当にいいのですか・・・私は・・・私は・・・・・この事件の主犯格で・・・・みんなに・・・仲間なのに・・・・大事なとこを黙っていて・・・・・」
ぽた・・・ぽた・・・ぽた・・・ぽた・・・ぽた・・・ぽた・・・
鈍い不安が解消された、晴れ直した空なのに。
「私は・・・みんなを・・・エヌピィシィメンバーを・・・使ったのですよ!!!」
崩れ落ちた。
様々な想いとともに崩壊した。
崩れて、落ちて、割れて、飛び散って、マイナスの感情はメンバーに伝播していく。
・・・ここでカッコつけたくなるのは、やっぱリーダー気質があるのかねぇ・・・
両手を地につけて泣き崩れているクルタンをみて、そんなことを思うのはいけないことだろうか
とにかく崩れた彼に言うことは決まっていて、それは皆も同じことだろう。
問題はどのタイミングで言うかなのだが、
・・・
・・
・
「フフッ」
どうやら骨折り損になりそうだ。
こういう俺でもカッコつけれる場面で決まって漁夫の利まがいなことをしてくるヤツのこと忘れてはいけない。
「主役は遅れてやってくるのよ!・・・なんてねっ」
決め台詞まで用意してやがった。
「ねえクルタン、なにやってんの?早く帰りましょうよ」
「・・・・私はエヌピィシィ・・・メンバ・・・・を・・・・使った・・・」
彼女は笑った。“使った”の一言で全てを理解したらしい。その上でクスッと笑ったのだ。
「たしかに私は使われたわ。ほんと・・・、あれほどムカついたのは久しぶりねえ・・・」
ドンマロは吐き出すように憎悪を叫ぶ。
「うざい!」「憎い!」「キモい!」「死ね!」「死ねよ!!!」「死んじまえっ!!!!」
「・・・」
「ふぅ・・・・ちょっとスッキリしたわ」
「そのとおりです・・・私は仲間を使った・・・さいていの・・・」
ホントバカね、アンタ!!!いつのまにか浅瀬へ。クルタンの襟首を掴んだ彼女は言う。
私たちを使ったというのなら
「なんでアンタの服は、こんなに濡れてんのよ」
「アンタねぇ・・・使うってつまり、道具として、物として、自分より常に下の位置でみてるってことよね?」
「・・・」
「丁度この場所だったわね・・・私、しっかり見てたわよ。アンタがヤミヒロを助けようとして道連れになったとこ」
「そ、それは・・・条件反射みたいな・・・もので・・・・」
「いいえ違うわ、条件反射はライターを引いたときにしか起きてない。その後、アンタはわかっていたはずよ。ヤミヒロはもう助けられないって」
「・・・」
「それでも助けに行こうとした・・・・無理だとわかっていても、アンタはなにもせずにはいられなかった・・・」
「・・・」
ただただ黙り込むクルタン。沈黙にして答え、といったところか。そして最後に彼女は言う。
それはエヌピィシィメンバー皆が言いたかったこと。代弁するようにドンマロは問いかけた。
「私たちを使ったのはクルタンじゃない・・・使ったのはアンタの妹よ!・・・クルタンは・・・」
「頼っただけじゃないの?」
「!?」
・・・
・・
・
「さあ帰りましょうクルタン。はい、みんな差し入れよ!」
ドンマロはリュックからドライアイスとガリガリ君の入ったレジ袋を取り出した。
「・・・おまえ・・・これ買いにいってたの?」
「なによ・・・リーダーはいらないの?ならテルにもう一本あげるけど」
「ごめんなさいなんでもありません」
こうして長いような短かったような試練の旅は終了を告げた。
●
「あの・・・パッ嬢? これでよかったのですか?」
「ええ、とても有意義な時間を過ごせましたわ」
「では、今度はなにをしましょうかね・・・アタイは海外に言ってみたいねえ・・・グフフ」
「あらあら、なにを言ってますのぴいちゃん。まだ終わってはいませんのよ?」
「え・・と・・・はあ???」
「これから先、どんな苦難が待ち受けるのか。エヌピィシィの本質をみていこうではありませんかフフフ」
●
それから数日後。夏休みは残り数日となった今日は、エヌピィシィメンバー一同が集まり最後のPV製作作業を行おうとしていた。
「これでクランクアップっすか・・・楽しかったっすねぇ」
俺達はテル家のちゃぶ台を軸に均等に座り、カメラは予め真上に固定してある。
「まだ終わってないわよバドシ。これからが楽しいんじゃないの」
最後の動画撮影。皆きちんと課題のFSを提出したのだが、ヤミヒロ渾身の1分に及ぶOPが、くどい、という理由だけで30秒まで割かれ、余った空白をこうやってみんなのペン回しを撮ることで穴埋めとしたのだ。
「ここは一発勝負の美学でいこうじゃないかオマエら!個々で失敗してもそれはそれとして納得する。それでいいよな?」
OPが短縮されたことはまことに遺憾だったが、その代わりのアイディアが良かったので許すことにした。全体でわいわいペン回しをする動画は個人主義のPVにおいて画期的で素晴らしいものだと思ったからだ。
「もちろん問題ありません・・・シュッシュッ」
クルタンは今回、レベルを落としての参加である。俺もそのFSは観たが、
たしかにクルーザーでみたFSより簡単なものだった。が、その分クルタンペン回しの特徴“安定性からのダイナミック”が巧みに発揮されており実にクルタンらしいFSだった。
「御託はそこまでにして早くやるンダ!あとそれはそれとして失敗したら罰ゲームな。ガリガリ君10本。オラやっぱソーダ味がいいぞお」
「御託はどっちだ!!!!!!」
俺らは知ってるぞテル・・・おまえがガリガリ君大好きなこと・・・。
そして俺は知ってるぞテル・・・万が一自分が負けても、大事に引き出しにしまってある当たり棒10本で済ませようとしていることも・・・。
カメラの撮影ボタンを押すヤミヒロ。
ぶっつけ本番。ディスプレイの右上が赤く点灯したのを確認すると速やかに定位置へと戻る。
クルタン、バドシ、テル、ドンマロ、ヤミヒロ
一人当たり平均、6秒で行う技は予め決めていた。
それは、FSでもなく、スプレッドでもなく、シャドウでもない、
ノーマルとソニックだ。
ペンスピナーにとって誰しもが必ず通る道。
簡単な技だが、練習しなければ習得できないペン回しの原点。
エヌピィシィメンバーはその二つの技をゆっくりと、想いを込めながら回す。
初心を。楽しい記憶を。挑戦することを。忘れないように。
ドンマロが回し終えると次は最後。俺の番だ。
この夏休みのこと。あの森での思いながら回す。
ソニック・・・そしてノーマル・・・。
・・・
・・
・
・・・ペン回しって・・・最高だよな!!!・・・
・
・
・
クランクアップ
これでPVの撮影はおしまいだ。あとはパソコンにデータを読み込み、ムービーメーカーで穴埋めするだけ。
・・・
・・・
・・・
・・・の、はずだったのに・・・
皆がシミジミまったり回していたせいで、最後ヤミヒロのペン回しだけ撮影時間が終わり、撮れなかったのだ
「撮影時間30秒きっちりに設定するやつがあるかよ!!!!」
そうテルに嘆いたのは後の祭りで―だって後で動画編集するのめんどくさいし・・・これも失敗のうちなンダ~、とヌかしてきたもんだ。
「もういいよ!俺単体で撮るから!!!うまく合成するから!!!!」
パソコンの前に座るテルを引っこ抜き、編集を独占したが案の定素人にうまく合成などできるはずもない。まるで卒業写真の欠席者みたいなリーダー。不憫なリーダー。
・・・ほんとにリーダーかよ俺!!!・・・・
辛くも苦い
本当にいろんな感情がつまったエヌピィシィPVその夜完成した。
プロモーションビデオ
観てくれた人に感動とまではいわないが、とにかく楽しいグループだと伝わればいいな。
パソコンの画面から反射して見える彼は夢中になりながら、左にもったライターをシュッシュッと鳴らして右手でペンを回している。そんな姿を見たリーダーは気づく。
・・・そうか・・・PV・・・とても良かったけど・・・そうか・・・
ポケットから自分の愛ペンを取り出し、回しながらボソっと独り言をつぶやいた。
・・・
・・
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「2ndPVは冬休みかなぁ」
振り返るには近すぎる
そしてまた
俺達で走りだした
【エヌピィシィ物語PV編】
~完~